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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
最終章 グランドルート攻略シナリオ
198/226

198 視認

 俺から愛陽に触れる際にはすり抜けてしまうが、愛陽から望んで触れようとするならば、俺に触れられることが分かった。


 ジャケットの袖を引っ張られながら、俺は愛陽と二人で男子寮へと向かう。


 放っておいてもいずれは唯人が愛陽の正体に気付くようにシナリオは出来ているが、愛陽が望む形で最後を迎えるのならばそうもいかない。


 日曜日の昼間は唯人と月宮さんが一緒に過ごしている時間がほとんどで、俺が割り込む隙間なんてありはしない。だが、愛陽ならば『謎』の出題者として二人と接触できる。


 俺は愛陽が唯人と月宮さんと接触するのを見守る……、見えはしないが、様子をうかがうために連れてこられた。


 愛陽が心春や花恋さんではなく、俺を連れていく理由は分からないが、まあ今日の予定が空いていたのは俺だけだったからだろう。それとも……。


「愛陽、お前、不安なのか?」


 すると、掴まれている袖がグッと引っ張られた。これはあらかじめ決めていた合図であり、肯定することを意味する。ちなみに否定するときは腕を叩かれる。


「楽しみなんじゃなかったのかよ。俺が付いていったってできることは何もないし、大丈夫なのか?」


 腕を叩かれた。どうやら大丈夫じゃないらしい。


「じゃあ、俺に出来ることはあるか?」


 ……反応はない。ただ袖を掴まれたまま一定のスピードで歩き続ける。


 やはり直接会話ができないというのは不便だ。それに愛陽の顔も見えないのが辛い。これでは愛陽がどれだけ不安を募らせているのか様子を窺うことすらできないのだ。


 周りからは俺たちが並んで歩いているように見えているのだろうか? たまに、愛陽が本当に目の前にいるのか分からなくなる。


 俺からは見つけられない弊害はどうしても取り除けない。その代償として俺は真実を知ったが、これはこれで辛いものがある。


 袖がギュッと強く掴まれる。何かを肯定しているのではない。不安で不安で仕方がないのだ。


 頭でも撫でてやれば少しくらい落ち着いてくれるかもしれないが、触れることはできない。だから、俺に出来るのは声をかけてやることだけ。


「そんなに緊張してばかりでどうする。これから愛陽は遊びに行くんだろう? 唯人と、月宮さんと遊びたくてここにいるんだろう。だったらさ、悔いの残らないように笑ってみなよ。緊張で不安でぎこちない顔つきのまま遊びにいくやつがどこにいる?」


 腕を何度も強く叩かれる。そんな簡単に出来たら苦労はしないと言われている気がした。


「俺は愛陽の正体を知った。叶えたい望みも聞いた。だけど、それを叶えるのは俺ではなく、愛陽、お前自身だ。俺はその手伝いを少しだけ。それすら、友人枠の俺には出過ぎた真似なんだからな?」


 わかっているとばかりに袖が伸びそうなほど強く引っ張られる。それだけ分かっていれば問題ない。愛陽ならうまくやれる。


「でも、何かあったらすぐ連絡しろよ?」


 袖を引っ張られたり、叩かれてしているうちに、俺たちは寮の入り口までやってきていた。


 さてここからどう動くかは完全にアドリブなのだが、まずは唯人たちのことをこちらから見つけなくてはならない。


 家の中にいるのであれば愛陽が押しかけてミッションコンプリートなのだが、外にいる場合はどう愛陽を送り出してあげようか。


 だが、俺たちの探し人は想定外なことに向かうからやってきてしまった。唯人と月宮さんだ。仲良く手なんか繋いじゃって、熱々なことで。


「おう! 一颯じゃないか、こっちで会うなんて珍しいな。……て、え? 一颯、その子は?」


 さあて、どうしましょうかねえ? 愛陽さん? この子がここに来たがっていたから連れてきたと嘘ついてもいいんだけど、愛陽と同じ屋根の下に住んでいる以上、下手なごまかしは大変危険だ。なら、愛陽とは知り合いだったんだと言っても、姿が見えないのは致命的。


 幸い、愛陽は俺の袖から指を離していたから考えることが出来るけども、ちょいと演劇部らしく一芝居してみますか。


「え? 誰かいるのか?」

「何言ってんだ。すぐ隣にいるだろう?」


 唯人が愛陽のいるであろう場所を指差す。もちろん俺には何も見えない。


 愛陽と知り合いだったなんて、主人公を出し抜いてそれはちょっと不自然だ。だから、俺はいかにも今後の物語とは無関係であるよ、とばかりにわざとらしく愛陽の姿を探す。きょろきょろして、やっぱりいないじゃないかと唯人をにらむ。


「一颯君には見えないの? ほら、隣にいるよ」

「そう言われても、見えないものは見えなんだけど……、だましているわけじゃないよな? こんな真昼間から怪談話とかやめてくれよ。ちょっとそういうのはトラウマがあるからさ」


 演劇部のお化け屋敷は今後克服できないトラウマものだ。そういう設定がちゃんとあるから嘘が言える。


「ほら、誰もいないじゃないか」


 俺は唯人たちが視線を向けている場所に手を伸ばし、 動かして誰もいないと主張する。


 きっと俺の手が愛陽の体を貫通して二人に見えていることだろう。ある意味ホラーでは?


