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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
173/226

173思い出に埋もれる

 もうお馴染みとなったサラのいる昼休み。俺の席は相変わらずサラに奪われて、俺と心春は聖羅を交えて三人での昼食だ。


 サラと唯人はいつものように仲良くおしゃべりしているが、その様子からサラの目的を察することは難しいだろう。


 今更だが、唯人の前では猫を被っていたサラはどうして本性を唯人に見せないのだろうか?


 俺には昔から嘘偽りのない姿を見せてくれていたし、繰り返す世界でわざわざ自分を隠すほどサラが慎重になる必要も無いはずだ。


 それとも唯人がサラの本性をすでに知っていて嫌っているのだろうか?


 俺にだけ……そう思うと特別感があって少し優越感を得られるが、それでどうしろと? 唯人にマウントを取ったところでシナリオの進行が停滞するだけじゃないか。


「はぁ……」


 ため息を一つ。人前でそんな溜息を見せるつもりはなかったが、無意識にしてしまっていたみたいで 心春と聖羅に心配された。


「最近、溜息が多いね。やっぱり上手くいかないの? 一颯くんの心配事なら私が協力するからね」


 ありがたい申し出に、俺はまだ心春に全てを話していないことを思い出した。聖羅もいるしちょうどいい機会だなと思って食事を中断すると、狙ってなのか偶然なのか、後ろから忍び寄ってきたサラが、俺の頭に顎を乗せて抱き着いてきた。


「一颯先輩、たまには一緒に食べましょうよ。最近こっちと離れて寂しいですよ」

「サラは唯人と居られたらそれでいいんだろ? 俺たちの事を気にしなくてもいいんだよ」

「そんなこと言わないでください。別にお三方が嫌いなわけでもないですし、ご飯が不味くなるなんてことありませんから。仲良くしましょうよ」

「じゃあ、俺の席を返してくれ」

「イヤです。私は一颯先輩の席がいいんです」


 今度は俺たちのやり取りを見ていた聖羅が驚くどころか呆れたような溜息を漏らした。逆に驚きすぎた心春がきょとんとしている。聖羅が心春の肩を叩いて何か話しているみたいだが、こちらには聞こえない。


