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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
20/226

20二階堂花恋

「部長、こんにちは」

「ええ、あなたたちが来てくれてうれしいわ、一颯、心春」


 膝裏辺りまである長い黒髪にゴシックロリータの改造制服、白い練絹のように肌は白色で人形役を演じられれば信じてしまいそうなほど精巧な顔の作りだ。ただ白いだけでなく、頬にほのかな赤みを兼ね揃えているから俺たちと同じ人なんだと信じられた。容姿は幼いがゴシックロリータ以外にも扇子を持って着物なんかも誰より似合いそうな彼女は、普段からこのお嬢様然とした気品を周囲に振りまき、高級品のガラス細工のような簡単には触れられない繊細なオーラを放っている。


 二階堂花恋、この方こそ俺に女装の教え込んだ張本人であり、プロをも唸らせるとんでもない演技の実力の持ち主である。


「進捗はどの程度かしら? 予定通りに進みそうなら、舞衣子と翔は稽古の方に移りなさい。分からない点があればいつでもわたくしに訪ねなさいな、決して不祥事を放置することのなきよう」

「分かったわ、ということで霜月兄、一緒に指導できなくなっちゃった、ごめんね」

「いえ、気にしないでください」

「どうかなさいまして?」

「部長、あっちの会議室でちょっと話を聞いてもらえませんか?」

「何か用事かしら? 構わないわ」


 俺と心春はこの空き教室から直接つながっている隣の、主に会議室として使われている部屋へと移動する。


 先ほどまで誰かが使っていたのか、ポットの中のお湯は沸かされた後であり、それで簡単なパックの紅茶をいれた。マグカップやお茶菓子といったものは揃ってない代わりに紙コップと持参した駄菓子がここで活躍する。


「――それで、話とはなにかしら?」

 部長は椅子に座り、俺が差し出したお菓子を一つ細い指に摘まみ、相談事は始まった。


「俺に女装を教えて下さい。どうしても公に披露しなければならない事情が出来てしまいました」

「……驚いたわ、あなたから教えを乞うことなんてないと思っていたわ、……どのような事情か聞いてもよろしいかしら?」


 昨日の時点ではかなり迷っていた。これは俺と心春だけでやり遂げるべきでこれ以上誰かを巻き込むことはしたくなかったのだが、部長の力を借りなければどうしようもないことがあったから覚悟を決めて話すことにした。


 それが俺の女装を完璧なものに仕上げることであり、もうひとつ、俺の身代わりをお願いしたかった。それをお願いするには、どうしてもこの世界がゲームであることを伝えなければならない。


 部長なら俺たちの力になってくれるだろうし、包み隠さず話すべきだと心春と二人で判断した。


 そのために、俺は部長に分かりやすいよう簡潔に昨日のことを話す。俺がすでにノーマルエンドを終えていること、この世界がゲームの中であること、正気ではまず信じられないようなことを俺はたどたどしい言葉で懸命に部長に話した。


「……にわかには信じられないわ、そんな話、現実ではありえないもの」

「本当なんです、信じてください!」

「そうね……、ではわたくしのプロフィールを読み上げてみなさいな。そこにはきっと、わたくししか知らない秘密が含まれているでしょう? それで判断いたしましょう」


 部長のプロフィール? 何か秘密でも隠されていたかな? ヒロインじゃない人たちの説明はそこまで細かく書かれてなかったから、たしか特別変わった内容はなかったはず。


 脳内のファイルを開いて二階堂花恋の項目を覗く。そこには部長の“立ち絵”があり、隣には説明文が書かれていた。


 やっぱり普通の事しか書かれておらず、でもこれは? という項目を読み上げる。


「……二階堂花恋、十七歳、誕生日は二月一日。えっと……」

「どうかしまして?」

「全部読み上げた方がいいですかね?」

「その方が信用を得られるのではなくて? 好きになさい」


 本当は男の俺が口にしてはいけない内容だが、他に信用してもらえる内容もなさそうなので、部長に頭を叩かれるのを承知で読み上げた。


「身長145センチ、体重39キロ――」

「……ん? ちょっと!」

「B71、W56、H77」

「だまらっしゃい!」


 ――スパーン!


