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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
最終章 グランドルート攻略シナリオ
194/226

194グランドルート 改変

 月宮さんの部屋でお茶会をするけど、愛陽も来てみるかと話したら、行かないとテレビに視線を固定したまま冷たく突っぱねられた。


 だけど本当は行きたいけど、何か理由があって行けない、そんな感じの複雑な表情だった。


 別の用事でもあるのかと疑ったけど、愛陽は今日までずっと家にいてどこかに姿を消すこともなかった。


 だからその理由を推察してみれば、やはり月宮さんと何か関係があるのだろう。簡単に姿を現すわけにもいかない状況なのは分かっている。そういう謎を提示しているのだから。


 でも、どこかでヒントを出さない限りはシナリオも進行しない。愛陽はどこで唯人と月宮さんの前に出ていくのかが気になる。


 俺と心春は誘われた日にちと時間に月宮さんの部屋に訪れ、先に来ていた唯人が扉から顔を出す。


「いらっしゃい、陽菜はお茶の準備をしているから、上がってくれ」

「お邪魔します。それにしても、なんか不思議な感覚だな。月宮さんの部屋に来たのは初めてなのに、唯人がいると何も緊張しない」

「部屋の作りが同じだからじゃないか? まあオレと違って部屋がきれいだけどな」

「唯人はいい加減いらないごみを全部捨てろ」


 招かれた部屋は、一見淡白で、壁にポスターやカレンダーすらもない。


 勉強用の机が一つ部屋の隅にあり、その横にベッドがくっついているくらいにしか物がない。


 四人掛けの長方形のテーブルは取り出したばかりなのか唯人が組み立てていて、ちょうど最後の脚がカチッと固定される音が聞こえた。


 部屋の真ん中にテーブルを置いて、月宮さんが一度絞ったタオルで表面を拭く。そのあと、お菓子が並べられた。


「一颯君はコーヒーと紅茶、どっちがいい? 普通にお水とか麦茶もあるけど」

「あ、紅茶で、心春は?」

「私も紅茶がいいな。手伝うよ」

「ううん、お二人は客人だから、座って待ってて。お菓子も先に食べてていいから」


 唯人は紅茶もコーヒーも苦手だっけ? 一人持参したオレンジジュースのペットボトルをコップに傾けている。


 やがてカップに湯気をくゆらせながら、二人分の紅茶が出来上がった。月宮さんは砂糖とミルクをたっぷり入れたホットコーヒー。俺はストレート、心春はミルクだけ。


 四人の準備が整って、初めてお茶会が始まった。


「今日は何かしたいとか、そういうのはないのか?」


 せっかく集まったのだから、何かイベントに繋がるようなことがやりたかった。


「ちょっと、一颯や陽菜の昔話を聞きたいと思ってさ」

「俺たちの昔話? そんな面白いことなんてないぞ」

「陽菜とオレが昔に出会っていたと知って、一颯と心春ちゃんの子どもの頃とか聞きたくなってさ。オレだけ前に暴露したのが不公平な気もするし」

「それは唯人の勝手だろう。だけど、まあ、……いいか? 心春」


 これは俺一人の問題ではない。心春があまり乗り気でないのなら、ここで話すのは控えたい。


「……いいよ。でも、全部話しちゃうとここにあるお菓子が美味しくなくなるから、始まりは中学に入ってからがいいかな」


 心春が少し困った顔で条件を提示した。確かにせっかくのお茶菓子が俺たちの話でまずくなったら、この場を設けてくれた月宮さんに悪い。


 それに俺たちはあくまで主人公の友達だ。深く掘り下げる必要はどこにもない。


「なんだよ、そこまで言われたら気になるんだけど」

「唯人、二人の過去にはいろいろあったんだよ。だから、ここにいる全員が楽しくなれる話を聞こうよ」

「ハードル上げるなぁ。そんなに面白いことは何にもないぞ? せいぜい心春と二人でいろんな部活を手伝っていたことくらいだ」


 俺たちが二年の終わりに演劇部を手伝ったのは、実行委員会に所属していたからであって、元々、俺と心春はボランティア部に所属していた。


 学校周辺のごみ拾いや挨拶運動などのボランティアが主な活動で、隣接していた保育園には月に一度顔を出しては読み聞かせや一緒に散歩などをしていた。


