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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
最終章 グランドルート攻略シナリオ
196/226

196グランドルート コミュニケーション

 サラと共に行動し、俺はこの物語の真相を知った。唯人がこの先に辿り着く答えを一足先に知ってしまった。


 まさか、といった面持ちで家に帰ると、リビングでテレビを見ていた心春が振り返って出迎えてくれた。


「あ、一颯くん、おかえり。遅かったね」

「ああ、ちょっと遠くまで散歩に行っていた。愛陽は部屋か?」


 心春は一人、リビングで夕方の天気予報を見ていた。


「愛陽ちゃんならここにいるよ」


 ソファの背もたれに隠れているのか、俺のいる場所からは愛陽が見えない。心春の膝に寝転がっているのかと背もたれから覗き込む。


「……え?」

「一颯くん、どうしたの? 愛陽ちゃんならここにいるよ」


 心春が宙に手を置く。何か遮るものがあったかのように、その手はピタリとそこに止まった。


 俺も手を伸ばしてそこに触れると、空を切って心春の手より下に降りた。


「え? なに、一颯くんの手が愛陽ちゃんに貫通してる!」


 心春が目を見開いてソファから飛び上がった。心春の挙動に驚いて手を引く。


「そこに、いるのか? 愛陽」


 …………。声は聞こえない。もしかしたらただ頷いただけなのかもしれない。でも、そうか、そういうことなんだな。


「愛陽、すまない。俺は真実を知った。だからもう愛陽のことが見えないし、声も聞こえない」

「し、真実って?」


 俺は首を横に振る。


「せめて、心春だけは愛陽のことが見えていてほしい。それと、通訳を頼めるか?」

「え? あ……うん、わかった。……愛陽ちゃんはもう一颯くんと遊べなくて残念だってさ」

「そう、か。俺は踏み込みすぎたみたいだ。しばらくは唯人たちがシナリオを進行させるまでおとなしくしているよ」


 虚空に向かって話しかけても、返事は聞こえない。本来はこれが正しいのだ。俺は愛陽の姿が見えてはいけない。その理由を唯人たちに辿り着かせなければならないのだ。


「グランドルートにバッドエンドは存在しない。だから自然と愛陽の正体にあいつらは辿り着くだろう。愛陽、お前の終点はどんな形がいい? 俺の役目はその過程を愛陽の望むように変えてやることだ」

「……文化祭の終わりまでに、すべて決着をつけたい。だって。あと、たった一つ、願いを叶えたいだって」

「願い……、それも文化祭までにか。時間はあまりないが、間に合いそうな願いか?」

「……え? うん、わかった。ちょっと待ってて」


 心春がソファから立ち上がり、固定電話の隣に置いてあったメモ用紙一枚と、ボールペンを一本持ってくる。それらを机に置いて、リビングから出て行った。


 これでは話が出来なくなるが、心春はどうしたんだ?


 すると、机に置かれたボールペンがひとりでに宙に浮き、メモ用紙の上を先端が走り出した。


「なるほど、執談か」


 滑らかに綴られる愛陽の願いは、一見すぐにでも叶えられるものだと思った。


『いっしょにあそびたい』


 少し震えた文字で、ただそれだけ。愛陽の願いはたったそれだけのこと。だけど、この願いの裏側にどれだけ多くの望みが潜んでいるのだろうか? 真実を知っただけではこの願いを完璧に叶えることなどできやしない。


 誰と遊びたいかなんて明白だ。主人公とヒロイン、つまり唯人と月宮さんの二人。何をして遊びたいかなんて細かく決める必要はない。なんでもいい、愛陽が満足できる最後に辿り着けるのなら、お茶を飲むことでも、体を動かすことでもいい。


「俺が叶えてやる。もうお前の姿は見えなくなったけど、文化祭までに間に合わせてやるからな。幸いこうして最低限のコミュニケーションは取れているから、何かあったらメモを俺の机に置いてくれればいい。急ぎなら俺の目の前に突きつけるとか心春か花恋さんを通訳にしてくたらいい。あ、そういえば!」


