174進行不能
俺は今、城戸先輩と昼食を共にしている。
授業合間の昼休み、メールで城戸先輩に呼び出されて部室に弁当を持参して顔を出すと、教室の真ん中には机と椅子が二人分向かい合ってセットされていた。
待ち伏せされていたみたいで、俺が教室に入るとすぐ後ろで扉を締められて鍵を掛けられた。
気配を消して待ち伏せていた城戸先輩の嫌な予感に警戒しながら、仕方なしに片方の席に着く。
期末テストの一週間前からは部活が原則禁止だから、放課後と昼休みに部室に用がある人なんていない。
取り調べを受ける容疑者みたいに身を縮こませながら、俺は城戸先輩が要件を口にするのを待っていた。
「サラについて、一年生の話を聞いてきたけどさ、ちょっと敵を作りすぎじゃない?」
要件は、俺が前に依頼したサラのことだった。
「敵ですか? まさかいじめに遭っているとか」
「まあ、そうとも言えるのかな? 大半の女子に無視されているのが現状。だけど数人だけは友達として接しているみたいよ」
サラの友達について、誰なのか名前を教えてもらうと、やはりその子たちは前の世界でサラの友達になってあげて欲しいと俺が頼み込んだ女の子たちだった。
「一度は本格的ないじめに遭いそうになったけど、ことごとく返り討ちにしたらしいよ。だから今は様子見、親衛隊の目もあるし迂闊に手を出せないんじゃないかって話」
「元凶はその親衛隊なんですけどね。メンバーの中に彼女持ちが数人いるせいでサラが被害を被っているだけなんです」
「うん、それは確かだね。いじめの動機は彼氏を奪われたことによる恨みで、恨みを持った子の集まりが犯人だから」
城戸先輩と一通り話を進める。サラの周囲の環境は以前と変わっていないみたいで、ここは俺が介入しなければ改善されない部分のようだ。
唯人が俺に代わって解決してくれることを期待していたが、そもそも唯人はサラのいじめについて知らないみたいだし、サラはそもそも気に留めてすらいない。
せっかく二人をくっ付けさせるのにちょうどいいイベントなのに、これでは大して意味がない。
「やっぱり引っかかるところがあるのよね」
「どこら辺がですか?」
「そりゃ、一人の男と永遠の時を過ごそうとかいう端から見ればヤンデレそのものの女の子がさ、本当にそれで満足なのかなって。だって先に進みたくない本気の恋愛があると思う? 先輩後輩の仲で満足して、何度も何度も同じ時を繰り返すなんて……何が楽しいの?」
「そんなの俺に聞かれても分かりませんが、本人はそれがよくて、実際に何度も繰り返しているのですから」
「あとは他の目的が達成できないから繰り返しているのだろうけど……、一応、その目的とやらに見当は付いているんだけどね、それを霜月兄に教えるわけにはいかないんだよ」
城戸先輩は、ここで初めて昼食の菓子パンに齧りつき、ゆっくり咀嚼した。
「聖羅にも似たようなことを言われました。どうして俺が知ったらダメなんですか?」
「あんたが腐っても元主人公だったからよ。私もノベルゲームというのには花恋ほどじゃないけどある程度知識を有しているから言うけど、霜月兄が主人公だったという世界の上にそのまま雑に乗っけた世界が、今の私たちなのよ」
「……すみません、俺が主人公だったことと何が関係あるのかさっぱり分かりません」
「今は分からなくていいわ。多分ね……すぐに分かることだから、きっと」
城戸先輩と聖羅は一体何に思い至ったのか。サラのことをよく観察してきた俺でさえ分かっていないのに、サラの何が分かるというのだろうか?
少しばかり嫉妬してしまう。俺の方がサラを知っているのに、全然分かっていないとばかりに煽られているようにも思えた。
ちょっとむかついている間に、弁当箱の唐揚げを素手で一つ奪われた。
「お、醤油味。この味好きなんだよね」
「情報料です。それくらいいいですよ」
「じゃあ、ついでにもう一つ」
手を伸ばしてきて、もう一つが弁当箱から消えた。
「その分、情報をください」
四つしかない唐揚げの半分を奪われたわけだが、それ以上の情報を得られるのであれば空腹くらい我慢できる。
「私と神楽坂さんの考えが当たっていれば、そろそろ我慢の限界が来る頃だろうね。だから神楽坂さんは霜月妹のサポートに急いで就いたんだと思うよ。私だってすでに花恋のサポートに就いているしね」
「はあ……、それにどんな意味が?」
「その意味は霜月兄が自分の目で見て、どうするかはあんたが決めなさい。私は花恋の味方だけど、それ以前に、霜月兄の人生よ。ここが通過点に過ぎない世界だとしても、あんたが選んだ答えなら、花恋もあんたの義妹も泣いて納得すると思うわ」
「……俺にはさっぱり城戸先輩の言いたいことが分かりません」
「さっきも言ったでしょ? 腐ってもあんたは元主人公だったわけよ」
菓子パンを食べ終わった城戸先輩は、言いたいことだけ伝えて、俺を置いて一人部室を出て行ってしまった。
唐揚げを取られて余ってしまった白米だけを一気にかき込み、水筒のお茶を喉に流し込む。
「サラは一体何を考えているんだ?」
俺だけが視えていない? もしかして唯人ですら何か分かっていてサラに近づこうとしていないのか?
