182サラルート ショッピング
夏休みに入って初日。俺たちは時間を惜しんでさっそくデートをすることとなった。
今までもデートを繰り返してきたのだが、街を離れて遠出をするのは初めてだ。
これからデパートにショッピングをしに行こうと駅で待ち合わせをして、俺は時間より三十分も早く待ち合わせ場所に着いてしまった。
さすがにサラはまだ来ていないだろうと辺りを見渡すと、人目を引いている清楚な水色のワンピース姿の少女がいた。
踵が少し上がった白いサンダルを履き、小さな手提げ鞄を手に落ち着きなさそうにきょろきょろしている。
頭には顔を隠すほどの大きな鍔の白い帽子。俺は迷うことなく少女に近づく。俺が少女に近づいたことで、周りで見ていた人たちは様々な憶測をこの場に残して離れていった。そうだ、俺が彼氏だ。
「お待たせ、ちょっと待たせたかな?」
「い、いえ! 私も今来たばかりですから、……あの、えっと……」
大きな鍔付き帽子で顔は見えづらいが、間違いなくこの少女はサラだ。俺が間違えるはずがない。
もじもじとしてワンピースを摘まむ彼女の仕草が可愛らしく、俺は下から覗き込むように少し屈んで、鍔に隠れていて見えなかった、すでに顔が赤いサラの顔を覗き込んだ。
「あ、あの、……そんな、見ないでください」
「可愛いからいやだ」
甘い香水の香りが俺の理性を誘惑し、薄らと化粧をしていつもより美しくなった姿にしばらく見惚れて、互いに目を合わせたままだった。しかし男としてこれだけは言わないといけないから、咳払いを一つ。
「こほんっ。帽子といい、ワンピースといい、サラの雰囲気とよく似合っているよ。このワンピース、今日の為に用意してくれたのかな? 俺ももう少しお洒落して来ればよかったよ」
「あ、ありがとうございます! 一颯さんも、えと、格好いいです!」
灰色のシャツに紺のジャケット、新緑色のスラックス姿の俺を褒めてくれて、互いにはにかんだ。お世辞とはいえ嬉しいな。
「やっぱり、髪を見られるのは抵抗があるのか?」
「あ、はい。……恥ずかしいといいますか、今は一颯さん以外にこの髪をじろじろ見られたくないんです」
今まで俺たちのデートがこの街で収まっていた理由は、サラの銀髪にあった。
この街ではサラの家族は当たり前のように馴染んでいるから好奇の視線を向けられることはないが、銀髪という珍しい外国の髪質は、地域によっては信者がいるほどなのだ。
サラの元親衛隊がいい例だ。更にそれが全て好意のものとも限らないから、サラは髪を結い、広い鍔付きの帽子の中に収めているのだ。
それはどこぞのお嬢様がお忍びで街にやってきたみたいで、そうすると俺はその従者。
「さあ、参りましょう、お嬢様」
その気になって声をかけると。
「イヤです」
断られた。
「一颯さんと私は恋人なんですから、従者との禁断の愛より、対等な関係でラブラブのほうが私は好きです」
「そうか、なら、……行こうか、サラ」
俺は腕を差し出すのではなく、サラの手を取って指を絡めた。サラはこれくらい強引の方が好きなのだ。
「はい! 今日は楽しい一日になりますね!」
断言された。ハードルが上がって少しばかり緊張する。
下りの三つ隣の街にある駅前のショッピングモールまではのんびり電車に揺られながら、比較的空いていた車内で座席に座っていればあっという間だ。
駅と隣接しているだけあって、大きな人の流れはそちらに向かっている。俺たちもついて行くように店内へと足を踏み入れた。
暑さの概念を一瞬で忘れ去るほどの冷えたクーラー温度設定にサラは素肌を擦った。
心春が冷え性だったからこういう時は薄手の上着を持ってきていたのだが、生憎今日は持ってきていない。このままにしておくのも可哀想だし、どうしようかと思っていると、ここから十メートル先で品出しをしていたレディースファッション店の女性店員と目が合った。
女性店員は俺と目が合って、隣にいるサラが寒そうにしていることに気付き、一度店内のとある一角に視線を向けたあと、再度こちらに振り向きにこりと微笑んだ。