 一人きりになっていた唯人がこちらにやってきて近くから席を借りて座るものだから、勝手に俺たちは集まって昼食を再開することとなった。


俺と唯人に挟まれるようにサラが間に入り、魔法瓶からアイスティを紙コップに注いで全員に配っている。


 紙コップに入った紅茶なんてあの時のパンケーキ以来だな、と口にしようとして、すぐそこに唯人がいるから口を噤んだ。


 だから黙々と箸を進める。たまに心春と軽い雑談を交えつつ、俺だけ静かな昼休みを過ごした。


 どういうことかサラの口数も減ったように思えたが、唯人から話を振られればいつも通りの笑顔を見せて対応していた。


 放課後になって、心春と家に帰ろうかと教室で待っていると、突然聖羅に腕を引かれて無人の家庭科室へと連れられた。


 この日も部活は休みらしく、シンとした家庭科室は俺にとって新鮮だった。


「心春には事前に何を話すのか教えてあるから安心して」

「二人きりで話したいことなのか?」

「そうね、とっくに割り切ったと思っていても、なんだかんだあたしは恥ずかしいのよ」

「恥ずかしい?」


 聖羅は授業で座る席に腰かけた。四角いテーブルを挟んで聖羅の正面が俺の席だ、だから俺も授業の席に座った。


「一颯の今までの話とかさ、心春を見てきて自分の気持ちを清算したくなったのよ」

「悩みの話か? 女子の悩みなら心春の方が理解してくれると思うけど」

「あんた絡みなのよ。察しなさいな」

「お、おう、悪い……」


 机に両手で頬杖を付いた聖羅が真っすぐ俺のことを見つめてくる。


 無言でしばらくじっと見つめられているようで、何か言いあぐねているかのようにも思える。


 やっと聖羅から話を切り出したのは時計の長針が三度同じ場所を通過してからだった。


「あたしが今までに受けた恋愛相談の中で、最も多かった文句って、なんだと思う?」


 なんの相談か分からない中、こんなことを聞かれて少々混乱する。


「そんなの俺に分かるはずがないだろう……」

「うん、分かるはずないよね。だからさっさと答えを教えちゃうね」


 少し馬鹿にされた気がしてムッとしたが、事実、答えは分からないのだから素直に回答を待った。


「『心春がいるから』だよ」

「……は? どういうことだ?」

「だから! 心春がいるから皆あたしに相談してくるの!」


 髪を乱暴に掻き、染めた金髪が崩れようとお構いなしに俺は怒られた。意味が分からない。


「あんたさ、知らずのうちにモテてるんだよ。学年問わず、今年は何度か中学生の女子から相談されたこともあった」


 俺と同じクラスで、いつも一緒に行動している。話しかけやすいし愛嬌もあって相談はいつも聖羅だったらしい。


「一颯のことが気になるけど、隣には必ず心春がいる。だからこの気持ちを吐露したくて、その捌け口にいつもあたしが選ばれた。……そんなあたしが必ず口にした言葉って何だと思う?」


 またクイズ形式に質問してくる。そんなの分かるはずもないのに、それで答えたらきっと怒られるんだ。


「なんだよ……、心春がいるから諦めろってか? まあ、自称恋愛マスターの聖羅らしくない回答だから違うか」


 だから皮肉めいた回答で茶化すつもりだった。


「……どうしてこういう時だけ当てちゃうかな?」

「え? 正解なの? 聖羅が他人を崖から突き落とすような言葉で諦めさせたのか?」

「そうだよ。そうじゃないと……ね?」


 聖羅は椅子から立ち上がり、手を付いてテーブルに身をのり出した。小さめの四人掛けのテーブルは実際二人でちょうどいいくらいの大きさで、聖羅はわずかに俺を見下ろす態勢で顔を近づけてきた。


 第二ボタンまで外してある聖羅のシャツから大きな谷間が覗いた。ついでにピンク色の下着も、一瞬だけそちらに目がいってすぐに逸らした。


 そんな一瞬の邪な視線に気づいているだろうが、聖羅は気にする様子もなく、さらに顔を近づけて耳元に口を近づけてきた。そして聖羅の囁きは、自分でも驚くほど耳に残った。


「そうじゃないと、あたしが心春を出し抜けないから」


 聖羅の右手の平が俺の左頬を包み込んだ。想像以上に温かくて、震えた右手は、聖羅の感情が手の平から流れ込んでくるみたいだった。


「え? ……どういう、ことだ?」


 わからないことだらけで混乱する。聖羅はどうして心春と張り合うのだ?


「あんたの言うことが本当ならば、あたしは何かきっかけがあれば唯人にだって恋しちゃう尻軽女だけど、このあたしがもし誰かと付き合うのならば、相手は絶対に一颯がいい。……あたしは昨年の入学式で、一颯に出会った日からずっとあんたに恋してる」


 思わず聖羅の顔を見れば、目元はとろんとしているし、頬がリンゴよりも赤い。唯人に恋したあの瞬間以来見ることのなかった乙女の顔。


 互いにいつまでこうしていたか分からないが、時間の感覚がなくなり、聖羅の手が離れたことで現実に戻ってきたように思えた。


「心春がいるから、あたしは今日まで感情を押し殺してきた。一颯と心春の関係を応援する友人として」


 髪の先を指でくるくると巻きながら、ちらちらと俺のことを見てくる仕草が可愛い。


 今まで友人としか見てこなかった相手からの突然の告白。今までの関係や思い出がガラガラと崩れ去るように、聖羅を見る目が変わってしまったかもしれない。


 俺は惚れ症のようだから、聖羅に対する気持ちというのはきっと勘違いに過ぎないのだ。


「……ごめん。俺の最後の選択肢に聖羅は入っていない」


 だから言ってしまった後で、それが聖羅を傷付ける発言だと気付いた。


「そんなこと分かってるよ! フラれることくらい分かってたよ。それでもさ、あたしが本気で心春を応援するために必要なことだったから」

「どうして今なんだ?」

「たぶんだけど、あたしにはあんたの結末が分かったから、かな」

「俺の結末? どういうことだ?」

「一颯の言うサラルートの結末だよ。一颯の想像と、あたしの予想した結末はまるで違うってこと」

「それでも意味が分からないんだが……」

「教えないよ。一颯は自分で気付きなさいな」


 優しく微笑まれても、意地悪なことに答えを教えてくれない聖羅に俺はどのような態度でここに座っていればいいのだろうか?


