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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
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189サラルート Fin

 大きく膨らんだ風船が徐々に萎んでいくように、サラの笑顔は時間が経つごとに薄れていった。


 それはやがて、立ち上がることもできないほどに、仕舞いには俺にしがみついたまま座ったベンチから動かなくなってしまった。


 ロープウェイに乗ってやってきた山頂は夜の街を一望できる有名なデートスポットだった。クリスマスということもあって、他にもカップルは大勢いる。


 だが、二人の時間を意識しているのか、距離は離れていて静かなものだった。


 空気が凍っているみたいに冷たくて、でも、互いに身を寄せ合っていればそれなりに温かい。


「ちょっと間に合わなかったな」

「…………」


 指で捕まえられそうなくらいにゆっくりと降る小さな雪が、サラの銀髪にそっと触れて溶けた。


 予定より遅く到着し、天気予報より早く、雪が降り始めた。


 冬の山頂、北の土地にやってきたのはこれが目的だった。サラが見たがっていた雪。それを絶景と共に。


「ほら、顔を埋めていないでさ、少しくらい景色を楽しもうよ」

「楽しめませんよ。もう、ここまで来てしまって、時間もあと少ししかないのに」

「ないからこそ、最後を楽しもうよ」

「どうして、……どうして一颯さんはこの最後の時を楽観的でいられるんですか! もう、私との時間は飽きちゃったんですか!」


 サラが顔を上げ、目元を腫らしながら感情的に叫んだ。


 腕を痛いくらいにぎゅうっと掴まれ、それは怒りとも、辛さとも感じられる酷い感情だった。


 だから、俺はサラの頭に軽くチョップをくらわす。


「ばあか、最後の瞬間を楽観的に過ごせるわけないだろう。俺だってやり残したことは山のようにある。俺だって、胸が張り裂けそうなほどに辛いさ」

「だったら、もっと私のことを見てください。こんな景色を見ているくらいだったら、私のことを強く抱きしめてください」

「いいよ、でも、それは最後の瞬間がいい」

「どうしてですか! もう、時間が無いんでしょう?」


 その通り、残りの時間は五分もない。それは俺が書いたシナリオではなく、元から決まっていたタイムリミット。


 最後の瞬間に、夜の街はクリスマスのイルミネーションを一段と輝かせる。それが最高にロマンチックで、別れの瞬間……、そう考えていた。


「時間はないよ、でも、俺たちはこれからもずっと一緒だ」

「それはもう、私たちじゃないじゃないですか。一颯さんも私も死んで、一颯さんはグランドルートへと進みます。そして、一颯さんはこれまでのことを忘れちゃうんです。ここに残るのは、抜け殻の私たち」

「そうだ。シナリオはそうなるように俺が設定してしまった。俺がサラの気持ちに気付かなかったから、それで生まれてしまった悲劇とでもいうのかな?」


 俺は一拍おいてから、サラのことを丸ごと抱きしめ、耳元で囁いた。


「でも、そうじゃなくなった。俺に最後の選択肢が出現した」

「え? それって……」


 残りの時間も少ない。ここから先は全部最後の瞬間だ。抱いたサラを離さず、頭上から言い聞かせるように、優しい声音で俺の選択をサラに示す。


「選択肢は二つ。一つは当初の予定通り、俺がグランドルートへと進む選択肢。もちろん記憶は無くなるし、サラも脳内のファイルが消失する。ただの女の子としてこの先を歩むことになる。そして、二つ目は――」

 サラが俺を見上げた。俺がまだ何も言っていないのに、驚愕した表情で眼を見開いている。


 またしても涙を流したサラのそれは悲しさや辛さではない。喜びに満ちて、溢れてしまった温かい嬉し涙。


「二つ目は、俺たちは記憶を無くさない。代わりに、()()()()()()()()()()()()。もうループすることはないし、グランドルートに進むこともない。すべては謎に包まれたまま俺たちの旅は終わる。一つ限りの命、これからは後戻りのできないたった一度の人生を歩むことになる」


 あの神様はこうなることを予想していたのか、慈悲なのか、最後の最後で俺を主人公になる権利をくれた。


 主人公ならば、正しき選択肢は一つ目。グランドルートへと進んで最後まで物語を見守るのが主人公だ。


 だから――。


「俺はこの選択を間違えるよ。俺はサラの主人公だから。俺は二つ目を選んだ。実は既に選んであるんだ。昨晩にアップデートが来てさ、迷わなかった」

「いぶき……さん」

「物語の真相とか、もうどうでもいいんだ。俺にはサラがいればいい。俺だってお別れはイヤなんだ。こんなに幸せに過ごしてきて、タイムリミットでお別れ? 物語の途中だから先に進まないといけない? そんなの俺がイヤなんだ! サラがいい。サラ、君が好きだ。愛してる!」

「私も、一颯さんのことが大好きです。お別れなんてイヤです! 愛してます!」


 今度は俺が涙を流した。


 サラの愛が嬉しくて、この世界に留まる決意は間違っていなかったと実感した。


 抱きしめていた腕を離し、サラの頬に両手を沿える。顔を上げるように優しく誘導すると、サラは背筋を伸ばして目を瞑った。


 上から覆いかぶさるようにサラの唇にキスを落とす。


 街のイルミネーションは祝福のように一層輝き、冷たい雪が触れる俺たちの熱を確かなものにさせた。


 熱くて、誰にも遮らせない愛情がサラに降り注ぐ。サラからも電撃のような鋭い愛情が流れ込んできた。


 貪るように互いの愛を確認し、一度、唇を離す。


「好きだ、サラ」

「私もです。好きです、愛してます、一颯さん」


 潤んだ瞳を向けられて、俺は一生最愛の人を手放さないと誓う。


 そして、互いの脳内で進むカウントダウンは俺たちのこれまでの旅の終わりを告げていた。


 ……十……九……八――。


「これまでサラに振り回されて辛いこともあったけどさ、なんだかんだ、楽しかったぞ」

「不器用でごめんなさい。きっとこれからも迷惑を掛けますが、よろしくお願いします」

「ああ、任せろ。俺が絶対に幸せにしてやる」


 ……三……二……一。


 最後はお互いにとびきりの笑顔を見せて――。


「「ゼロ」」


 二つの声は重なった。


 ――俺たちの長い物語の旅はこれにて終幕。


「……終わったな」

「はい。終わりましたね」


 そして、新たな物語が開幕する。


「改めて、これからよろしく、サラ」

「はい。ふつつかものですが、よろしくお願いします。一颯さん」


 手袋もなしに掴む彼女の手は熱く、愛おしい。


 俺たちの物語はここから始まる。






長かった彼女の恋路はこれにて完結です。

次話におまけの一話を挟んでからは最終章、グランドルートに突入となります。可能な限り早めの投稿を心がけますので、よろしければ最後までお付き合いください。

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