22月宮陽菜の意外な趣味
六月二十七日、この日の朝も二人して軽い寝坊をしてしまい、学校までの大通りを走ることとなった。
この日のシナリオは唯人が朝早くから学校に来て軽く探検しているところから始まる。
ヒロインの一人である三好サラと朝の中庭で友好関係を結ぶイベントが発生しているようだが、そこに俺の出番は一切ない。むしろ邪魔。
このイベントが終われば時間は放課後まで一気に飛ぶ。その間に授業やら移動教室やらあってもシナリオに影響することはない。
俺がどんな適当に過ごしていてもいい時間というわけだ。俺と心春にとっての休息ともいえる。
放課後になればクラスのみなはそれぞれ帰路につくか部活や委員会の仕事に励む。少し遅れてホームルームが終わった心春のクラスを待つ頃には俺たちのクラスは椅子に座る者のいない空きの席が多く見られるようになっていた。
これから唯人に学校案内をすることになっているのだが、長引いている心春のクラスを待っている間にもシナリオは進行する。
「月宮さん、ちょっといいかな?」
放課後になってもクラスに残っている稀有な存在、それが月宮陽菜だ。この前のお礼がしたいという唯人の背中を押して、話しかけに行った唯人と月宮さんの会話を俺と聖羅がこそこそと盗み聞く。
「椎崎君、なにかな?」
いつも同じカバーをつけている本をぱたんと閉じて唯人に向き直る月宮さん。
「この前は寮まで案内してくれてありがとう、オレって方向音痴だからさ、助かったよ」
「ううん、私も用事を済ませて帰るところだったから気にしないで。寮に行きたいのに寮の方向から来たことには驚いたけど」
「ははは、それで、案内してくれたお礼を何かしたいなと思っているんだけど」
「それこそ気にしなくてもいいよ。困っていたから案内しただけだし……」
雲行きが怪しいが、唯人は月宮さんに無事お礼をすることが出来るのだろうか。なんだか初めてのお使いを見守っている気分だ。
聖羅と二人してドキドキしながら様子を窺い、次はこう攻めた方がいいなど、聖羅のアドバイスを俺だけが聞きながら見ていると、月宮さんが「そうだ」と何か思いついたようだ。
「お礼というほどじゃないから、それなら一つだけ、聞きたいことがあるの」
「なんだ? 答えられることならなんでもいいぞ」
唯人が胸をどんと叩くと結構いい音がした。
「椎崎君って柔道に詳しい? 特に高校生の選手について」
月宮さんからはまず聞くことがなさそうな言葉が綴られて、俺だけでなく聖羅も首を傾げた。
柔道について、それも高校の選手について知っているかどうかなんて、柔道部にでも入っていない限りそうそう知り得ることはないんじゃなかろうか?
「……どうして柔道なんだ?」
「柔道をやっている、とある人と話したいことがあるの。だけどその人が誰か分からなくて」
「そ、そうなんだ、悪いな、オレは柔道に詳しくないから分からないや」
「そう、柔道部に聞こうと思ったけど会ったのは小学生の時だから、どう説明しようか分からなくて」
「……力になれなくて悪いな」
「ううん、みんな同じ反応するから、大丈夫、ありがとうね」
「ああ……」
これが陽菜ルートにおける根幹の話である。
前は全く気付かなかったことで悔しいのだが、唯人は中学で柔道部に所属していた。なぜか唯人のプロフィールは存在しないから陽菜ルートのシナリオで想像する他ないのだが、唯人は柔道の選手としてはかなり有名だったらしい。大会でも上位に食い込むほどの私立の男子校で活躍していたそうな。
今はなんで柔道をやっていないのか、先ほど柔道に詳しくないと口にしたのかは分からない。細かいところまでは用意されていないのがむず痒い。
そもそも俺は、佐久間悠一にぶち切れたいことがいくつもある。シナリオのほとんどが真っ白なこともあるが、どうして主人公が柔道なんだ?
別に柔道を貶しているわけではない。武道として全国的な広まりのある柔道に華がないとは言わない。
ただ、野球とか、サッカーとか、もっと分かりやすいポピュラーなスポーツはいくらでもあっただろうが! おかげでこの頃の唯人は鍛えられたただのデカブツとして見られているし、聖羅に限っては月宮さんのことを柔道オタクと認識を改めようとしているぞ。
「唯人、どうかしたか?」
「ああ、いや、何でもないさ」
戻ってきた唯人の様子がおかしい事には言及しない。いや、してはいけない。あくまでどうかしたのかと聞くだけで、これ以上突っ込めば話が変わってしまう。
気付いていいのはヒロインの四人だけ、大変面倒くさい道筋を辿らなくてはならないのだ。
一番面倒くさいのは、気付いてもらえるよう俺が誘導しなくてはならないということ。後回しにしていい案件ではあるが、最後にはすべて詳らかにさせなくてはならないため厄介だ。
今回は月宮さんのルートに誘導するために明日、六月二十八日が俺にとっての大一番となっている。
「一颯くん、聖羅ちゃん、唯人くん、遅れてごめん! ホームルームが長引いちゃって」
「知っているよ、でも、時間はまだあるから大丈夫」
「そうだよ、いつも二組の先生は話が長いって愚痴が出ているくらいだから、気にしない、気にしない」
心春が駆け込んできたことで場が和んだにも関わらず、この間も唯人が無言なのことに俺は決して気付いてはいけないのだった。




