183サラルート クレープ
しばらく俺と目を合わせてくれなくなったサラとショッピングモールの二階へ、エスカレーターを利用して上がった。
「一颯さんなんて金髪にしてチャラチャラしたシルバーアクセサリーを大量に身に着けてればいいんです」
「思い描く不良を俺に押し付けないでくれ。さっきは悪かったからさ、ほら、クレープでも食べようぜ?」
「その程度で私の機嫌は直ると思わないでください」
そのとき、クレープ屋の甘い香りがちょうど漂って来て、サラの意識はそちらへと向く。同時にサラの方から、くぅ、と可愛い音が聞こえてきた。
「それとも早いけど昼食にするか?」
「い、意地悪です! 今のは……私じゃないです」
「はは、そうだな、今のは食い意地の張った俺ってことで、腹の虫には納得してもらうかな」
クレープ屋で生地を綺麗な円に焼いていた女性店員にフルーツが一番多く入っているクレープを一つ注文する。
俺たちがカップルだということに気付いたのか、メニュー表の写真よりも気持ち多めのフルーツが盛られ、注文した俺にではなく、隣のサラへクレープは手渡された。
「二人掛けのベンチはあちらですよ」
「ご丁寧にどうも」
カップルってここまでお得なことがあるのか? それともサラの可愛さにおまけしてくれているのか。何にせよ、今日の女性店員は誰もがカップルへの理解があってありがたい。
サラが手に持つクレープは本当に大きくて、食べ方を間違えるとフルーツが落ちてしまいそうに不安定だ。ベンチまで俺が誘導し、ゆっくり二人で腰かけた。
「あの、こんなに食べきれないといいますか、私、こんなに食い意地張ってないです」
俺からの仕返しと思っているのか、サラはジト目で俺のことを睨んでいる。
「腹が空いたのは俺だ。だから大きなクレープを頼んだけど、店員はサラが食べるのだと勘違いしたみたいだ。でもこのまま手渡されても落としそうだし、……食べさせてくれないか?」
「……それが狙いでしたね? やっぱりずるいです」
「早くしないと生クリームが溶けちゃうぞ?」
「はいはい、……あーん」
薄い生地の中に大量の生クリームと、バナナ、キウイ、ストロベリー、最後にたっぷりの生チョコレートがかかっていて、一体どこから食べようか迷ったが、差し出されたクレープにはど真ん中から口を突っ込んだ。
「わっ、豪快ですね」
手で受け皿を作っていたおかげでフルーツは無事だったが、口周りや鼻にクリームが付いているのが分かる。しかし、俺はこれを自分で拭かない。
「やっぱりこれが狙いなんですね? ……ふふ、ここまでくると逆に一颯さんが可愛いです」
面積を減らして零れそうなものが無いことを確認したサラがクレープを俺に渡す。手提げ鞄からハンカチを取り出したかと思うと、少し悩んでそれを仕舞い、指を伸ばして俺の鼻に触れた。
生クリームを拭き取り、それを自分の口に運ぶ。
「ん、美味しいですね。一颯さん、私にも食べさせてください」
「いいぞ、はい、あーん」
誰が見てもバカップルのノリで、俺たちはクレープを食べさせあう。今度はサラが頬に生クリームを付けて、それを口で直接……取ると先ほどみたいにサラが拗ねるから、同じく指で拭き取って口に入れた。
「これもまた、狙ってましたね?」
「こういうシチュエーションはまだやったことが無かったからな。今なら文字通りあまーい口付けが出来るけど、どうする?」
「やっぱり一颯さん、どんどんチャラくなってます。そういうのはもっとロマンチックな方が嬉しいです」
「悪い、そんながっつきたいわけじゃないんだ。ただ、サラの可愛いところを見るとどうしても抑えきれる自信が無くて」
「そ、そういうのは二人きりの時でお願いします。私だって……我慢しているんですから」
「え? そうなのか?」
「もうこの話は終わりです! お互いに欲求不満なのは認めますから、ほら、行きますよ!」
サラは食べ終わったクレープの包み紙を乱暴に畳み、ゴミ箱に捨てる。
生クリームでべたべたになった手をお手洗いついでに綺麗にし、戻ってきた俺たちは先ほどのことなどなかったみたいに手を繋いで歩き出した。
「これから向かう所は、実は神楽坂先輩に紹介されたアクセサリーショップなんです」
「そうなのか? いつのまに聖羅とそんな仲になってたんだ……」
「そっちですか! 実は神楽坂先輩のお姉さんが働いているお店で、紹介してもらったんです。自分で調べてみても評判がいいんですよ。それになんと今日は少しだけ接待もしてくれるみたいなんです」
「聖羅の姉か……、いるとは聞いていたがまさかこんな形でお会いすることになるとはな」
なんでだろう? どういうことか聖羅の姉がどういう人なのか想像がつく。会ったことはないはずなのに、なんとなく顔や姿まで想像できる。
そして、サラに手を引かれてたどり着いたのは……。
「ああ……なるほど、ここか」
俺がかつて、心春と花恋さんにティアネックレスを贈るときに購入したアクセサリーショップだった。