199グランドルート 戦き
愛陽の姿が見えるようになって、愛陽は俺に懐くようになった。
前から一緒にゲームをしたり、別に仲が悪かったわけではないのだが、二人きりというのは今までになかったことだ。
愛陽は俺が一人でいるとよく話しかけてきて、ほとんどがゲームだが、たまに散歩に出たり、買い物に付き合わされたりしている。
懐いてくれるのは大変嬉しいことなのだが、愛陽は決して寮の方へと足を向けることはなかった。
「愛陽、唯人たちのことはもういいのか?」
さすがに文化祭当日まで日数がなくなってくればこちらとしても不安になる。
散歩をしていて、だいぶ赤く染まってきた木の葉を見上げながら愛陽に聞くと、やはり悩みでもあったのか、「うっ……」と呻く声が聞こえた。
「俺たちが何もしなくても唯人と月宮さんのシナリオは勝手に進行してくれているからいいものの、これから文化祭の準備が本格的になれば愛陽はイヤでも動かなくちゃいけないんだぞ?」
「わ、わかっているのじゃ、でも……」
「でも?」
「怖いのじゃ」
「怖い? 遊びに行くのが怖いのか?」
「そう、なのじゃ。ボクが遊びにいって、それで満足すればすべてが終わるのじゃ」
すべてが終わる。……そうだな、文化祭が終われば、愛陽という存在は元の形に戻るだろう。それは俺たちの記憶からも消えてなくなってしまうのか、なんにせよ、もう愛陽に出会うことはなくなる。
「理由は分からないが、俺はこの世界になる前の、愛陽が元気に高校生を謳歌している世界を体験していた記憶がある。だけどそれはこの世界と矛盾しているよな?」
愛陽の表情がだんだんと沈んでいくから、話題を変えてみる。愛陽は俺が主人公だった時のシナリオも知っていて、ここ最近の俺が抱いていた違和感の正体も教えてくれた。
「前の世界で愛陽はサラと知り合いだったけどさ、こっちだと出会う機会がないよな? でもサラは愛陽のことを知っている。やっぱりところどころ設定が重複している」
「サラはボクの友達なのじゃ。これだけは消さないでほしいと願ったからこそ、サラはヒロインではなくなったのじゃ」
愛陽から教えてもらったことだが、サラは元々、唯人のヒロインの一人だった。サラはヒロインとして唯人に接近していたが、愛陽がこちらで本格的に姿を現し始めたことで矛盾が生じ、サラがヒロインとしての体裁を保てなくなったのだ。
そのためサラは表舞台から一歩引き、今では俺とたまに話をして盛り上がる仲になった。
「サラはすでに幸せを手にしたのじゃ、一颯とサラが記憶を一部なくしておるのは、二人とも納得してのことなのじゃ」
「それに納得に足る理由があったわけだが、教えてはくれないんだろう?」
「……教えられないのじゃ、それが神様との約束だからじゃ」
この世界を創ったあの神様は、愛陽の願いを条件付きで叶えてくれたわけか。ならこれ以上詮索はしてはいけないな。
ぽっかり空いたファイルの隙間を全部埋められたわけじゃない。サラと過去に何かあって、そこが抜け落ちていることがはっきりしただけ良しとしよう。
そよ風に揺られ、黄色い紅葉が波のようにざあっとさざめく。秋の遠い空から神は俺たちを見ているのだろうか?
