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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
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19演劇部と先輩たち

 放課後、主人公のこれからのシナリオに俺と心春の出番はない。唯人がちょっと寄りたい所があるようで、聖羅がついて行くみたいだ。だから唯人は聖羅と二人で寮に帰り、その後は男子寮で新たに友好関係を築いていくだろう。学校案内は明日の放課後にすることとなり、今日は解散となった。


 俺と心春は階段を一つ上がり、三年のフロアに踏み入れる。先輩方に喧嘩を売るような古臭い考えでやってきたわけではなく、単純に演劇部の部室が三階にあるだけ。


 三年一組の隣にある空き教室が演劇部の部室として割り当てられているため、扉をノックして中に入った。


 部室内では七月終わりの夏休み前にある舞台に向けての準備が進められていて稽古や小道具制作に追われていた。


 忙しなく手を動かす先輩方は、俺からしたらすでに卒業してしまった方々だから、高校の制服を着てこの場にいることに違和感を抱いた。もやもやとした気持ちを胸に秘めながらも、も一度一緒に仕事ができる嬉しさが勝った。


「城戸先輩、こんにちは」

「うん? あ、霜月兄妹じゃないの。噂に聞いたよ、転校生の案内役はいいの?」

「それは明日ということになりましたので、今日はこっちの手伝いに」


 演劇部副部長の城戸舞衣子(きどまいこ)先輩は本格派の女優志望。ボブカットの髪型ですらりとした背は多種多様の性格のキャラを演じて見せ、舞台に立てば役に入り切った感情の籠められ方や圧巻の演技に誰もが涙を流す。すでに何度かドラマにも出演している女優界の大型新人で、城戸先輩に憧れてこの高校に入った演劇部員も少なくない。


「一颯に心春か、今日も仲が良くて何よりだ。今度の劇は舞台に立たないのかい?」

「あ、柊木先輩、こんにちはー! 私たちは裏方専門ですよ」

「今日も輝いてますね、次も王子役でしたよね?」


 演劇部の絶対王子こと柊木翔(ひいらぎかける)先輩は常にきらきらと輝く星のようなオーラを纏ってる。こちらも背が高く、二つ名通り王子の様な風貌だが、柊木先輩は俳優志望というわけではなく、城戸先輩にスカウトされて入部したらしい。本人の性に合うようで、将来に演劇関係の仕事を視野に入れているそうだ。


 うちの高校の演劇部はほとんど大会には顔を出さず、この学校の為に演劇を披露する。たまに招待されて出場する大会では審査員に感嘆の溜息を漏らさせ、一躍有名になるほどには実力がある。


 そんな演劇部の裏方に就かせてもらっているだけありがたい限りだ。


「そうだ、柊木先輩、今度私に男性の癖とか教え直してくれませんか?」

「別に構わないが、男装でもするのかい?」


 演劇部の先輩方は俺たちの女装男装については周知の事実であり、そもそも先輩方が俺たちをこの演劇部に拉致したのだ。


 心春と俺は男装女装に乗り気ではなかったから、柊木先輩は冗談のつもりで今の言葉を口にしたのだろう。


「えっと、ちょっと男装を公に披露しなきゃいけなくなりまして……」


 心春の発言に教室がざわめいた。一年はなんのこっちゃときょろきょろしているが、先輩方は俺たちが女装男装をやりたがらないことに強要はしてこなかった。だからこそ心春が自ら男装するために知識を教えてくれと頼むことには驚愕せざるを得ないのだろう。


「ちなみに一颯はどうなんだ?」

「あー……、俺もです。城戸先輩、後で部長と一緒に教えて下さい」


 ざわざわと、波紋のように広まるざわめき。一応部長からは箝口令が敷かれているから一年に話そうとする人はいない。お願いだから知らないままでいてくれ。


 ざわめきは小道具制作に追われればすぐに霧散し、黙々と衣装やセットを作り始める。


 一からの手作りは次の劇で使いまわしが出来るようにとアレンジも加えられるから楽しい。もちろん制作の技術も必要になってくるが慣れてしまえばあっという間だ。時には下校時間ギリギリまで残って作業に没頭するし、学校に申請してもっと遅い時間まで稽古に励むこともそれなりにある。


 舞台に立たないのに裏方だけで何が面白いのか。……そんなの他の人とは違う目線で見られる上に憧れの役者の素晴らしい舞台に貢献できる感動があるからに決まっている。もちろん演劇部としては舞台で輝きたいと誰もが努力する。俺もその一人だ。


 誰にでも出番をくれる部長は、女装だったが素人の俺を脇役としてほぼ強制的に舞台に立たされたことがある。あの時はセリフが一切なかったとはいえガチガチに緊張していたのはいい思い出だ。その時は俺たちが一年生で、謎のイケメン、謎の美少女コンビとして一部で人気を博したこともあったが、セリフは一切ないし、それ以来登場することもなかったから流れるように噂もどこかに消えてしまった。


 先輩方はそれ以降無理強いをしてこなくなったが、俺たちはイヤじゃなかったとだけ、しっかり伝えてはいる。


 次の劇は何をやるんだったか、たしか、新入生に分かりやすいシンデレラを公演のするのではなかっただろうか。


 小道具の制作に精を出していると、後ろの扉がガラガラと開いて姿を現したのは、一見小学生が紛れ込んでしまったのかと錯覚してしまうほどに背の低い少女。しかし、城戸副部長も柊木先輩も、そして俺も尊敬して称えるほどの実力者。その人は意図的としか思えないほど制服をロリータ調にアレンジを重ねた我が校だから出来るファッションに身を包んだ可愛らしい少女。


「ごきげんよう、あら、今日は一颯と心春も来ているのね、転校生と仲が良いと聞いたのだけど、校内の案内はいいのかしら?」


 耳が癒されるマシュマロのように甘い美声を聞けば虜になって忘れられない、それでいて七色に演技を変化させ、妖精や悲劇のヒロインなど時には魅惑的な悪役を演じて見せる少女は、我らが部長、お嬢様こと二階堂花恋(にかいどうかれん)だ。








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