「俺と心春が所属していたボランティア部は、活動日が主に休日で、学校周辺の公園のごみ拾いとか、高齢者施設の手伝い。保育園で一緒に遊ぶことがほとんどだ」

「あとはイベントで人手が足りないときとかに他の部へ駆り出されることが多くて、便利屋と勘違いされることが多かったね」

「個人の依頼は断っていたけど、少人数の同好会の依頼は断りづらくて、だから便利屋と呼ばれちゃったんだよな」


 柔道一筋だった唯人には珍しい話なのか、聞き流すわけでもなくずっとこちらに耳を傾けている。そんなに面白い話でもないのに、運動系以外の部活について何も知らないのかもしれない。


「俺たちが演劇部に興味を持ったのはこのボランティア部の延長で、基本この部活に所属している人は実行委員会に参加することが推奨となっているんだ」

「当時の演劇部はインフルエンザが蔓延して、舞台に立つ人のほとんどが休んじゃってね、それで私と一颯くんが立候補したのが始まりなんだ」

「当時の二階堂先輩の舞台はビデオで見させてもらったけどさ、あれはすごかったな。一人で観客全員の心を鷲掴みにする演技力に魅せられたよ。生で見られなかったのが残念だ」


 その舞台を観客席から見ていたのは月宮さんだけ。俺と心春は舞台袖で花恋さんのサポートをしていたから、ある意味特別だったかもしれない。


「あ、その時の写真ならアルバムにあるよ。私、後日に写真買ったから」


 月宮さんが立ち上がり、押し入れの扉を開いた。床に置いてある段ボールの中から画集程度の大きさの一冊のアルバムを取り出し、膝の上に置いた。


 思い出の詰まった写真を眺めながらさかのぼっていき、やがて一枚の写真を指差した。


「これだよ。ここからここまで、その時の舞台」

「やっぱり写真でも迫力あるな。映像を見たのは結構前だけど、これがどこの場面なのかすぐに思い出せるよ」


 月宮さんからアルバムを借りてペラペラめくっていく。舞台写真の次は高校の入学式になり、そして俺と心春の舞台写真が出てきた。


「あ、これは心春ちゃんの男装だよね。やっぱりすごいな、これじゃあ騙されても仕方なかったかな」

「……あ、こんなところに写ってるね、この子」


 月宮さんが何かを見つけたらしく唯人に教えたのは、愛陽の姿だった。


 愛陽の正体を探っている二人にとって大きなヒントになる写真はこれから何度も登場するだろう。


「あの子か、正体と言われても訳が分からないな。せめて何が目的なのか分かればやりやすいのかもしれないけど、……それにしても、ずいぶん楽しそうだな」


 俺は唯人のその言葉は、舞台全体を通しても印象だと思った。実際華やかな舞台だったし、写真もクライマックスの和気あいあいとした場面を多く写している。


 でも、唯人が見ていたのは愛陽が写っていた一枚の写真だけ。指差して、月宮さんと共有しているところを俺が覗き込めば、そこには間違いなく『愛陽』がいた。


「え? なんで?」

「どうした? 一颯」


 唯人の言う通り、それは楽しそうな一枚だ。写真の後ろの方では花恋さんを筆頭に役者が踊り狂い、左端では固まった笑顔の心春と、女装した俺がいる……はずだ。


 だけど、この違和感は間違いない。俺が……笑っている? ありえない。この舞台は心春同様、俺も初舞台で、緊張で一度も笑うことはできなかったはず。


 後日、ビデオによる反省会においても、一度も笑顔を見せられなかったことを確認しているし、もっと表情を柔らかくするようにと、当時の部長に課題を課せられたから覚えている。


 だれだ? この愛陽は俺じゃない。こんな自然な笑顔など、舞台上で見せたことなんてない!


 心春は俺の隣に立っていたから覚えているはずだ。俺はずっと緊張したままの仏頂面を観客に見せていただけなのだ。


「過去が改変された?」

「一颯くん?」


 そんな荒唐無稽な考えに目を回している俺のことを心春が心配してくれる。


 後で話があることを伝え、俺はアルバムから距離を取った。これ以上に、俺が見て得るものはないだろう。







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