192グランドルート 占い師の予言
不思議な光景だ。まさか、本来自分が立っている場所に、女装した自分の姿を見ているなんて。
それは俺でも花恋さんでもない。正真正銘、愛陽という新しい登場人物だ。
愛陽はうちの高校の制服に身を包み、怪しい紺のローブを羽織ってフードは頭を隠す。片手には大きな水晶、もう片方の手には一枚のカードが握られていた。
そして、愛陽の目の前には一組のカップル。無論、唯人と月宮さんだ。
「おぬしには最後の謎を解いてもらいたいのじゃ」
「最後の……謎? 君は前にもオレたちの前に現れたよね? 今度は何をさせるつもりかな?」
「ふっふっふ……、そう身構えるでない。前と同じく、謎を解明すればいいだけなのじゃ」
「いや、それが曖昧過ぎて難しいから身構えているんだよ」
そんなことはお構いなしに、愛陽はカードを唯人の隣にいた月宮さんに手渡す。そこに書かれている謎は至極単純。
「ボクはだーれだ?」
それだけを告げると、愛陽は踵を返してこちらに走ってきた。唯人が追いかけてくるんじゃないかと思ったが、呆然としてその場から動けずにいた。
「え? こんなの君に逃げられたらわかるはずもなくない?」
「うん、あの子が誰か、そんなのわかるはずもないよね。でも、どこかにヒントはあるはずだよ。絶対に解けない謎なんて、出題者も回答者も、どちらも得をしないしね。とりあえず、頑張ろう?」
「……ああ、頑張ろう」
とりあえず月宮さんが唯人を鼓舞してくれた? みたいでよかった。
校舎の陰に隠れていた俺たちの元へ帰ってきた愛陽は、着ていたローブを脱ぎ捨てる。
水晶を花恋さんに預け、制服の胸元を大きく開けた。
「暑いのじゃ! もう秋じゃというのに、どうして残暑はこうも暑いのじゃ!?」
「愛陽、はしたないからボタンを留めなさいな。それか更衣室で着替えなさい」
着替えることが面倒なのか、しぶしぶシャツの第二ボタンまでを留め、代わりに胸元のリボンはだらしなく緩ませていた。
花恋さんも自身の制服を改造しているだけあってこれ以上強く言うことはなかった。別に愛陽の格好が校則に違反しているわけでもないから、俺からも言えることはなかった。
「愛陽ちゃん、お疲れ様、暑いならタオルで汗を拭いてね。お茶もあるから」
「おお! 心春は気が利くのじゃ。ありがたくいただくのじゃ」
心春には特に懐いているのか、汗はしっかりタオルで拭き取られ、水筒に入れられたお茶も自分でコップに注いでいた。
「ぷはー! 一颯、これであの二人はより仲良くなること間違いなしじゃ! はやく終わったことだし、家に帰ってゲームでもするのじゃ」
「いや、これから授業なんだけど、愛陽は一年の教室に行かないのか?」
「ボクは制服を着ているだけで、どのクラスにも所属はしていないのじゃ。いわば……コスプレ?」
「君の謎が多すぎて訳が分からないな。ちゃんと今夜には話してくれるんだろ?」
「約束したからの。そこは安心するのじゃ」
昨日は俺が戻ってきたばかりということもあって愛陽のことは一旦保留して、俺の話を聞いてもらった。
戻ってこられた感動からか、話は長引いてしまい、花恋さんは寮へ戻ることになった。
文化祭前の忙しい時期ではあるが、部活後の時間を俺たちに当ててくれる花恋さんに感謝で頭が上がらない。
早起きした甲斐あって、今日の朝は時間に余裕がある。それに俺が着替える必要もないから余計に早い。
心春と花恋さんが部室へ水晶とローブを片付けに行くということで、俺は愛陽と校内を散歩していた。
一階から中庭を覗きながら、日陰になっている場所を探して二階へ。愛陽はどこか行きたい場所があるのか一気に四階まで連れてこられた。
結局俺たちも部室のある階まで来てしまったわけだが、愛陽の目的地は部室ではなかった。
ぱたぱたとスカートを翻しながら駆けて行った先は、変哲もない廊下の真ん中付近。そこから手すりをつかみ、背伸びして階下を見下ろしていた。
「ここじゃ! ここからは二年生の様子がまるわかりなのじゃ。一颯もこっちに来て見てみるのじゃ」
