2心春
「一颯くーん、一緒にかーえろ!」
「おっと、心春か」
背中から抱き着かれ勢いに任せて柔らかいものが押し付けられる感触。ふわっと優しく甘い香りが俺を背中から包んだ。
三人でいつもつるんでいる最後の一人、心春である。
心春は一人だけ隣のクラスで、違うクラスなのは寂しいと先生に訴えているが例外のクラス替えは認められていないと突っぱねられ続けている。そんな理由でクラス替えをポンポンされても困るしな。
背中から抱き着く腕を優しく引きはがして後ろをふり向けば、いつも通り艶然とした小柄な少女が立っていた。
サイドテールの髪を胸元でゆらゆらとさせている。聖羅と違って化粧をほとんどしない心春は、素の面でも真ん丸な瞳に小動物のような仕草をよく見せるためか庇護欲を掻き立てられやすく、校内の男子に若干名のファンがいる。そこまで背の高くない俺よりも更に頭半分は背が低く、俺たちは初対面の人に中学生と間違われることは少なくない。大人に見られたいと聖羅からいろいろ習っているらしいがその成果が表に現れたためしがないのだ。
いつもはつらつとして笑顔で俺の横にいてくれる相棒のような存在、それが心春だった。
聖羅のようなスラッとした体型ではないが、心春は脱いだらそれなりにすごいことを俺は知っている。……それを口にすればファンから怨念の籠った藁人形を送られるだろうから決して口にしないが、それを知っているのには訳がある。
「心春は二年生にもなって一颯にべったりね。いいなぁ、私も甘えられる彼氏が欲しいな」
「もう聖羅ちゃんったら熱々のカップルだなんて、煽てたって何も出ないよ」
「いや、そんなこと言ってないし、そもそも付き合っていないんだが」
いつも周りからは俺と心春が付き合っているものと勘違いされるのだが、俺たちはいたって普通に接して仲良くしているだけ。
だから心春に背中から抱き着かれても、背中に何やら柔らかく大きなものが二つ押し付けられても情欲を抱くことはない。それは正面から抱き着いたって変わらない。
三人揃って今日は部活や友人と遊ぶ予定などもなく、横に三人並んで昇降口へ向かう。いつも俺が右で真ん中に心春、左に聖羅の順で並んでいるのだが通行の邪魔になればもちろん隊列を崩すし、時には聖羅が中心で俺たちを引っ張る場合もある。
俺たちのグループはなにより聖羅のギャルとしても存在感が心強い。並大抵の相手なら聖羅が過剰なまでのギャルムーブで一掃してくれるから余計な問題はすぐに解決してくれる。
「だいぶ暑くなってきたな。夏服っていつからだっけ?」
「七月に入ってからだよ、だけど制服の改造が許されているから各々涼しい格好にアレンジしているね」
心春の言葉に周りの学生を見回してみれば、学校指定の制服の面影を薄くしてワイシャツ姿の男子生徒が多く見られた。最悪この学校の生徒であると証明する胸元のピンバッチと学年カラーのネクタイかリボンさえつけていれば咎められることはそうそうない。
俺も周りに倣ってブレザーを脱いで鞄に仕舞い、ブレザーに付けていたピンバッチをワイシャツに付け変える。
「あ、一颯くん、バッチが曲がってるからじっとしてて」
「ん? ああ、ホントだ、ありがとう」
曲がっているくらい別に気にしないのだが、指摘されれば気になってしまうものでここは素直に心春に甘えて直される。
一度外されたピンバッチを同じ位置に、今度は上下左右、どこも斜めにならないよう意識してスッと針を通して留める。
「……これでよし! 一颯くんが格好良くなった」
「あたしには何か変わった様には思えないんだけどな、心春のことだから見えているもんが違うんだろうね」
いつも些細なことに気づいて細かく直してくれる心春には感謝してもしきれない恩がある。正直彼女がいなくなった時、俺はどこまで堕落して適当な生活を送るのか想像するだけで怖い。
「今日はどうする? あたし今日は部活ないし、この後の時間もあるからそれなりに遊べるけど」
「別にこれといって行きたい場所が有るわけじゃないが、……商店街でも寄るか? 暑いしラムネなんか飲みたいな」
「いいね! 私もラムネ飲みたい」
目的地は早々に決まり、俺たちは校門を出て商店街へと足を進めた。
文字数は少ないですがキリがいいところで切ってます。なので少し長めの話もあります。