誰からも取り残されたような気がしてならない。
弁当を片付けて部室を出ると、何者かがすぐそばの階段を駆け下りて行った。
勢いよく駆け下りて行った足音と入れ替えに大柄な男子生徒……唯人が姿を現した。
「唯人? どうしてここに?」
「ああ、というか、今、サラちゃんが駆け下りて行ったんだけど、一颯と話していたのか?」
「は? サラが? ……いいや、今のがサラだってことを唯人から聞いて知ったくらいだ」
「そうか、じゃあ、たまたまか。まあいい。ちょっと話があるんだけど、いいか?」
近くの時計を見れば、昼休みは残り十分くらいある。どうせ教室に戻って唯人と適当に話でもしようと思っていたから丁度いい。
「構わないよ、部室開いているし、入れよ」
出て来たばかりの部室に再度入室し、先ほどと同じ席に腰かける。唯人も適当な椅子に座ると、何かを我慢していたとばかりに、突然目尻に涙を浮かべた。よく見ると、すでに目元が赤い。
「お、おい、どうしたんだ? 何があった?」
慌てて聞くと、唯人は太い腕で涙を拭い、事情を話してくれた。
「オレ、実はサラちゃんのことが前から気になっていたんだ」
これまで全く上手く進展していなかったせいで、一瞬唯人が何を言っているのか分からなかったが、やっとシナリオが進展したことに驚いて声が上ずる。
「そ、そうか! そうだったんだな!」
当然のことだから、こうでなければもっと苦労するのが目に見えている。
「仲良くしてくれるし、こんなオレのことでも邪険にしないで接してくれる。だから昨日、オレの気持ちを素直に伝えたんだ」
なんと! いつの間にここまでシナリオが進行していたとは!
「それで……どうだった?」
せっかく俺に話してくれているのだ、気を急いてはいけない。気持ちを落ち着かせて冷静に話す。
唯人はたっぷり気持ちを落ち着かせる時間を取った後、静寂を尊重するように、小さな声で報告した。
「……フラれた。あれだけ優しかったサラちゃんが、オレのことを冷めた目で『お断りです』って」
「…………」
絶句して何も反応できない。ただポカーンとだらしなく口を開けて、ガラガラと崩れ落ちるシナリオ展開に絶望していた。
「そのすぐ後に慌てていつものサラちゃんに戻ったけど、あれは本当の気持ちだったんだろうな。女の子の気持ちを何一つ理解できていないオレが誰かを好きになるなんて、おこがましい事だったんだ」
「そんなことないだろ! 唯人は誰よりも男らしくて、そんな唯人に憧れを持つ女の子がいないはずがない!」
「でも、サラちゃんは俺を求めていなかった。オレは……サラちゃんがよかった。一颯と仲良くしていて、少し、……いや、かなり嫉妬していたんだ。どうとも思っていないふりを続けて、でも気持ちを偽るなんて、オレにはできなかった!」
今まで俺や聖羅にも悟られず、ただの仲良しな先輩後輩を装ってきた唯人に驚きを隠せない。だって、一度はサラを俺に譲ろうとしていたほどだぞ? だからこそ、なんで今更なんだよ!
「まだ、チャンスはあるだろ」
「ないよ。あれはオレでも分かる。サラちゃんはオレとそういう関係に成りたいとは思ってもいない顔だった」
きっぱり言い切られ、ここ最近のサラの態度を思い出せば、これ以上唯人を励ますことは出来なかった。
「初めて誰かを好きになったけどさ、こうしてフラれてみると、想像以上に胸が痛いな。だけど……満足もしてる。やっぱり口にしてみないと分からないもんだな」
唯人は椅子から立ち上がると、そのまま部室を出て行こうとする。オレに報告だけして帰ろうとする唯人を俺は当然ながら呼び止めた。
「唯人、待ってくれ! どうしてだ? なんで俺に話そうと思った? そんな悲しい思い出をわざわざ俺なんかに教えなくたっていいだろう? 自分の胸の内に隠しておこうとは思わなかったのか?」
「誰かに話して気持ちを整理したかった、……というのは本当だ。でもそれは理由の半分でしかない」
「もう半分は?」
唯人は赤くなった目尻をこちらに向けて、白い歯を覗かせながら二カっと笑った。
「一颯を殴りたいと思うこの怒りを鎮めるためだよ」
「…………は?」
唯人は、そういえばずっと固く握り締めていた右拳を、花弁が開くようにゆっくりと解き、次の瞬間、俺と唯人の立場は逆転した。
「サラちゃんが好きなのは一颯、お前だよ。オレは、サラちゃんが一颯に近づくために利用されたんだ」
不定期更新になりそうで申し訳ないです。