愛陽の手招きに応じ、愛陽の隣に立って階下を見下ろす。中庭を挟んで反対側にある二年生のフロアは、確かにまるわかりだ。生徒の廊下を行きかう姿がはっきり確認できる。
ふと、何か引っかかることがあるが、それが何かわからない。ここに立つことで何かに気付けそうだけど、それが何かわからない。
なんだかもどかしい気持ちでいると、一年生フロアの向こう側から、サラが登校してきた。
こちらに気付いて手を振ってくれる。俺がここにいることが珍しいのか、若干不思議そうな表情で近づいてくる。
「霜月先輩。おはようございます。こんなところでどうしたんですか?」
「…………」
「先輩? どうかしましたか?」
「え? ああ、いや、何でもない。ただ、中庭を覗いていただけだよ。……それと、妹とかぶるから、俺を呼ぶときは名前で呼んでくれるとわかりやすい」
「はい、わかりました。では、一颯先輩。……なんでしょう? こちらの方がしっくりきますね」
「そうか、なら今後もそう呼んでくれ。……ああ、そろそろ時間か、俺は先に行くから」
「あ、はい、また来てくださいね、ここって意外と黄昏る生徒が多いんですよ、テストの前後とか」
「ははは、そりゃ絶好の黄昏場所だな。夕日がきれいに降り注ぐしな」
俺は手を振ってサラの元を離れた。
空っぽだった脳内のファイルに何か埋められていくような感覚があるが、結局そこには何も変化はなかった。だとすればやはり気のせいなのかもしれない。
「…………」
「…………」
俺は教室の前まで辿り着き、周りに誰もいないことを確認して、後ろを黙ってついてきていた愛陽に向き直る。
「おい、せっかく俺が席を外してやったんだからさ、サラと再会の喜びを分かち合って来いよ」
サラは愛陽と友達のはずだ。屋上で危ないことをすれば泣いて止めようとするほどに、サラは愛陽のことを探していたはずだ。
「一颯は気づいていないのじゃ」
「何にだよ」
「サラはボクを一度たりとも見ていなかったのじゃ」
「あ!」
そうだ、俺はサラと話していて、確かに隣には愛陽がいた。見た目は何も変わっていない。だからサラが気付かないはずはないのだ。だったらなんで?
「そうかぁ、サラは……」
「サラは? 何か知っているのか?」
「なあに、いずれ分かることじゃ。サラ以外にも、気付いている者はおるのじゃ、そんなに気になるなら探してみるといいのじゃ。じゃが、それで後悔しても知らないのじゃ」
愛陽のことを知っている人物がいる? まあサラは友達だから気付いているかもしれない。だが、どうして愛陽のことを、あたかも見えない風を装ってまで無視するのか。それだけ愛陽の秘密はこの世界において重要なことなのか?
「これは、重要な伏線ってやつなのか?」
「そうじゃ、探せば答えなど簡単に見つかる。でも、それを唯人に悟られるでないぞ?」
「分かった。気を付けておく」
用は済んだとばかりに一人校舎を出て校門に向かう。ただ、生活指導の先生に見つかり、どこに行くんだと尋ねられれば、振り返ることなく全速力で逃げて行った。
「愛陽のことが見えていないわけじゃないみたいだな」
生活指導の先生に声をかけられている以上は、愛陽がちゃんとこの地に足をつけて生きている人間だということだ。ちゃんと触った時に通り抜けることはなかったし、触れた時の温もりも確かに存在していた。
しかし、俺がこの謎を追うと少なからず後悔するようなことを言っていた。
ならば、まだ知るべき時期ではない。いずれ分かることであれば、その時まで待とう。
身近な人で他に愛陽のことを知っていそうな人物は誰がいるだろうか? 先送りにするとはいえ、そこらへんはどうしても気になる。
愛陽が今までどこにいたのかわからない以上、だれが愛陽を見ていたのかも不明だ。下手に詮索して、唯人の耳に入れてしまうとよくない。
「やっぱりサラに聞くのが一番早いか……」
今じゃないことだけしっかり肝に銘じ、好奇心を抑えつつ俺は教室に入った。