21噛み癖
先に帰ったという心春を追いかけて家に辿り着いたはいいが、一階にいないあたり、心春がどこにいるかは想像に難くない。
城戸先輩は頑張れと肩を叩いてくれたのだが、誤解が解けてなさそうだったから今度弁明しないといけなさそうだ。
「心春、入るぞ」
……返事はない。そもそもここは俺の部屋だから声掛けをする必要も無いはずなのだが。
部屋に入ると、俺の布団は勝手に敷かれており、しくしくと布団の中で何かが泣いていた。
「一颯くんの浮気者〜、一颯くんの浮気者〜」
「俺の布団なんだけど?」
「私の部屋だもん」
「いや、俺の部屋だよ」
「私たちの部屋だもん!」
あながち間違いじゃないから反論はやめた。負けを認めよう、この布団だって元は二人で寝ていた代物だったし。
とりあえず掛け布団を引っぺがしてみると、横向きに膝を抱えて何やら呪詛を吐き続ける心春が現われた。
制服からは着替えて短パンの部屋着に身を包んでいるせいか染み一つない布団よりも真っ白な太腿が眩しい。というかその恰好はいろいろと危うい。
女の子って外出するときは防御が硬いのに、部屋にいる時はこうも安々と肌を見せてしまうのか。まあ、男もそう変わらないか、寮ではパンイチで過ごすというクラスの男もいるくらいだし。でも同じ屋根の下に血の繋がっていない男がいたら少しくらい変わってこないのか?
「部長の冗談だってさ。だから機嫌直してくれ」
「うそだよ、部長の声音は本気だったよ、本気で一颯くんを取る気でいたよ」
「声音に関してはプロ並みの能力だから、心春が騙されてもおかしくはないんじゃない?」
「…………分かった」
部長を疑うのが嫌で俺の言葉に無理やり納得した雰囲気だな、心配しなくても俺は心春一筋だよ、まったく。
心春が壁を向いている間にさっさと着替えてしまう。心春を追い出すのは面倒だし、出て行くのが面倒くさそうだったから、何も言わずお互いに気を遣う。
普段座っている場所に布団を敷いて使われているわけだから、俺は机の椅子に腰かけて未だに膝を抱えている心春に声をかける。
「どうしたら機嫌が直る?」
「今すぐ抱き枕が欲しい、ダメなら一颯くんでいい」
「俺しかないじゃん、抱き着かれることなら学校でもしてくるから別に断る理由もないけど」
この年にもなって布団の上で抱き着かれるのは恥じらいがあるけども、俺がそれを嫌だと思う理由は何一つない、つまり役得なのだから喜んで受け入れる。
悟られないようあえて面倒な雰囲気を装って布団に寝転がり、心春に背中を向けていつでもいいぞと合図した。
「……正面からがいい」
「心春、十八歳未満御法度補正のかかった世界だということを忘れたか? 突然前触れもなく俺の理性が吹き飛ぶ可能性だってあるわけだぞ?」
「手が出せないようしっかり抱き着くから大丈夫」
無理やり転がされて心春と相対した俺は手出しができないように背中側に手を回した。
イモムシのようにもぞもぞと近づいてきた心春にぎゅっと抱き締められて、心春は俺の首筋に顔を埋めた。
あまり心春に近づきすぎて距離を見誤ることだけは避けたいが、健全で恋人らしいことならきっと大丈夫と自分に言い聞かせ、とりあえず心春の高い体温やスポンジケーキのように柔らかい肌と確かな胸のふくらみに意識を向けないよう思考を遮断することに努力する方向で頑張ろう。
「カプ……あむあむ――」
「…………」
首元に歯を立てて甘噛みされていても俺は我慢する。
心春は何かあった時はガムを噛んで心を落ち着かせていた頃があった。泣いた時に心春の母さんが心春の口に放り込んでいた物だ。
味はすぐに無くなってしまうけど、甘くて、飲み込んでしまっても害はない子ども向けのやつ。“あの日”から幼子のようにわんわん泣くことをやめた心春の手元にガムが置かれることは一切なくなったのだが、一緒に寝ているとたまにこうして噛み付く癖が出来てしまっていた。何が原因かなんて、聞かずとも……。だって、兄妹だから。
それにしても、俺は浮気者なのか。愛されてるなぁ、すごく嬉しい。こんなことになったとはいえ、心春が嫉妬してくれるのが嬉しくて顔がにやけてしまっている。
しばらくして心春が目を覚ました。自分が抱き着いている相手に甘噛みをしていることには寝ぼけた頭でも気付いたようで、頭から煙が出そうなほどに一瞬で顔を赤くし、ポンという幻聴が聞こえたと思うと、部屋をバタバタと駆けて出て行ってしまった。
なぜか甘噛みした後はいつも恥ずかしがって逃げてしまう。しばらくすれば元通りになるから心配はいらないが、元に戻るまでは心春は顔を合わせてくれないのだ。
「浮気者かぁ、案外ありなのか?」
いま、脳内で部長にハリセンで叩かれた気がする。でも、心春がこんなことをしてくれるなんて今まで……、意外とあったな、うん。
なんならつい昨日もあったな。
今の世界に飛ばされてから心春は俺のボディタッチに警戒心がないように思える。だから心春と共に過ごして理性が飛ばないように注意しなければならないと、そう自分に戒めた。




