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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
一章 準備 共通シナリオ
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17二度目の自己紹介

 クラスメイトが雑に着席していく中、今日も加賀美先生のライオンのような大きな声が教室へ轟く。


「おら、転校生を紹介するから静かにしろ」


 先生の指示には誰も従わず、俺たちはブーイングを浴びせる。


「ブーブー!」「ブーブー!」


 さすがの先生も生徒たちの反抗に度肝を抜かれ一歩後退した。


 もちろん俺と聖羅も先生にブーイングの声を荒げて浴びせた。


「な、なんだお前たち、転校生が嫌だからってこんなことしなくてもいいじゃないか! 転校生が悪いんじゃない、受け入れようとしないお前たちが悪いんだぞ!」

「いや、先生、俺たちのブーイングは先生が事前に転校生が来るってネタバレしたことに対してですよ」


 一度は通った道だ、おぼろげな記憶とシナリオとを合わせて動く。しかし、不審がられない程度には俺からも動かなくてはならない。


「――じゃあ、入って自己紹介をしろ」


 その言葉にブーイングはピタリとやみ、みなの視線は教室の前の扉、その一点に注がれる。


 やがて、そろそろと開かれた扉からわずかに顔を覗かせた男子生徒に誰もがまじまじと注視する。


「これって入っていい空気ですよね? 合ってますよね?」


 その男子生徒は教室に入ってからはなぜか忍び足で教壇の横まで進み、びくびくした様子で教室を見回していた。


 この頃の唯人はどこか面に影が掛かっていたんだな、卒業時の顔と比べるとテンションが低く思える。


「ええと……椎崎唯人です。急な都合でこっちに引っ越してきたのでこの土地のことは何も知りません。仲良くしてくれたらうれしいです」

「それじゃあ、椎崎はあの席に座ってくれ、隣の霜月にはお前の学校案内を頼んであるから分からないことは何でも聞くといい」


 そういえばこんな感じに案内役を頼まれたのだったな。先生も俺の調子が良さそうなのを確認してから任命しているが、俺が今日を休もうが案内役になっているだろう。


 俺がどんな行動をしても終わり方が強制されているシナリオもあれば、行動次第でシナリオが変化することもある。今回は前者だ。


「俺は霜月一颯だ、よろしく」

「椎崎唯人です、よろしくお願いします」

「敬語なんていらないよ、俺のことは一颯でいい」

「じゃあ、オレのことも唯人でいいよ」


 後で改めて自己紹介をすると約束し、今日の連絡事項をしっかり耳に入れる。大したことない話でも、俺に関係なくても唯人や聖羅、他ヒロインに関係しているかもしれない。


「来月の終わりに演劇部の発表があるみたいだから、二学年が体育館に椅子を用意することになった。これは毎回学年でローテーションしているから文句は言うなよ」


 そうか、もうすぐ演劇部で舞台があったか。裏方の仕事を手伝わないといけないし、部長にも話を通しておこう。


 加賀美先生が空気を読んで簡潔に連絡を伝えて教室を出た。その瞬間から唯人はクラスの主役となり、みなが唯人の席へ殺到する。


 こりゃ、自己紹介は昼休みにするか。唯人には目配せで軽く謝ると笑って許してくれた。


「お前ら、授業開始一分前には唯人を開放すると約束しろ。これからは同じクラスだ、時間はあるから今すぐ質問をしたい奴以外は後日に回ってくれ!」


 俺の先導に何人かが密な状態から抜け出して後ろに離れていく。男子は俺、女子は聖羅が担当して集団を制御する。


「うわあ! ああ、誰か助けて!」


 転校生の噂を聞きつけて他クラスからも見学者が来て教室がごった返してしまったのを思い出したが、俺一人でどうにか出来る規模じゃない。どこかで人垣に押しつぶされて苦しそうにもがく心春の声が聞こえた気がした。


「唯人ったら人気だねぇ、あたしの力じゃあこのピンク脳の女子たちを抑えるのは無理そうよ」

「あれ、聖羅って唯人ともう知り合いだったのか?」

「実は寮での第一村人」

「また男子寮に遊びに行ってたのか、いつか襲われても知らんぞ」

「や〜ん、一颯のエッチ」

「俺は実家通いだ、そっちの事情は知らん」


 始めは勢いに任せて誰もが詰め寄ってきたが、徐々に冷静になってきたのか今は順番を守って適切な距離で話し始めている。これで俺の出番は終わりのようだ。


 潰されていた心春が心配だったから廊下に出て探してみると、集団から後ろに抜け出していたみたいで、廊下の手すりに寄りかかって待っていた。


 なんだか疲れた様子だが、昨夜の寝不足もあるからあながち間違いじゃないだろう。


「“前も”こんな感じだったの?」

「ああ、唯人はガタイがいいから女子には人気だし、本人は女子が苦手みたいだが、話せばフレンドリーだから男女ともに気が合う」


 しかし、この集団の中にヒロインは誰もいない。聖羅は昨日話したようだが今は蚊帳の外で、落ち着いた場で話すのは昼休みだろう。窓際の一番後ろの席に座る月宮さんは唯人に興味すら持っていないのかずっと椅子に座って本を読んでいた。


 他学年がここまで来るはずもなく、この時間はどの学校でもある、ただの転校生イベントに過ぎない。


「あ、そろそろ時間だから教室に戻るね、お昼は一颯くんのクラスにお弁当持って遊びに行くから」

「おう、また後でな」


 さあ、一日目の朝は無事に進行出来た。これで合っているのか答え合わせは出来ないが、上々の滑り出しだと頷いていいだろう。


「おら、お前ら、チャイムはとっくに鳴ったぞ、席に着け」


 そうだった、この日の一限目は加賀美先生の授業だった。


 ……ああ、何もかもが懐かしい。








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