176エラー会議
「というわけで、サラルートを開始してひと月も経たずにエラーを起こしてしまったので、作戦会議を開こうと思います」
俺が倒れてから二日後、関係者を集めて俺の部屋で作戦会議を開くこととなった。
心春と花恋さんはもちろん、この際、全員の知恵を総動員したくて聖羅と城戸先輩も招いた。
そして――。
「一颯さん、この人達目が怖いんですけど……」
「それはお前が俺の腕から離れようとしないからじゃないか?」
サラルート、ヒロインであるサラ本人もここに招いている。今日は約束の一時間前にやってきて、寂しかったからと、ずっとこうして引っ付いているのである。
昨日は安全をとって俺は学校を休んだ。たった一日姿が見えなかっただけで寂しいと押しかけてきたわけだ。
「えっと、一颯くん? 結局サラちゃんとはどういう関係なの? 敵同士で出し抜きあっていると聞いていたけど……」
「うん、俺もそのつもりだったんだけどさ、俺の勘違い……とは思いたくもないけど、サラはずっと昔から、これが目的だったらしい」
これと聞いて、みなが俺の腕に引っ付いて頬ずりまでしているサラに注目する。
甘えん坊の子猫のように、今までのクールさや不敵な笑みを浮かべそうにもないただただ恋する女の子がここにいる。
「はあ、神楽坂さん、見事に私たちの予想が的中したわけだけど、どうする?」
「完全に手遅れですよね。せめて心に秘めているうちはチャンスがありましたけど、本人の幸福を尊重しすぎましたね。失敗です」
軽く言い放つ城戸先輩と聖羅だが、拳は固く握られていて、そうとう怒りを我慢しているのが分かる。それが俺に飛んでこないことを祈るばかりだ。
「えっと、わたくしと心春は何も分かっていないのだけども、どうしてこの子が一颯にくっ付いているのかしら?」
「花恋、それはね、霜月兄が鈍感だからよ。見ていれば分かるものの、本人は自分の勘違いにここまで気付かなくて、だから溜まりに溜まった愛が爆発した感じかな?」
城戸先輩の言葉を肯定するように、サラはもっと強く俺の腕にくっ付いてきた。ただ、内腿で腕を挟むのはマジで動けなくなるからやめて欲しい。ほら、聖羅の視線とか怖いから。
「この子の狙いが一颯だって気付いた時から急いで唯人を誘導していたんだけど、やっぱりあいつじゃダメだったよね」
「おいおい、本人のいない所で勝手に評価を下げてやるなよ」
「一颯くん、それで、どうするの? サラちゃんと、その……付き合うの?」
心春の言葉に、花恋さんにも緊張が走ったのが見てわかった。
迂闊に答えていい内容ではない。だからといって悩んで不安にさせてしまうのもイヤだ。そんな俺だから、答えはいつもこうなんだ。
「……分からない」
「あのねえ、一颯、心春も二階堂先輩もどれだけ不安なのか分かってるの? あんたがどれだけ恵まれた状況に置かれているのか、理解してるの?」
「私も神楽坂さんに同意ね。霜月兄は恵まれている。こんなハーレムで優柔不断を見せる男に花恋はあげられないよ」
「ちょっ! 舞衣子」
「だってそうでしょ? 花恋と妹もそれでいいの? 違う女に未練を残している男と今後付き合っていられるの? このまま霜月兄が二人のどちらかを無理に選んだとして、キスをしている時も、抱かれている時も、他の女のことで上の空になっているこいつを好きでいられるの?」
「…………」
花恋さんも、心春も黙ってしまった。それはつまり、城戸先輩の言うことに納得がいったから。愛するのなら自分だけを見て欲しい。それは男の俺だって同じ考えだ。だから俺も反論ができない。
「一颯は大変な状況の最中だから、ケリが付くまで回答は保留することにひとまずは頷かせてもらったよ。だけどさ、その間に好意を寄せてくる女の子が増えて、それも回答を保留されたらたまったもんじゃないよ。……もしさ、一颯、あたしがあんたに好きだから付き合ってほしいってお願いしたら、付き合ってくれる?」
「え? いや、だって聖羅は……」
「そう、あんたはあたしをフる。それはちゃんと答えを出した」
言いよどむ俺のことをばっさり切り捨てて、聖羅は自分のことを傷つけた。俺が聖羅のことを友達としか思っていないと知って、それを利用した。
城戸先輩が聖羅に後ろを向かせて、ハンカチを渡していた。もしかして、聖羅は泣いているのか?