「え? 貫通して……、どういうことだよ」

「それは俺が聞きたい。俺には唯人たちが幻覚を見ているんじゃないかって心配なんだけど。……え? 本当にいるの?」


 俺がいま即興で書いたシナリオ。愛陽は俺が唯人と仲がいいことを利用して勝手についてきた。おれはあくまで無関係な友人役。すでに主人公とヒロインはくっついているのだから、俺の存在はもう必要ない。


「そこに、……いるよな? 陽菜」

「うん、可愛い女の子が一颯君の隣にいるよ」

「もしかして、幻覚が見えている方が正常なのか? 俺だけ見えないことが異常なのか!? ひ、ヒエエエエーーーー!!」

「あ、一颯!」


 俺は脱兎のごとくこの場を全力で立ち去る。このまま食堂に逃げ込み、唯人たちの視界から外れたことを確認する。


 クーラーの利いた室内でほっと一息。


「ふう、これで俺の出番は完全に終わりだな。あとは愛陽が自分の力で……」


 食堂の給水機で冷たい水をコップに注いでいると、後ろからシャツの裾を引っ張られる。


 寮内の食堂だからな、知り合いの一人や二人、昼飯時にいたっておかしくない。いったい誰だ? 声をかけてこない限り、脅かそうとしている聖羅か? というか聖羅くらいしか考えられないぞ。


「あいよ、誰だ? ……あれ? 誰もいない」


 振り向いて、裾を引っ張っていた人物を探してみるが、後ろには誰もいなかった。食堂の利用者は多数いるが、俺のすぐ後ろには誰もいない。俺が振り向く直前まで、裾を引っ張られて、なんなら催促するように何度も引っ張られていたから誰かいるはずだ。でも、後ろには誰もいない。


 この一瞬で隠れられる場所なんてない。わざわざ道具を使ってまで姿を隠すようなこともしないだろうし、いったい誰だ? まさか本当に俺だけが見えない幻覚なのか?


「あ? いつの間に……」


 俺の手には一枚の紙が握られていた。正方形の白いメモ用紙。それが俺の手に握られていた時点で、裾を引っ張っていた人物に検討が付いていた。だけど、まさかという疑惑と、そうあってほしくないという期待を込めて、俺はメモ用紙に書かれていた内容を読む。


「…………はあ。どうすんだよ、これ?」


 目の前の虚空をじっと見つめる。


『おいていかないで』


 そこには何度も見て覚えた愛陽の丸い文字があった。


「本当にどうするんだよ? どうして俺についてきた」


 見えない存在に胸元をトンと叩かれる。ついでにもう一枚メモ用紙を押し付けられていた。


『 』


 だが、そこには何も書かれていない。何か書こうとしてペン先が何度か紙を突いた跡だけが残されている。


「せっかく人が作った絶好のチャンスを捨てたのか。……これでもうごまかしが効かなくなったな」


 俺に愛陽の姿は見えない。このことは、まあ信じてもらえるだろう。手が貫通したところを見せたし。だけど、愛陽が俺を追いかけてしまった以上は何かしらの関係があると疑われても仕方がない。


「なあ、俺がやっていることは、愛陽にとって余計なことか? 俺は邪魔をしているか? ……痛て!」


 拳で頭を叩かれた。ゴツンと音がして、一瞬目が回る。


 愛陽の姿が見えないだけで、こんなにも苦労するとはな。せめて、愛陽がどんな顔をしているのか分かれば、どんな言葉をかければいいのか少しくらい判断できるのに。


「愛陽、俺はどうやってもお前の姿を見ることはできないのか? 本来見えないのが正しいあり方なのは理解している。だけど、いまここに愛陽がいることは確かな事実だ」

「だから、見えないのはおかしいと言うのかの?」


 すると、すぐ目の前から、少しばかり鼻声で古臭い口調の女の子の声が聞こえた。


「ボクはいずれ消える者なのじゃ、見えていても、そうでなくとも変わらない気がするのじゃ」

「そうでもない。愛陽の顔が見えなければ、慰めていいのかもわからないからな」


 まだ愛陽の姿は見えない。声は聞こえるけども、愛陽の表情一つ窺えない。


 食堂では俺たちのことを気にする人はいない。だから俺は目の前の空間を意識して、ゆっくり手を伸ばした。


 上から下に手のひらを下ろすと、ぽんと見えない何かに触れた。


「たとえ真実を得て愛陽が見えなくなるのが道理だとしても、ここにいる愛陽は本物だ。今のお前を慰めてやれるのは俺しかいない。だろ?」


 ゆっくりと姿が鮮明になっていく。ふわふわした長い黒髪を撫でるたび、愛陽は徐々に姿を現していく。


「ボクは子どもじゃないのじゃ」

「本当に俺の一個下か? 小学生を卒業したばかりだろ」

「……仕方ないのじゃ。これがボクがここに存在できる限界なのじゃ。これでもだいぶ成長したつもりじゃ」

「そうだったな。本当なら高校生活を謳歌して、自由奔放に駆け回っていたはずだよな。サラのことを振り回してな」

「そうなのじゃ、そういえばこの前、サラがボクの家に来てくれたのじゃ! 久しぶりにサラの声が聞けてよかったのじゃ」


 最後に愛陽の頭をポンポンと叩くと、俺は券売機の方へと向かう。


「せっかくだ。何か食っていこうぜ。そのサラとの会話も聞かせてくれよ」

「うむ! ボクは蕎麦が食べたいのじゃ!」

「じゃあ、俺はラーメンにするかな、……ほら、おごりだ」


 決して覆らない事実に背く存在である愛陽のことが見えるようになった。


 これは、俺にも愛陽の終わりを見届ける資格があるということでいいのだろうか。







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