195グランドルート 記憶
一体、君は何者なんだ? どうして俺の立ち位置に乗り移っている?
心春と楽しそうにゲームをプレイする愛陽の横顔を眺めながら、俺はこの前のことをずっと考えていた。
「一颯は一緒にやらんのか?」
「いや、俺はいいよ。好きなだけ遊んでていいから」
「そうか? では遠慮はせんぞ」
画面に視線を戻した愛陽の横顔をまた観察する。
愛陽はいつからこの世界にいるのだろうか? どのタイミングで過去が改変されたのか、何もかもが謎なのだ。
愛陽の正体は俺の女装でも花恋さんの変装でもなくなった。確かな熱を持った、人間としてここにいるのだから、俺が予想していた謎の答えは変化している。
もう、サラに答えを聞くしかないのだろうか? ズルをするようで気が引けるのだが、唯人を誘導するためにも俺が先に答えを知っておかなければ……。
「心春、愛陽、ちょっと出かけてくる」
「分かったのじゃ!」
愛陽の元気な返事。心春はゲームを中断してこちらに振り向いた。
「うん、行ってらっしゃい。散歩?」
「ああ、ちょっと遠くまで歩いてくるよ」
適当に準備をして家を出る。向かう先は女子寮で、向かうついでに電話で花恋さんにも事情を伝えておく。
だが、サラは先ほど一人でどこかに出かけたのを見たらしく、行先は分からないようだ。
ラフな格好だったため、遠くではないだろうと教えてくれるが、さて、どこか都合のいい場所はあっただろうか?
適当に探してみます。と通話を切り、足は女子寮近くの公園へと向かっていた。
ここにサラがいるような気がして、すっぽりと抜け落ちてしまった脳内のファイルが、この公園で何か埋まりそうな予感がしていた。
「……よう、サラ。一人か?」
「あ、一颯先輩。こんにちは」
予想は的中。銀髪の少女サラは誰もいない公園のベンチの端で一人だった。
声をかけると、なんだか嬉しそうな笑顔になって、こちらを見上げた。
「何か考え事か?」
「はい。最近、大きくて大切な何かを喪失した気がしまして、でもそれが何かわからなくてもやもやしているんです」
「奇遇だな、俺も何か喪失した気がしてすっきりしないんだ。もしかして、関係があったりするのかもな。……ははは、そんなわけないのに」
「過去に私が一颯先輩と付き合っていて、だけど神様の力でそれを忘れることになった、……どうです?」
「そんなわけ……ないだろう?」
自分の言葉なのになんだか歯切れが悪い。神様が実際にいる以上、完全に否定できないからか。
一瞬だけ、サラと付き合っている日常が頭を過った。
「そんなわけ、ないけどさ、もしそれが本当なら、悲しいことだな」
「ですね、それに、こんなことを考えてしまうということは、私、一颯先輩のことが好きなのかもしれません」
突然の告白に驚いてサラの横顔に振り向いた。銀髪の髪、長いまつげ、少し大人びた高い鼻が目の前にあって、同じなのに、俺の知っているサラの印象をガラッと変えた。
「サラは唯人のことが好きとか、……そういう感情は抱いていないのか?」
なぜこの質問をしたのかよくわかっていない。サラは一瞬、きょとんとしていたが、やがて頬を膨らませて、なんだか怒らせてしまったようだ。
「なんかイラつきました。別に唯人先輩のことが嫌いというわけではないですけど、一颯先輩のことが好きかもしれないと思った直後にこれは、少々不愉快です」
「わ、悪い。ここまで気を悪くするとは思っていなかった」
「いいですよ、それくらい許してあげます。それと、気になっていたんですが、どうして一颯先輩は私のことを呼び捨てなんですか?」
「え? あ、あれ? そういえば、いつからだ? それに俺たちってこんなに距離の近い関係でもなかったよな?」
「不思議ですね? でも、悪くないです。なんだか穏やかな気持ちになりますし、何でしょう、……このままでいたいって思っちゃうんです」
何か抜け落ちている感覚が再び湧き上がる。この感覚、そして、ファイルの空白は、もしかしてサラと何かあったということか? 俺の記憶が抜け落ちている? それとも、自ら消去する方法でも思いついていたのか。
