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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
180/226

180サラ 選択肢……1 

「私の話はもっと続きますけど、この後はちょっと泥臭いだけなので、ここまでです」

「…………」


 正直、言いたいことは山のようにある。ただ、最初に言えるのはこれだ。


「なあ、サラ」

「なんですか? 私の頑張りを褒めてくれますか?」


 期待した眼差しを向けられているところ悪いけど……。


「俺が言えた義理じゃないんだけどさ、……恋愛、下手くそか?」

「す、素直に言葉に出来ていたら苦労はしなかったんです! ただ……、私が気持ちを伝えて、それでフラれたりしたら、もう、立ち直れなくなりそうで」


 分からなくもないのが難しいところだ。俺だって、今さっき花恋さんに出て行かれて心が折れそうになっていたんだから。


 でも、だからといって俺のメンタルがぼろぼろになるまで追い詰めなくても……。


「私は一颯さんの事が好きです。だからここまで頑張ってこられたんです」

「誰かのために頑張れるその気持ち、やっぱり俺たちは似たもの同士か」

「……一颯さんは、誰の為に頑張ってこられましたか?」

「俺か? 俺は……」


 誰なんだろう? 俺は誰のために、何のためにここまで頑張った? 別にループを利用してこのまま同じ時を繰り返してもよかったのではないか? そうすれば、心春と花恋さんを悲しませることもなかったのに。


 どちらかを選ぶことが、残酷であることは理解していたはずだ。そして、それを先伸ばしにすることが二人にどれだけの苦痛を与えていたか。


「俺はきっと、先に進みたいから頑張れたんだな」

「先に……ですか?」

「そうだ、サラが停滞を望むなら、俺は選んだ未来を望む。同じ景色に甘えるのもいいけどさ、どんな不幸が待っていようとも、先に進みたい感情が俺を動かしている唯一の動力源かもしれない」


 サラは自分の価値観を否定されたからか、少し泣き出しそうな目で俺の腕に顔を埋めた。


 サラの努力を知って、お互い不器用にすれ違い、やっと感情を共有できたというのに、サラは報われないままの可能性があるのだ。


 ……だが、それは俺の選択しだい。俺が選べば、サラは報われる。心春と花恋さんの気持ちを蔑ろにして、俺は第三の選択肢に挑むことができる。


 ……いや、挑むという表現はサラに失礼だ。元から選択肢は三つあった。最後の一つに気付かなかっただけで、その選択肢は前の二つよりも遥か前に存在していたのだ。


「サラ、実は神様にいくつか願いを聞いてもらう約束をしているんだ」

「約束ですか? それはどのような」

「すでに叶えてもらっている願いもあるが、一つ目はサラルートの白紙化。俺とサラのファイルは別に共有されていない。だから、シナリオにも齟齬があっただろう?」

「たしかに、私のファイルにあるシナリオとはまるで別物でしたから、なんとなく予想はしていました」


 愛陽の占いなんかそうだ。別のシナリオから借りてきたり、新しく俺が追加したり、サラから見たら疑問に思うところがいくつもあっただろう。


「そして、サラルート攻略完了時、サラの記憶の削除をお願いしている」

「え? ……それって」

「サラは普通の女子高生に戻るということだ。これまで奮闘してきた記憶は無くなり、君はこの世界で幸せになったシナリオの延長線を過ごすということだ」

「私が、私でなくなるということですか? そんなのイヤです! 一颯さんとの思い出も無くなるんでしょう!?」

「……そうだ。君の望んだ幸せな世界で、これからは何ものにも囚われず、自由に生きていけるんだ」

「いや……です。忘れたくないです。一颯さんの隣に居られないなら、幸せになんてなれません」


 銀色の髪を優しく撫でる。ぎゅっと掴まれた服の袖が、本当に離れたくないんだなと教えてくれた。


 でも俺は先に進まなくてはならない。約束したから。


 そして、俺が今から選ぶ選択は、その約束とは一切関係がない。サラへの褒美でも、憐みでもない。


 こうしてサラと一緒にいて気付いてしまったから、素直になるだけ。


「あと一つ、俺が神に願ったことがある。……それは、グランドルート突入時、俺の、サラへの思いと記憶を消去すること」

「私のこと、忘れたいんですよね? 散々ひどい目に遭わせてしまいましたし、私はまた、孤独に戻るんですね」


 サラが寂しそうに目を伏せる。


「違う、それは誤解だ。ただの保険だったんだ。俺がサラに近づきすぎてしまった時のために用意した保険。……だからさ、おそらく長くても再来年まで、シナリオが出来上がるまでの間で良ければ、どうだ?」