 綺麗な放物線を描きながら、部長のぷくぷくとした手はしなりながら俺の肩を直撃した。額に巻く包帯を鑑みて肩にしてくれたのだろうが、俺には罪悪感が残っているせいでこれくらいでは少々物足りなくて困った。


「これで信用してくれますか?」


 顔を真っ赤にして、乙女の秘密を暴露された部長は拳を固く握りしめている。その拳で殴られればこの罪悪感も消えるだろうか。


「…………はあ、仕方ありません。信用するわ」


 心春からの視線が冷たくて痛いけど、とにかく信じてもらえてよかった。


「ですけど、乙女の花園を穢した責任はとっていただくわ」

「へ? 責任て……、な、なんでしょうか?」


 とてつもなく嫌な予感がする。そう感じるのは俺だけでなく心春も同じ感情を抱いていて、同時にごくりと固い唾を飲み込んだ。


「殿方が乙女にとる責任なんて、はるか昔から一つしかなくってよ。ちなみにわたくしは一颯のことは気に入っているわ、だからいつでもウェルカムよ」

「待ってください! 部長、一颯くんは私の――」

「『私の』……何かしら?」


 勢いよくテーブルに手を付いて大きく身を乗り出した心春は部長の発言を咎めるように立ったものの、それ以降の言葉が出てこなくて唇が震えていた。


 俺が、(あ、これ、部長の冗談だ)と気付く頃には完全に手遅れだったようで、心春は――。


「い、一颯くんの浮気者ー! うわーん!」


 と泣き叫んで会議室を出て行ってしまった。誤解が生まれているからすぐに止めに追いかけようとしたが、今は時間を割いて話を聞いてくれている部長を優先すべきだと判断し、心を鬼にしながらも家に帰った後の展開にびくびくしながら椅子に座り直した。


「あらあら、出て行ってしまったわ」

「心春には部長の冗談がきつかったようですね」

「わたくしは冗談なんて口にした覚えはないのだけれども」

「え……?」

「話を戻すわ。あなたに責任を取ってもらうというよりは、協力する代わりに一つ、条件をつけさせていただくわ」


 強引に話を戻された気がするが、それよりも条件というワードに気を引き締める。無理な内容であれば最悪断らなくてはならないがそれは避けたい。なるべく譲歩してもらえるよう心構えをしておく。


「秋の舞台、わたくしたちの引退前最後の舞台に、一颯と心春が主役を演じなさい」

「……ちょっと待ってください、なんで先輩方を差し置いて俺たちが主役なんですか? 俺たちは素人ですし――」

「安心して後輩たちにこの部を預けられるか見極めるためよ。それに練習時間なら一颯が一番あるわよね?」


 たしかに俺はルートが終われば次のルートの為に時間を遡る。前回から記憶を引き継いでいるから練習内容も覚えているままだろうけども。


「今回のルートは秋に入る前に終わりを迎えます。次の週でも先輩が俺に同じことを話すとは限りませんし――」

「この計画はわたくしがあなたに出会ったあの日から練っていたものよ、だから、あなたがわたくしに同じ相談をする限り、わたくしは必ず同じ条件をあなたに持ちかけるわ」

「出会った日から? ……どうしてですか?」


 俺が部長……、“先輩”と初めて出会った日は中学生の頃まで遡る。当時は女装が似合うなどと演劇部に連れ込まれることはなかったのだが、中学校でも演劇部の部長として活躍していた先輩は学年末の舞台で急に欠員が出たことに焦っていた。


 インフルエンザの蔓延で代役が急遽必要となり、しかしその代役が見つからないから先輩が一人で何役もこなすという無茶をするという。だが先輩なら出来るという信頼が部にはあったそうな。


 裏方の人たちが先輩の衣装をスムーズに変え、役によっては男性にも女性にもなり切ってみせる先輩に全力で答えようとしていた。しかし、そうすると裏方が人手不足になり、誰か外部でもいいから手伝ってくれる人はいないかと声掛けをしていた先輩に、当時、卒業式の実行委員会に参加していた俺と心春が名乗りを上げた。つまり、先輩には俺たちから関わりにいったことになる。


 これだけは誰よりも優れていると自身を持てる、俺と心春の意思疎通は寸分違わずピッタリで、先輩曰く二人で五人分の働きが出来ていたと絶賛してくれた。


 その時の舞台は忙しすぎて見ることは叶わなかったが、先輩と同じ高校に通うことになって演劇部に来れば、特別な席を用意してくれると約束してくれたのだ。


「……もしかして部長、中学の時の特別な席を用意してくれるというあれは、つまり、舞台に立てと……?」

「一颯と心春の息はピッタリだもの、稽古に励んで舞台に立てば素晴らしいものになるわ」

「そんなバカな、さすがに無理ですよ!」


 時間があるとはいえ、素人の俺が経験も無しに舞台で演じきれる自信なんてこれっぽっちもない。緊張で舞台を台無しにしてしまうのがオチだ。


「サポートは任せなさい。大丈夫、あなたなら出来るわ」


 さすがに部長は稽古に戻らなくてはいけないらしく、紙コップの紅茶を一気に飲み干してゴミ箱に捨てた。


「次の日曜日に、あなたたちの家にわたくしを招待なさい。時間の許す限り、女性というものについてわたくしの技術を教えて差し上げるわ」

「あ、はい! よろしくお願いします」

「よろしい、では、あなたの愛しき妹を探してらっしゃい。舞衣子あたりに泣きついているでしょうから」


 そうだった、心春を放置したままだった。


 変な誤解が広まっているだろうから、なんとか解かないといけないな。








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