 俺はソファに座っているだろう愛陽に少し待っていてくれと声をかけ、階段を駆け上がる。部屋に飛び込んで押し入れを勢いよく開いた。


 月宮さんの押し入れにアルバムが仕舞ってあるように、俺の押し入れにだって過去の遺物が収まっている。


 重なっているクリアボックスの上から二番目を引っ張り出し、埃の被った蓋を乱暴に取り去る。急いでいるわけもないのに、愛陽の姿が見えないことがどうしても行動を駆り立てた。


「えっと、どこだ……たしかまだとってあったと思ったけど……、あった! あった、あった!」


 まるで宝石でも掘り当てたような気分だ。


 俺はクリアボックスをそのままに見つけた物を握りしめて階段を駆け下りる。ただ、リビングに入っても愛陽の姿は見えない。


「愛陽、まだそこにいるか? いるなら何か……、えっと、持ち上げてみてくれ」


 すると、ソファからではなく、隣のテーブルで動きが見られた。カタンッと何かがぶつかる音に振り返れば、テーブルの上でテレビのリモコンがペンライトのようにグルグル宙を舞っていた。おそらくテレビのチャンネルを変えようとしていたのだろう。


「そこか愛陽。これなら離れた場所でも連絡ができるぞ」


 愛陽がいるだろう場所の目の前に、俺は手に持っていた古い型の携帯電話をコトンと置いた。


 ゆっくりと携帯が宙に浮き、愛陽がしげしげと観察しているのが分かる。元は若葉色の塗装が剥げた古い携帯。俺が前に使っていた折り畳み式のものだ。一緒に充電器も見つかってよかった。


 唯人に片付けろとさんざん言ってきたが、まさか片付けない方がいいこともあるとは……本当はよくないけど。


「電話は使えないけど、メールアプリならまだ生きているはずだ。今充電するから待っていろ。使い方は分かるか?」


 ペンが宙に浮き、メモ用紙にすらすらと文字が綴られる。その間にコンセントに充電器を差した。


『分からない』


「そうか、まあスマホばかりの現代じゃ折り畳み式の携帯なんて触ったことすらない人も珍しくないのか」


 俺もスマホに変えてからはボタンを押すことがどれだけ面倒だったか実感した。はじめは平面だけでは使いづらそうと思っていたが、慣れればこちらの方が楽だ。


 ただショートカットに関しては開いてボタン一つで辿り着く折り畳み式の方が便利だとは思う。


 通話に意味がなくなった以上、素早くメールを送れる用途にしても愛陽に携帯を持たせることは俺たちのコミュニケーションをそれなりに円滑にしてくれるだろう。


『いがいとかんたんだね』


 使い方を説明すれば、またメモには文字が綴られた。


「そういえば筆談だと『のじゃ』の語尾がないんだな。ひらがなだし」

『書くのが面倒“なのじゃ”』


 確かに余計な手間だ。ただアイデンティティをあっさり切り捨てているようにも思える。そこまでこだわりはないのかな?


 充電が完了するまでは時間がかかるだろう。それまではこれからの作戦会議と……と、思ったが、『こはるとゲームしてくる』とメモを残されてはもう愛陽の姿を追うことはできなかった。


 やがてバタンとリビングの扉が閉じられ、階段を上っていく音が聞こえる。


「声は聞こえないし姿は見えないのに、それ以外ははっきりしてるんだよな」


 その理由は分からない。俺は愛陽の正体を知った時、存在そのものを忘れてしまうんじゃないかと思ったほどだったから、姿が見えないだけで留まっていることにありがたさを覚える。


 それだけ愛陽の思いは強いのだろう。もしかしたら、完全に忘れ去られることを拒んでいるのかもしれない。


 きっとそれは愛陽にもわからないのだ。







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