「ノベルゲームによく出てくる謎の少女。気が付けば姿を消して、いつの間にか目の前に出てくる。その正体は人間じゃなかったり、無機物の擬人化だったり。でも、正体が本当に人間だったら、主人公から姿を消している間はどこにいるんだろうな?」
「突然どうしたんじゃ? ボクのことを言っているならはっきり言うのじゃ」
「ははは、そうだな。俺が疑問に思っているのはさ、主人公の友人ってなんのためにいるんだ? ラストシーンにおまけのように存在していて、一応は男の友情なんてものを描いた物語も見たことがある。だけどさ、この世界に俺は必要か? ラストシーン、俺は仲良くなった愛陽にちゃんとさよならを言う機会はあるのか?」
主人公の気持ちを引き出したり、時に喧嘩をしたり、肩を組んで慰めて、ともに笑いあえる、無条件で味方になってくれる頼れる存在。
そんな存在に俺はなれているのか? そして、ここまで物語にかかわってきて、ラストシーンに俺は抜きにされるかもしれないと思うと、今までやってきたことが無価値に感じてしまうのだ。
「ボクのラストはすでに決まっていることなのじゃ。だから一颯とは最後の一瞬に立ち会うことは出来ぬ。だが、求めるならば、ボクはちゃんと一颯たちにお別れを用意するのじゃ」
愛陽が静かに俺の服の袖を摘まんだ。そして、ピタリと寄り添った。
どうしたんだと視線を愛陽に向ければ、心地よさそうに腕をつかんでいた。
「愛陽?」
「このグランドルートは、ボクの小さな願いが生んだシナリオなのじゃ。唯人の恋愛はすでに完結し、そのアフターストーリーが今じゃ。だが、このアフターストーリーにまだ物語を完結させておらぬ者も存在する。一人はボク、もう一人は」
「……俺か」
唯人の恋愛を綴る物語は確かに完結している。月宮さんと付き合い始め、平穏な日々を送っている。だが、それを実現するために自分のことをおろそかにし続けたのが俺だ。
愛陽の小さな願いは、完結させることのできなかった俺の物語を引き延ばしてくれている。
「一颯、これがラストチャンスじゃ。ボクの終わりを利用して、一颯の物語を完結させるのじゃ。それがボクとのお別れともいえよう」
「どういうことだ?」
何かが引っかかる。愛陽は自分の願いを叶えることが何よりも大切なことのはずだ。この状況下、俺に構っていられるほど余裕もないと思っていたが。
「ボクは一颯の物語でもラストを担っているのじゃ。このグランドルートが完結しても、一颯の物語が終わらなくてはなんの意味もないのじゃ。だから、ボクがその手伝いをしてあげるのじゃ」
愛陽の頭に手を置いて、ありがとうとつぶやく。そのまま撫でると気持ちよさそうに目を細めた。
そよ風に靡く長い髪が愛陽の存在を大きく見せた。こんなにも頼りになると思ったのは、失礼ながら初めてかもしれない。
愛陽が無事に願いを叶えるために、俺に出来ることは何でも手伝う。必要とあらば、この世界の設定自体を利用させてもらうことになる。俺は唯人のことを操っていたことも、話す日がいつかは来るかもしれないな。
「シナリオは、一颯に任せてもいいかの?」
「俺にか? 愛陽の好きなシナリオにしていいんだぞ? 完結することは決まっているんだから、その過程くらい自由にしたらどうだ?」
「いや、ボクはこの世界を駆け抜けた一颯にお願いするのじゃ。ちっぽけなボクじゃ、小さいまま終わってしまう気がするのじゃ」
「俺に任せていいのか? だったら愛陽にやらせたいことがあるんだけど、いいか?」
俺は愛陽に相対し、本当に俺に任せてくれるのか判断する。愛陽はこの物語を消化気味に進行していると思っていたから、表情と態度で判断しようと思ったけど、窺った愛陽の表情は、俺の予想を裏切るほどに晴れやかな笑顔だった。
「お願いするのじゃ! ボクに最高のラストを届けてほしいのじゃ」
「もし、俺がこれまでに積み上げてきたシナリオをすべてぶち壊すような、とんでも展開にしようとしても、愛陽は納得してくれるのか?」
「それも込みなのじゃ、終わりよければすべてよし! このまましんみりした展開になるくらいなら、派手にぶち壊してくれた方が面白いのじゃ」
「なるほど、……なら、任せろ。俺にいい案がある。主人公の友達という脇役を超えた、出過ぎた真似をさせてもらおうかな」
愛陽がニヤリと口角を上げる。愛陽が唯人とともに行動せず、わざわざ俺たちの元で生活しているのだ。それを利用しない手はない。