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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
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169鈍感野郎

 事情を話すとは言ったものの、どこまで話していいものかライン決めに迷う。


 特に聖羅に話しても問題ないラインを判断しなくてはならない。二人別々に説明できる状況でもないし、いっそのこと全部ぶちまけてもいいだろうか?


 ここは聖羅の部屋。ベッドやカーペットが女の子らしい淡いピンクで統一しているせいで白い壁もどこかピンク色に染まっているように思える。


 それがいかがわしい店の雰囲気に似ていると思ったのは心に秘めておく。


 場所を移動するとなって、聖羅が俺たちを部屋に招いてくれた。花恋さんと心春には絶対に内緒にするという約束で俺はここにいる。


「ほい、麦茶。クーラーは付けたばかりだからもう少し待ってね」


 透明なグラスに氷の入った麦茶を城戸先輩が一気に飲み干す。それを予想していたのか聖羅は麦茶の入った容器そのものをテーブルに持ってきていた。


「一颯を部屋に招くのって入学式後に心春と一緒に招いた時以来だっけ?」

「そうだっけ? もう覚えてないや」


 昔のこと過ぎて記憶が曖昧だから、正直に覚えていないと伝えると、聖羅はなぜか悲しそうな顔でつぶやいた。


「そう……覚えてないんだ」


 そんなに俺が覚えていないことがショックだっただろうか? 今度心春に高校に入学してからのことを聞いておこう。


「それでさ、霜月兄、あんたは何を花恋と妹に隠しているのさ? 話してくれるんでしょ?」

「はい。話しますけど、……信じてもらえるか分からなくて……、ちょっと不安なんです」

「大丈夫、実は裏の世界で大怪獣と闘っています、なんてことを言いださない限りは信じてあげるから」


 ……どうだろう? 同じ時間を繰り返すことは大怪獣と闘うこととどっちが下だろうか? 最悪、大怪獣とかはライオンとかに例えることも出来そうだが、ループしていることを現実に置き換えることはできない。


「あの……それより信じ難い内容だったらどうなります?」

「冗談よ、どんなに妄想が過ぎる内容でも信じてあげるわ、ねえ、神楽坂さん?」

「そうだよ、それに一颯は嘘や妄想の類で心春を悩ませているの?」

「そんなわけない! ただ、そのまま心春と花恋さんに話していいものか、それで不安を煽るのだけは避けたくて、最低限必要なことしか話せなかったんだ」


 俺はまだ葛藤している。一か八かなんて賭けはしたくない。だけど、すでに予定は狂っている。


 本当ならこの時期には唯人がサラに惚れて告白するくらいのことは余裕だと思っていた。最後の最後で一捻りすれば勝てるサラの油断を付いてとりあえず二人をくっ付ける。その後、サラから唯人に惚れてもらおうという算段だったが、細かい予定も何もかも今は大幅に遅れてしまっている。


 正直時間が無い。愛陽についてだってまだ詳しく知らないし他にも調べておきたいことや準備することだって多い。


 完全に路線を変更するか? ゴールだけ同じでこれまでの予定を一度白紙に戻すべきかもしれない。ただそれにもリスクがあって判断に迷う。


「……もし、俺が現実をゲームに置き換えて誰かを弄んでいるとしても、俺に協力してくれますか?」


 ついに漏れてしまったのは、いつでも引き返せる最後の防衛ライン。これですべてを決めよう。


 二人は俺の相談に悩む素振りを見せ、先に城戸先輩が答えた。


「花恋がそれに納得しているのなら、私は協力してあげる。だけど花恋が悲しむような隠し事をしているなら全力で霜月兄から花恋を引き離すつもり」


 あくまで花恋さんのことを優先する城戸先輩は断言した。


 次いで聖羅が迷ったように、言葉を探しながら答える。


「あたしは……心春を一颯から引き離すことなんてできないけど、同じく納得できるのなら、せめてあんたの背中を支える手伝いはしてあげる」

「そうか……ありがとう」


 コップのお茶を再一気に飲み干す。乾いた喉に沁みて美味い。空になったコップに聖羅がお茶を注いでくれて、それを今度は半分だけゆっくり飲む頃には俺の答えも決まっていた。