「あたしが一颯のことを好きなのは変わらない。でも、あたしは親友の心春と幸せになってくれたほうが嬉しい。だから……ひとつだけ、最後の願いを聞いて欲しい」

「俺に出来ることなら」

「じゃあ、そこに立って、軽く俯いて欲しい」

「こうか?」


 テーブルから一歩離れた場所で、顎を軽く引く程度に俯いた。俺の正面にやってきた聖羅は両手で俺の目元をしっかり塞ぐ。


 塞がれて何も見えない視界の中、聖羅の声がすぐ目の前で聞こえた。


「何度も繰り返してきたんだから、どうせファーストでもセカンドでもないんでしょ? だからさ、埋もれてしまう思い出の中に、あたしとの思い出を混ぜてよ」


 一体何をするつもりだと口にしようとして、その口を塞がれた。


 聖羅の両手は俺の目元を塞いでいるから、別のどこかで。


 聖羅の甘い吐息が俺の口元をくすぐって、触れた柔らかいものが俺の思考をすべて奪っていく。


 俺とほとんど同じ身長の聖羅が下から掬い上げるように唇を重ねてきたと察したのは、自分の口から淫猥な音が響いた時だった。


 時が止まったみたいに長く感じられたキスは、実際のところ五秒も続いていない。しかし、その短時間で聖羅の感情が流れ込むには十分すぎる。


 奥底から香る聖羅の匂いに打ちのめされて、頭が気持ちよくふわふわする。


「恋する乙女の香りはどうかな? 城戸先輩に聞いたよ、女の子の匂いが好きなんでしょ? 正しくは髪の匂いだっけ?」

「あの人……あっさりばらすなよ。というかどこで仕入れてくるんだ」

「ふふ、あたしのファーストキスは捨てちゃったな。さあ、どうしようかな? 誰かさんが責任を取ってくれたら大変助かるんだけど?」

「俺は心春か花恋さんの二択しかない。必ずどちらかを選ぶと決めた以上、これ以上の浮気はしない」

「本当に?」

「ああ、俺の気持ちは変わらない」

「だといいけど」

「おいおい、少しくらい信用してくれよ」

「なんにせよ、あたしは心春の味方として全力のサポートをするから、これからは積極的な心春にメロメロになってあげてね」


 割り切った様子の聖羅の表情がころころ変わる姿に戸惑う俺を連れて家庭科室を出た。


 家庭科室を出ると、入り口で心春が待っていた。そして、その心春が後ろから抱き着くように腕の中にサラが収まっていた。


 なんで? と首を傾げると、居心地悪そうにサラが視線を逸らした。


「中を覗いていたから、聖羅ちゃんの言う通り捕まえておいたよ」

「ん、ありがとう。ねえ、サラちゃん、ちょっとだけお話したいことがあるから、いいかな? もちろん一颯と心春には話さない。あたしだけが気になったことを確認したいだけなの」

「……分かりました。その約束は守ってくださいね」

「誓うよ、ありがとう。それじゃあ、心春に一颯、また明日ね」


 聖羅は何か考えがあるのか、サラと接点を持って行動に移した。


 心春は何か聞いているのかと目を合わせれば、瞼を伏せて首を横に振った。


 やがて二人の後ろ姿が見えなくなり、二人きりの廊下がやけに静かだった。


「じゃあ、帰るか?」

「そうだね、今日はまっすぐ帰って一颯くんとゲームがしたいな」

「いいな、俺は……何かに没頭したい気分だ」


 浮ついた感情はしばらく収まることはないだろう。だから、何かで上書きを……いや、思い出の一つとして残すために、今は別の何かに没頭しよう。







ありがたいことに感想をいただきました。サラルートも後半、頑張っていきます。

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