「一颯、何度も繰り返しているのなら、一度くらいわたくしか心春から聞いたことはないかしら? 『一颯が選ぶのであれば、別にわたくしでなくても構わない』もちろんわたくしがあなたの隣を歩けるのであればこれ以上ない幸せよ。あなたの選択肢はわたくしと心春だけじゃない」
「はい。何度も聞きました。でも俺には花恋さんか心春だけだと思って……」
「わたくしが惚れたのは、そんな一颯じゃないわ」
「私も、こんな一颯くんはイヤ」
「え? 心春? 花恋さん?」
自分が悪いのは分かっている。優柔不断だから、こうなることだって分かっていたはずだ。だけど、抗うことは出来なかった。今の俺は動揺しているから、そこに花恋さんと心春の言葉は深く深く胸の奥に突き刺さった。
痛む頭に視界がぐらつく。幸いサラが支えてくれていたから倒れはしなかったものの、これ以上、二人の声を聞くことが怖くなった。
「一颯、あなたの選択を教えて? わたくしが望むのは、たったそれだけなのよ。あなたの男らしい決断をわたくしは望むわ」
「わ、私も同じ、一颯くんが選ぶなら、私はそれでいいから。元の格好いい一颯くんを見せてね? ただ、それだけだから」
花恋さんが静かに部屋を出て行く。後を追うように心春も部屋を出ていき、やがて玄関が開かれる音が聞こえた。
聖羅と城戸先輩は二人を追いかけるべきか少し話し合い、肩を竦め合いながら、城戸先輩は俺の頭を軽く小突いた。
「霜月兄、あんたにとってこの世界は複数あるうちの一つかもしれない。だけどさ、ここに取り残される人たちのことも考えなよ。あんたが居なくなって、どうやってあんたの気持ちを知るのよ? せめて一度、きっちり答えを出してみなさい」
「城戸先輩?」
「それに、サラさん? 霜月兄のことが好きなら好きで、これまでの行動をちゃんとこいつと妹、花恋にも説明しなさいよ。そうじゃないと、いつまで経っても霜月兄は答えを出せないからね」
「分かってます。これまでのこと、全部話すつもりです」
「ん、ならよろしい」
続いて聖羅が、拳を強めにガツンを頭部に落としてきて痛みに悶える。怪我人だってことを忘れているんじゃないか?
しゃがんで視線を合わせてきた聖羅は、俺の顔を左右から手で挟んできて、頬をむにっと引っ張られた。
「今後どうするかは、一颯にしか決められないよ。だからこそ、一颯が決めないと何も始まらない。もしあんたが心春を選べば祝福するし、そうでなければあたしは心春を慰める。あんたは後のことを心配し過ぎなのよ。少しくらい、親友のあたしを信じてよ」
「…………」
「だからさ、さっさと一人選んで幸せになっちまえよ、バカ野郎!」
ダッと駆けだして部屋を出て行った聖羅は、またしても泣いていた。城戸先輩から渡されたハンカチを目元に抑え、それでも溢れ出る涙は、一滴だけ俺の手元に落としていった。
「あーあ、泣かしたわね。私はこういう後始末を担当する役目は好きじゃないんだけど。今回だけね、……霜月兄、覚悟を決めて、一人を愛すると誓うのであれば、花恋を祝福するか慰めてあげる。そうじゃないなら……まだ保留なんて甘ったるい考えを持っているならあんたを刺す。いい? あんたがどれだけ羨ましい状況に置かれているのか自覚して、あんたの答えを出しなさい。もう逃げは無しよ」
部屋を出て行こうとする城戸先輩を俺は止めた。
「待ってください。……一つ、お願いがあります」
「なに?」
「今日の夕方に覚悟を決めます」
「……そう、あの子が笑顔になれる選択を期待しておくわ」
ぱたんと閉じた扉の音を聞き届け、俺はそのまま後ろに倒れた。
腕にいつまでもしがみついたままのサラも一緒に倒れて、しばらく無言が続いた。
「…………」
「…………」
サラから聞かなくてはならないことがある。だけど、今思うサラの行動に疑問を覚えていることは山のようにある。
例えば情報の海で俺の首を絞めてきたことについて。
どうしてサラは俺を殺そうとしてきたのか、その真実を今から知ることとなるだろう。
「サラ、話してくれるか? 始めから、全部。今に至るまで」
「はい。私の行動の全てをお話します。どうして私がこのループする世界に留まり続けるのか、何もかも」
そしてサラは真実を口にした。
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