 俺はサラのことを一度引きはがし、相対するよう座り直す。手を伸ばせば華奢な身体を抱き締められる距離。それでも手は触れず、覚悟を決めた。


「え、あの……どうだ、というのは……つまり?」


 戸惑いを見せるサラに、今度は俺が追い詰める。


 俺が全てを投げ捨ててまで決断した“最後の選択肢”。


「俺はサラの事が好きだ。俺は……サラを選ぶ」

「あうっ、え? ちょっと待ってください! 一颯さんは私ことが嫌いなんじゃ……」

「そんなわけあるか、今回のサラルートに入ってどれだけ胸が痛かったことか。お前を唯人になんかやらん!」

「で、でも、心春先輩や二階堂先輩は……?」

「俺は二人以上にサラが好きだ。君の拒み続けた時間制限ありの付き合いだし、最後は互いにこの思いは消えて無くなってしまうけど、サラは俺を選んでくれないか?」


 俺は両手を広げて待ち構えた。


 サラはこれまでの奮闘と過去の俺との記憶を無くす。俺はサラから寄せられた思いを無くしてしまうが、間違いなくサラが好きなんだ。


 心春と花恋さんから寄せられる思いとも、俺が感じる思いとも違う。サラにだけ特別な感情を抱いている感覚があり、今までそれが何なのか分からなかった。


 でも、それは俺がこの決断にまで至らせるほどの恋心だと気付いたのは、俺が自らサラの思いに気付いたことからだった。


 主人公が唯人で、俺はその友達、モブ、脇役。そんな自分がなぜか許せなくて、サラの幸せを思っているのに心がもやもやして、これが今まで抱かないように気を付けていた『愛』の感情だと気付いた時には手遅れだった。


「この世界で役目を終えた俺たちがどうなるのかは分からない。世界が凍結して終わるのか、このまま記憶を無くした俺たちが付き合いを続けていくのか。俺のこの選択は、今の君をよりいっそう辛く殺すことになるけども、もし、……もしサラが永遠の時を諦めて俺を選んでくれるなら、約束する。絶対に君を幸せにしてみせるよ」

「一颯さん。……一颯さん!」


 サラは俺の胸に飛び込んできた。わんわん泣いて、これまでの呪縛から解放されたかのように嬉しそうに泣いて、笑って、サラが満足するまでずっと抱き合い続けた。


 いずれグランドルートに挑む未来の俺からしたら、この俺は間違った選択を取ったのだと指さして笑うだろう。


 でも、俺だって未来の俺を愚かだと笑ってやる。お前はまだ脇役なのかって。男なら覚悟の一つくらい見せてみろよ。


 それに、選択を間違ったのならそれは本望だ。俺はたった今、主人公に成りあがったのだから。

「ずっとこの時を夢見てきました。もう叶うことはないって一度は諦めて、未練がましく迷惑までかけたのに、私を選んでくれました。これ以上の幸せはもったいないくらいです」

「たしかにゲームによっては付き合い始めるところまででハッピーエンドのゲームもある。だけど俺たちは違う。サラが望むなら、この短い時間の中で一生分の幸せを詰め込んだっていい」

「それって、その……結婚とか? は、早すぎですよね! 忘れてください!」

「構わない。サラの負担にならない程度に、それが望みなら叶えてあげる」


 抱き寄せて耳元で囁けば、サラの身体から力が抜けていくのが分かる。妄想に耽っているのか、ふにゃりと猫の身体のように溶けていく感覚がこれまた愛おしい。


「あの時、別の世界でサラが諦めたから最後までとはいかなかったけど、一度は一線を越えた仲だ。いまさら迷う必要はあるのかい?」

「あぅ……、恥ずかしくて、せっかく忘れかけていたのに……思い出したら、また……」


 俺に経験はなく記憶だけの思い出だが、この世界は紛れもなく十八歳未満は御法度のゲームである。サラにとって恥ずかしい思い出というのは、つまりそういうことだ。


 もちろんいますぐ事に及ぶことはない。サラの恍惚とした顔を見てこみ上げてくるものはあるが、今はただ、離さないという意思表示にサラを膝に乗せて抱きしめ、今か今かと待ち望んでいる潤んだ唇に、熱いキスを落とした。


 貪るように、互いを求めあって初めて、俺たちは永遠の時から解放されることを喜んだ。







選択肢によってはこのままグランドルートに突入しますが、しばらくはすれ違い続けた二人の今後を見守ってくれたら幸いです。

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