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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
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186サラルート 冬の予定

 サラと部屋でのんびり過ごしていると、俺は眠るように気を失った。


 横になりながら漫画を読んでいて、会話もなく過ごしていたせいでサラに気付かれなかっただろう。目を覚ました時、サラは変わらず心春から借りた漫画に集中していた。


 この、気を失う感覚は久しぶりだ。予想通りシナリオのアップデートが入った。


 サラにそのことを教える前に自分で確認してみる。サラにはアップデートが来ていないのは俺にだけ知らせたいことがあるからだと思った。


「…………」


 時間にしたらたったの三分。サラに背を向けたまま目を覚ました。


 漫画のページを見つめながらファイルを開き、やっと綺麗に取り払われたエラーだらけだったサラルートのファイルに驚愕する。


「……そうか、ここがゴールか」

「ん? 一颯さん、何か言いましたか?」

「漫画の一コマが気になっただけだ」

「そうですか」


 淡白に答えれば、サラは再び手元に視線を落とす。


 それよりも、俺がこの世界に留まっていられる時間が確定した。


 エラーで真っ赤だったファイルから、用意されたシナリオへ。そして、見慣れた空白。


「……なあ、サラ、少し気が早いかもしれないが、今年の冬はなにかやりたいことはあるか?」

「冬ですか? そうですね……ここら辺じゃ雪なんて見ませんから、降り出した雪の中で一颯さんと甘い時間を過ごせたらいいです」

「そうか、前向きに検討しておく」

「欲を言えば、クリスマスなんかはもっと……なんて、ちょっと恥ずかしいので忘れてください」


 ファイルの空白にシナリオのメモを書き込んでいく。どれだけ書き込めるかは分からないが、詰め込めるだけ詰め込んで、最後の最後だけ空白は残しておく。


 この最後だけは用意したシナリオではなく、俺とサラの時間を詰め込みたい。


 悲しいことだが、お別れを告げるために。


 俺が……サラを殺すための時間。俺が俺を殺す時間だ。


「クリスマスには、プレゼント交換なんかやりたいな。でも何を贈ったらいいか分かんないな」

「何でも嬉しいですよ。一颯さんからのプレゼントならどんなに不器用な物でも嬉しいです」

「おいおい、俺にプレゼント選びのセンスがないって諦めているだろ」

「だっていつも心春先輩が基準のプレゼントじゃないですか、たまには私のことだけを考えたプレゼント、お待ちしています」


 どうすれば分からないときはいつも心春に聞いていた。だから趣味も心春が基準で、俺一人で考えたプレゼントって一度もなかったかもしれない。


 じゃあ、どんなプレゼントなら喜んでくれるだろうか?


 冬だから、マフラーや手袋……、これは男性から送るにはちょっと変か? なら一日俺のことを好きにしていい券……って、いつもと変わらないな。


 ……いっそのこと、この左手に光る婚約指輪を結婚指輪に変えてしまうか?


「一颯さん、何か重い事考えてませんか? たかがプレゼント交換ですよ、こういうのは軽い気持ちでいいんです」

「そう言われても、何も思いつかない」

「ふふふ、これはクリスマスが楽しみですね? どんなプレゼントが私を驚かせてくれるのか、期待してます」


 ハードルがめちゃくちゃ上がったわけだが、俺に何が選べる? サラが喜ぶものは分かっているだけど、それがクリスマスの雰囲気に似合うかと言われたらそうでもない気がする。


「でも、どうして急に冬の予定なんて聞いてきたんですか?」

「え? ああ、まあな……、早いうちに決めておけば焦ることもなくなると思ってな」

「そうですか、てっきりサプライズ失敗を恐れて先に聞き出しておこうという算段かと」

「ははは……ずばり言い当てられると恥ずかしいな」

「やはりそうですか、でも計画性のあるクリスマスも素敵ですからね」


 間違っていないが、言われるとやっぱり恥ずかしい。もう少し俺にサラを喜ばせられるような能力を持ちあわせていればと何度も思った。


「一颯さん、突然ですけど、抱き着いてもいいですか?」

「ホントに突然だな。いいぞ、ほら」

「わーい! ……えへへ」


 サラが床に座る俺の腕の中に飛び込んできて、背中に腕を回してきた。すりすりと顔を胸に擦りつけて、ふう、と落ち着いた。


「こんなに嬉しい感情も、楽しい思い出も、いつかは全部忘れてしまうんですよね?」

「……ごめん」


 心臓が跳ね上がる。俺が今隠していたことがばれてしまったのかと思った。


「一颯さんは悪くないです。こんなことになるまで隠し続けてきた私が悪いんですから、幸福の代償と思って今を全力で楽しんでいますから。だから、もう自分を偽って遠慮することもやめました」

「それで抱き着いてきたと?」

「はい。だって、二人であんなことまでやっておいて、結ばれないまま終わってしまうのが寂しくて」

「このあとどうする? いいのか?」


 男ゆえに少々攻めた質問をしてしまい、やらかしたなと思った。


「一颯さんはエッチですね、そんなに望んでいるなら一颯さんから好きにしていいですよ。もっとも、今は夕方なので、そろそろ心春先輩たちが帰ってきますけど」

「……よし、少し上を向け」


 サラに命令し、何事かと視線がわずか上にある俺のことを見上げた瞬間、サラの口を塞いだ。もちろん口で。


 ビクンッと跳ねたサラの身体を強く抱きしめ、驚いて抵抗しようとするサラを腕の中で押さえつける。


 やがて力を無くして腕を下に降ろしたサラを開放すると、全身脱力して胸に寄りかかってきた。


「ひ、卑怯です。力技でねじ伏せられたら抵抗なんてできませんよ」

「満足した?」

「まあ、今日のところは、ですね」

「じゃあ次はこれだけじゃ物足りない?」

「……はい。一颯さんのせいで、私は女の悦びを体験しちゃってますから」

「言い方ってもんがあるが、そ、そうか、それは……すごく興奮することだな」

「相変わらずエッチな人です。やっぱり一颯さんは男なんですね」


 もちろんサラの身体に負担が残らないよう配慮したが、果たしてそれで良かったのか。以前、誰かに聞くことも出来ず二人で顔を赤くしながら考えて、俺たちは一度、一線を越えている。


 ――忘れたくない。今までの諍いや幸福で得た感情を忘れたくない。俺が願ったことだけど、こんなことになるなら願わなければよかった。


 そう思いたくなくて、俺はサラを抱きしめた。


「一颯さん、私、クリスマスの日にお願いしたいことがあります。でもそれはその時に」

「なんだ? それは今教えてくれないのか?」

「はい。まだ、内緒です。当日は絶対に驚かせてみせますよ」


 目の前のぎこちない笑顔にはどんな意味が隠されているのか分からない。ただ、この笑顔はサラが嘘を吐いている時や、あまり喜ばしい事ではないことを隠しているときに見せる顔だ。だからサラは計画途中のことを話す事に自信を持てていないのだろう。当日に驚かせてくれるみたいだが、果たしてそれが上手くいくのか。


 迷った末に後戻りできないよう話して退路を自ら塞いだといったところか。


「だから、もし驚いてくれたなら、またこうして私のことを抱きしめて、愛してください」

「分かった。約束する」


 たとえ驚かなくても、俺はサラを愛するだろう。その時が最後の瞬間だからではなく、俺が、男としてそうしてあげたいから。


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