まるで、今の彼女にぴったりの上着がありますよと言わんばかりにいい笑顔だった。
「サラ、まずは服を見てみないか? あそこなんかサラにぴったりなのがありそうだ」
答えを待たず、俺は無理やりにならない程度にサラを引っ張って店内に入った。
それで先ほどの女性店員はどこを見ていたのかと辺りを探すと、店内の端の方でニコニコとしながら俺たちを待ち構えていた。
「あ、あの、彼女に似合うのって、ありますか?」
意気揚々と入店したはいいものの、こういうことに慣れてなくて緊張し、俺のすごく曖昧な注文に女性店員はうんうんと頷いて、あらかじめ決めていたのか、水色のカーディガンを手に取った。
「可愛い彼女さんですね。肌も白くて綺麗ですし、このワンピースにならこれがお似合いかと思います」
「一颯さん? これって」
「羽織ってみて、サラがもっと可愛くなるから」
何か仕掛けがありそうな俺と店員との会話にサラは疑問を抱いたが、完全なアドリブだ。彼女へのプレゼントを俺一人で、それも女性服なんて選べる自信がなかったから助かった。
サラは辺りを見て、俺たち以外誰も見ていないのを確認すると、鍔の広い帽子を取って胸元に抱えた。
「まあ! 外人さん、とても美しいわ」
俺が感想を言う前に割り込まれてしまった。女性店員が慌てて口を手で押さえても手遅れだ。
「サラはやっぱり青空の色が似合うな。このままずっと見ていたくなる」
「そ、そんなにじろじろ見られたら、は、恥ずかしいです……。あの、誰もいないときなら好きなだけ見てもいいですから」
なぜか店員が顔を赤くして、この場から逃げるように駆けていった。
俺にだけ許された特権が嬉しくて、サラのことがもっと愛おしくなってしまった俺は、これ以上感情が爆発しないようにサラの額にキスを落とした。
「はう! いきなりはダメですよ!」
サラが慌てて帽子を被り、額を隠すようにぎゅっと鍔を掴んだ。
「ははは、悪かったよ。会計してくるから一度カーディガンを脱いでくれ」
「あ、はい、……いいんですか? 私が寒がっただけなのに」
「彼女が辛そうにしているのに、何もしない彼氏は嫌なんだ。大丈夫、サラがもっと可愛くなってくれるならこれくらい安い出費さ」
安っぽい格好つけだが、俺にはこの程度のことしかできないから悲しいものだ。
平常心を取り戻したらしき女性店員に見送られて、俺たちはデートの続きをする。
「さて、どこの店に入ろうか?」
「服をもう少し見たいとも思いますけど、これをいただいて、なんだか満足しちゃいましたし、……どうしましょう?」
情けないことにデートのこと何もわかんないな。サラがどこに行きたいのか分からない。
「えと、一颯さんはどこか寄ってみたい店はないんですか?」
「俺か? うーん……あまり服にこだわりはないし、靴も買い替えたばかりだからな。日用品なんて荷物になるだけだし」
「では、アクセサリーを見てもいいですか? 小さな物ならそのまま身に着けられますし、一颯さんがもっと格好よくなるのだってありますよ」
「そ、そうか? なら行こうか」
格好いいと言われてテンションの上がる単純な男。でも今まではこんなことすら言えない間柄だったから、とことん褒め合いたい。
手を繋ぐだけでなく、腕を組んで身体を密着させる。女の子の柔らかさが心地よい。もういっそのこと抱きしめたくなる。
「えっと……当ててんのよ?」
「それを言われなければ意識せずにいられたんだけどな」
ぎゅっとくっ付いているわけだから、ささやかながらサラの胸が俺の腕に押し付けられている。いったいどこで習ったんだか……、今度容疑者らしき二人を説教しないと。
誰も見ていなければ……とも一瞬脳裏をよぎったが、流石に破廉恥が過ぎる。
思考を読まれてしまったか、サラが背伸びをして俺の耳元で囁いた。
「夜に可愛がってくれればいくらでも」
いたずらが過ぎるサラにはお仕置きが必要ということで、人目があるにもかかわらず、俺はサラの唇に無理やりキスをした。
もちろん怒られた。