24ペンケースの仕舞い忘れ 選択肢……2
今日は昨日できなかった部活の方を案内することになっている。
二年生ということで部活には顔を出しづらいところがあったのだが、運動系はまだしも文科系の部活ならいまからでも十分歓迎されると聖羅に聞いて唯人は少し興味を持ったそうだ。
今日の六限の授業が終わり、帰りのホームルームが始まる前に帰り支度をするのだが、この時、唯人が指を顎に当てた。
来た! と思った時には意識を唯人の方へ向け、唯人の手の動きを注視する。
これからの選択肢は陽菜ルートにおいて、最も重要な選択肢だ。単純かつシンプルな設計に創られているこのゲームにおいて、わずかな選択肢が分岐に大きく関わってくる。
ここでの選択肢は二択だ。一つは『気にせずファスナーを締める』もう一つは『もう一度よく確認する』だ。
後ほど関係してくることなのだが、ペンケースをバックに仕舞ったかどうかの確認を怠るかどうかの選択に迫られているはず。唯人がどちらを選ぶかで俺の動きが変わってくる。
一つ目を選んだならば俺は何もしなくていい、こちらが正解なのだから余計な手出しは不要だ。
しかし、もう片方を選んだ場合、俺は唯人の鞄から筆箱を取りだし、床に置いておく必要がある。
本来二つ目の選択肢を選べば教室へ忘れ物を取りに戻る必要がない。忘れるか忘れないかでその後の展開に大きな影響を及ぼすというわけだ。
そして、唯人が選んだ選択は……。
「あれ? 仕舞ったっけか?」
俺の期待とは逆の選択肢を選んだ。でも、焦りを見せてはいけない。強引ではあるが、唯人が目を離している隙に鞄から筆箱を取り出させてもらおう。俺というイレギュラーが介入することで無理やり選択肢を一つ目の方へと捻じ曲げる。こうすることで陽菜ルートへのフラグが着実と立てられるわけだ。
帰りのホームルームが終わり、聖羅が唯人へと近づく。
「あたしの料理部に顔出してみない? 今日は親子丼の作り方を指導するんだけどさ、みんな女の子だから食べきれるか心配なのよ。もちろんタダだからさ」
「いいのか? ちょっと昼飯が足りない気がしたからちょうどよかった」
「ホント? なら後で家庭科室に来てね、うちら料理部は男子に飢えてるから張り切っちゃうかも」
「ははは……、食べるにしても限度はあるからな」
聖羅には張り切り過ぎないよう釘を刺したようだが、あの様子じゃあ、調理部の餌食になって振り回されるだけの気がする。でも腹いっぱいにご飯が食べられるようだし、そう悪い話じゃないと踏んで唯人もまんざらでもない様子。いや、女子に戸惑っているからあれは苦笑いなのか。
「ちょっとトイレに行ってくるかな」
「あ、俺も付き合うぜ」
唯人が席を立つのに合わせて俺も立ち上がる。そのまま教室を出ると同時に今日はホームルームが早めに終わった心春がパタパタと駆けて教室にやってくる。
「ごめん、遅くなった」
「ああ、ちょっとトイレ行ってくるから教室で待っていてくれ」
(マジで助かる。ギリギリだったよ)
(ホントごめん! 先生の話長すぎ)
一瞬の交錯の間に目線だけで会話する。俺が唯人のトイレに付き合い、そこで時間稼ぎをしている間に心春が唯人の鞄から筆箱を抜き取る。
聖羅はすでに家庭科室へ向かっているからいない、心春ならうちのクラスにいても誰も不審がらないから適任だ。
問題は心春のクラスのホームルームがいつ終わるか分からなかったため、俺が時間稼ぎをする必要があると思ったのだが、なんとか作戦は上手くいった。
トイレは階段のすぐ隣、他学年も行き来するから一年と三年が階段を下りていくのが見える。ふと銀色の糸のようなものが視界に入ってきたのが気になってそちらを見ると、とある一年生の女の子が二年生のフロアにやってきた。俺は一目でその子が今年入学した噂の女王様だと判断できた。
なぜか? それは女の子が珍しい銀髪の持ち主で、後ろに取り巻きを数人ばかり連れていたからだ。そして俺は先頭に立つ女王様の容姿に押し負けて身を一歩引く。
「唯人先輩! こんにちは」
「あ、サラちゃんじゃないか、どうかしたの?」
元気いっぱいの女の子の髪は雪の降り積もった銀世界のように美しく、快晴の空よりも透き通った碧の瞳。背は高校生の女子の平均ほどではあるが、その愛くるしい丸い瞳ととびきりの笑顔には惹かれる魅力があった。
アニメ声で丸みを帯びた柔らかい声質に、手のひらを半分隠した少しぶかぶかのセーターは精一杯の背伸びなのか、その可愛らしさについ守ってあげたくなる、庇護欲を発する塊のような女の子だった。実際、後ろにいる男子たちは三好さんの親衛隊か何かだろう。
“立ち絵”と説明文だけでは到底表現できない存在がヒロインの一人である三好サラだった。
「唯人先輩、実は先ほど自販機で買ったお茶なんですけど、当たりが出てもう一本出てきたんです。それなのに、賞味期限が今日までなんです! 酷いと思いませんか?」
手振り身振りと実際にその当たったというペットボトルを見せてくれる三好さんは俺のことなど眼中にないようだった。
俺と同じく眼中に入れて貰えていない後ろの取り巻きたちは、呪う勢いで護衛対象が楽しそうに話している相手である唯人を睨んでいる。ぶっちゃけ怖い。
「それで、私じゃ飲み切れないので貰ってください。あ、冷えてないですけど学校にいる間に飲んだ方がいいかもです」
「分かった、この後すぐにいただくよ。今度何かお礼をさせてくれ」
「そんな、お礼が目的で渡したと思われたら卑しい女の子みたいじゃないですか、気にしないでください」
「俺がしたいだけさ、自己満足に浸りたいんだ」
「それじゃあ仕方ないですね、お返し、期待してますよ?」
唯人のやつ、三好さん相手だとやけに楽しそうだな。無駄にキザったらしいし、俺は三好さんを近くで初めて見たのだが、前のルートでは出会うことすらなかったはず。
選択肢が前のルートと変わっているからか? だとすると、シナリオにない展開も予想して動かないといけないな。
三好さんは後ろの取り巻きがすごい形相をしていることに気付いていないのか気付かないふりをしているのか、小悪魔のような妖艶な笑みを浮かべながら三好さんはスキップしながら去っていった。
スキップする護衛対象の愛らしさに先ほどの呪怨の顔はどこへやら、様相をにへらとだらしなく崩して、骨抜きにされた取り巻きはくねくねと身をよじらせながら三好さんの後ろを追いかけて行った。
「知り合いなんだな」
「まあね、ちょっと話して気が合ったからさ、仲良くしてもらってるよ」
「お互いに名前呼びだもんな、やっぱり俺が見込んだ通り、お前は中々のやり手だよ」
「からかうなよ、サラちゃんからそう呼んで欲しいと言ってきたんだ。なんでも家族がフランクで堅苦しいのが嫌いらしい」
受け取ったお茶の入ったペットボトルを宙に投げて一回転させ、見事胸の前でキャッチ。横から掴むという唯人にしては珍しいキザな取り方だった。




