185サラルート 昼日の散歩
俺たちの甘い日々はまだまだ終わらない。
そろそろ聖羅が俺たちを見て砂糖を吐きそうとか言い始める頃、俺たちは毎日のように夏休みを謳歌していた。
二人で居れば、夏休みの宿題や課題だって見方によってはデートだ。今まで投げやりにしてきた宿題をサラと共に進めれば、なんだか面白くて楽しく感じられる。
サラも毎回リセットされるのにわざわざ宿題に手を付ける意味を見いだせず、今までは俺と同じでやらなかったり、適当に書いて提出していたという。
だから今回は真面目に取り組んでみる。答えなんて分かっていても、互いの呼吸を感じられるほどに静かな時間を過ごすのも悪くない。
だけど、こんな時間はすぐに終わり。結局はいちゃついている方が楽しいのだ。
家族は出かけていないから、今日は夕方までずっと俺の部屋で二人きり。
心春からくれぐれも不健全なことのないようにと釘を刺されているが、少しくらい大目に見てもらおう。
「今日は何をしますか? 映画はこの前見ましたし、ゲームもキリよくクリアしちゃったところでしたよね?」
「いっそのこと、昼寝でもしてみないか?」
「こんな天気のいい夏の日に、クーラーの利いた部屋で昼寝ですか……甘い誘惑ですね」
「まあさすがにもったいないからゲームでもするか? 次のステージは難しいと聞くし」
「時間かかるかもしれないですし、出来るところまで進めますか」
俺は誰かとゲームをやることが好きなのかもしれない。一人で遊んでいてもつまらないが、好きな人と同じことを出来る喜びはゲームが一番かもしれない。
パソコンのモニターとは別にゲーム機器と繋げられる小型のモニターを共同で購入した。俺の部屋の隅に配置され、ちょくちょく遊びに来るサラと一緒に並んでコントローラーを握るのだ。
椅子に座ってパソコンのモニターを使用するのは心春とゲームをする時だけ。それは心春の我儘であり、俺の我儘でもある。
俺と心春は義兄妹という正しき関係に成りつつあるが、やはり特別意識は存在する。サラと新しいスタイルで遊んでいるのと同じく、心春とのスタイルは譲れなかった。
起動したゲームは協力プレイの出来る探索型RPGゲーム。二人でやれば少し楽に攻略できるからと始めたゲームだが、想像以上に攻略が難航し、やっと全体の半分に差し掛かろうとしているくらい。
「いつも通りレベル上げをしながらアイテム探して、今日中に中ボスくらいは辿り着きたいね」
「ここからレベルが上がりにくくなりますし、そこまで辿り着ければラッキーくらいに考えておきます」
決めた通り最初はレベル上げ、アイテムを探しつつマップ探索を進め、道中で現れる敵をサラの操るキャラクターと協力して倒していく。
「…………」
「…………」
ゲームってどうしてこうも無言になってしまうのか? 黙々と探索を進めて、たまに回復頂戴とか、そっち頼んだとか、それくらいしか会話しない。
だから画面しか見ていなくて、肩にサラの頭が乗っかってくるまで、サラがうたた寝をしていることに全く気付かなかった。
コントローラーは膝の上に落ち、身体をこちらに預けて気持ちよさそうに寝ていた。
さすがに単調な作業が続いたせいか、俺も少し眠くなってきた。
欠伸を漏らし、サラを敷いた布団の上に横抱きで運ぶ。タオルケットを持ってきて、サラと並んで横になった。
タオルケットを二人に覆いかぶさるようにかけ、目を瞑る。
昼寝どころか、これでは夜まで寝てしまいそうだが、まあこれはこれでいいだろう。せっかくだから瞼を上げて、サラの寝顔を観察しながら、幸せな気分に浸りつつ夢でも見よう。
ぐっすり眠るつもりだったが、以外にも早く、横になってから一時間と少しで目を覚ました。
眠りが浅かったわけではなく、やっぱりこの時間に寝るのはもったいないという思いが俺を目覚めさせたのかもしれない。
隣にいるサラは……なんか距離が近い。
額と額がぶつかりそうな距離にサラが居て、というより、俺がサラを抱きしめていた。