きっと、もう手遅れなのだろう。おそらくこの隙間を蘇らせることはできない。これも感覚。できないんだって感覚がそう言っている。
「もしかしたら、俺とサラが付き合っている別の世界があるのかもしれないな」
「別の、世界ですか?」
「平行世界って聞いたことない? 同じ時間を過ごしているのに、その過程が違っている。ゲームで例えるなら、選択肢の分岐による結果かな」
「一颯先輩、そういうゲーム、好きなんですか?」
「嗜む程度にはね。……って、女の子にそういうゲームなんてわからないか」
以前、心春に同じ説明をしても通じなかったのに、どうしてサラは分かってくれるだろうと思ったのか。やはり、この少女は俺と何か関係があったのかもしれない。
「いえ、知識程度には知っているのでわかります。それに、一颯先輩と話していると、抜け落ちてできた隙間が少しずつ埋まっていくような感覚があるんです。よかったらまた今度、ゆっくりお話をしてくれたら嬉しいです」
「ああ、いいぞ。俺も隙間が埋まっていく感覚があるからな。今度ゆっくりと」
話が一段落して、俺は本題に切り出す。
愛陽のこと。サラは愛陽と知り合いだから、主人公より先に核心に迫ってしまおうと思って……。
「……あれ? どうしてだ?」
「どうかしましたか?」
今更だけど、どうしてサラが愛陽と知り合いだなんて知っているんだ? 確かに愛陽本人からサラとは友達だということを聞いている。だけど、俺はそれより前からその事を知り得ていた。
「なんか、互いに記憶が抜け落ちたという割には、その抜け落ちた部分の話をしている気がしてさ」
「そういえば、意外と身に覚えのないことが多いですね。一颯先輩とここまで仲が良かったとか、実は好きだったとか、今まで感じたことはなかったのに。不思議ですね」
「それで、身に覚えのないついでに聞きたいことがあるんだが、……サラは、愛陽と友達か?」
「あいり……、え! それって愛陽ちゃんのことですか!?」
身を乗り出して顔を近づけてきたサラに若干仰け反らざるを得ないが、この反応は間違いない。サラは愛陽と関係がある。
「一颯先輩は愛陽ちゃんといつから知り合いだったんですか?」
「お、俺か? ええと……高校に入ってからだ。去年の春あたりだな」
すると、サラはきょとんとして乗り出した身体をベンチに落ち着かせた。何か変なことを言ってしまったのかと不安になる。
「それはどこで出会いましたか?」
「どこでって……高校の、部室だな。突然愛陽が訪ねて来て……」
「――ありえません」
ぴしゃりと言い切られた俺は口を噤んだ。
「私と一颯先輩の知っている愛陽ちゃんが同一人物であるならば、絶対にそのタイミングで愛陽ちゃんと一颯先輩が出会うことはありません」
「ど、どうしてそんなことが言い切れる?」
実際、俺の目の前に愛陽が現れた以上、俺と愛陽の出会いを否定することはできないはずだ。確かにどこから現れたかもわからない不思議な子だが、俺が愛陽と出会うはずないというのはおかしな話だ。向こうから会いに来ているのにありないことはないだろう。
「愛陽ちゃんの家に伺ったことはありますか?」
「いや、ない」
「じゃあ、今から行きませんか? 久しぶりに私も愛陽ちゃんとお話したいですし」
「家にいるとは限らないんじゃないか?」
「いますよ。長居はしませんし、少しだけです」
ベンチから立ち上がったサラは、出口の方へと向かっていく。俺が付いていくかどうかは自由らしい。
ただ、ここで答えを聞かないなんて生殺しだ。おとなしくサラの後ろについていく。隣に並ぶと、サラがふと、俺の袖をつまんだ。
「何でしょう……、一颯先輩が隣を歩いていると、腕を組むことが自然なように思えます」
「組んでみるか?」
「……いえ、やめておきます。なんだか、ここが分かれ道な気がして胸がざわつくんです」
「なんだそりゃ? まあ、無理強いはしないよ」
これから向かう先はサラしかわからない。会話もなく、彼女のペースに合わせてゆっくり歩き出した。