サラも俺のことを抱きしめていて、よく寝苦しくないなと思いつつ、サラの後頭部を優しく撫でる。ついでに無防備な唇にキスを一つ。
「ん……ん?」
「あ、起きたか?」
目をしばしばと瞬かせ、ゆっくりと瞼を押し上げたサラが頬を膨らませた。
「いま、濃いめの一颯さんを感じました。起きていないところで愛されても幸せ半減なので、もう一度お願いします」
「濃いめってなんだよ」
彼女がそれを望むならいくらでも。唇を合わせ、沈むようにゆっくりと深く交わっていく。自然と互いの舌が絡み合い、唾液を口の端から零しながら幸福を享受する。
一分以上愛し合っていたと思う。口を離した時、サラの目がとろんと微睡んでいた。
「満足した?」
「はい、昼間ですから、これで満足です」
「夜だったら?」
「理性が耐えられません」
「それは男のセリフのような気がしないでもないけど」
これ以上はお互いに一線を越えかねないため、布団を片付けるためにタオルケットをどかす。
眠気もなくなり、だけどゲームを再開するには気力が無くて、じゃあ何をしようかと話し合ったら散歩に行こうということになった。
軽く寝癖を整えて、身だしなみも確認し、近くの公園あたりまで散歩に出かけた。
「やっぱり暑いな……、水筒を持ってきて正解だったよ」
「本当にこの季節は暑くて敵いませんね。なるべく木陰を歩きましょう」
公園の端に並ぶ落葉樹の下を歩幅の合わない二人でのんびり歩く。
時折、一本の水筒に入れてきた冷たいお茶を分け合いながら、およそ三十分の散歩はベンチに座ることで休憩と化す。
この時間だけ木陰になっているベンチで休み、俺たちは今後の予定について話し合う。
「そういえば、シナリオってどうなっているんですか? 私のほうだと未だにエラー表記が出ていますけど」
「俺も同じ。おそらく、主人公がサラを攻略できなくなってしまったから、修正されるまでこのままなんだろうな。俺がヒロインを奪ったわけだし」
「私の気持ちと設定が矛盾していましたしね。でも神様はこうなることを予想していなかったんでしょうか?」
サラが記憶をこちらに持ち越してきているのを知っているのなら、記憶を消すなりヒロインから除外するなり対策は取れたはずだ。だけどそうしなかったのであれば何か理由があるのかもしれない。
そういえば、城戸先輩が考察していたことを思い出す。
俺が今までにやってきたことがそもそもシナリオの内容で、今も俺が主人公である可能性。そのことをサラに話してみると……。
「さすがに共通シナリオが長すぎませんか? つい最近まで私たちは共通ルートを辿ってきたことになりますよ」
「まあな、残りはグランドルートだけだし、最後の最後で分岐するシナリオかもしれないけど、さすがにね」
長い長い道のりの終盤に差し掛かっていることは分かる。やっと……、という思いは今の幸福を割り増しに与えてくれるが、すべてが決まっていたことのように思えて気持ち悪くすら思える。
神が俺に教えたことは真実なのか、それを確かめる術は無くなった。だからシナリオ通りに動かされていたとしても、俺は現状に満足して幸せに生き続けるのだろう。
何をしても俺の人生は変えられない。選択肢を前に決断した俺には後はゴールまでの一本線だけなのだ。
「一颯さん、そろそろ帰りませんか? ここも陽が当たるようになってきました」
気が付けば姿を現した太陽がじりじりと俺たちの頭上を焼いていた。
「そうだな、いい時間だし、帰ってまたのんびり過ごすか?」
「心春先輩からお借りしている漫画が途中でしたので、残りを読み切ってしまいたいです」
「俺も唯人から借りた漫画が途中だったっけな。横になりながら夕方まで読み進めるとしようか」
空になった水筒を片付け、ベンチから立ち上がる。左の腕を少し曲げて差し出せば、当然のようにサラは腕を組んでくれた。
最後までの準備が整いましたので、これからは投稿ペースを早めようと思います。
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