「一か八かはやりたくないけど、絶対に上手くいくと信じて話します。心春と花恋さんにどこまで話すかはお二人にお任せしますけど、他の誰にも教えないでください。唯人には特に注意してください」

「唯人? あいつとなんか関係あるの?」


 聖羅の疑問はもっともで、これから話すことの入り口としてちょうどいい。


 二人がどこまで理解できるかは分からないが、まだ心春と花恋さんにも話したことのない俺とサラの因縁や唯人とヒロインのことなど、包み隠さず、全てをつらつらと暴露した。


 それは長い冒険の記録のようで、話し終わる頃には夏の遅い落陽でも待ちきれず、外は真っ暗になっていた。


 すっかり温くなったお茶を口に含み、話し疲れて乾いた喉を潤す。


「……一颯、あんた突然態度が変わったように思ったけど、まさかここまで壮絶な体験をしているとは想像もしなかったよ」

「正直、半分も理解できていないわ。こんなこと前振りがなければ信じようとは思わないもの。……でも、本当なのよね?」

「はい。俺は主人公である唯人をヒロインとくっ付けることで、ループするこのゲームをクリアすることが目的です。それを邪魔するサラをなんとか唯人とくっ付けようと心春と花恋さんに協力を仰いでいました」


 全てを話してなんだかすっきりした。誰かを心配させないために、自分が思っている以上にため込んでいたみたいだ。


 まさか聞いてもらった相手がこの二人だとは、ループも繰り返すと何が起こるか分からないな。


「一颯が心春たちに全部を話したくなかった理由は分かった。でも、それをちゃんと教えてあげないと、こんな途方もない話に振り回されている心春たちが可哀そうだよ」

「そうね、花恋なんかすぐに聞けるわけでもないし、本気で協力を仰ぎたいのならちゃんと話しておきなさい。私も手を貸してあげるから」


 協力者が二人も増えたことでこちらの戦略は幅が広がった。もちろん今回のことでリスクも出てくるだろうが、それ以上の恩恵に感謝する。


 ただ、愛陽のことについてはどうしても隠し通したくて二人に教えていない。二人のことを信じ切れていない証拠だが、こればかりはあまり広めるわけにはいかない。


 愛陽がサラの幼馴染だったことには驚いたが、まだ愛陽という存在の謎は残されている。


 神出鬼没でローブを纏った女の子。自分で創造しておきながら何が目的なのかは俺も分からない。


 サラは他に何を知っているだろうか? 俺と共有している情報は違うから、もしかしたらサラの方にだけ愛陽の正体に辿り着くヒントがあるのではないだろうか。


「城戸先輩と聖羅に頼みたいことがあります」


 サラは愛陽の幼馴染だ、正体を知らないはずがない。この点で俺が優位に立つことはできないだろう。ならば本来の目的を進行させるべきだ。


「一年生からサラのことについて詳しく話を聞いてきてもらえませんか?」

「どうしてサラちゃんのことを?」


 聖羅が疑問を口にしながらクッキーに手を伸ばし一枚齧る。


「今回の目的はサラを唯人とくっ付けることだけでなく、現在の問題を解決して幸せになってもらいたい。そのためにサラの情報を集めたい」

「霜月兄はさ、サラちゃんのこと、どう思っているの?」


 作戦を練っている最中、なんだかんだ後回しにしてきた感情を問いただされて、初めて真剣に考える。


「どう思っているか……か」

「そう、本当に迷惑をかけたからこんなことをするの?」


 たぶん、違う。サラに迷惑をかけただけならば、そのお返しは精神を病むほどに貰っている。きっと他にも感情を抱いているはずだ。それが何かはっきりさせておきたい。


「俺はサラのことが気になっている。一緒にいる時間は苦痛ではなかった。いつしか楽しいとまで思えた。だったら俺がサラに抱く感情って……なんだ? 高揚感に溢れていて、だからサラを幸せにしてあげたいって己に誓って……」


 ふと、ここで視線を上げると聖羅と城戸先輩が何か諦めた表情を浮かべていた。


 何事かと二人の顔を見比べると、それに気づいたようで溜息を吐かれた。


 二人に溜息を吐かれるようなことだっただろうか? たとえ敵でも、今は友達のような感覚でいることがそんなにおかしかっただろうか?


「どうします? 城戸先輩」

「どうしようね? はっきりいってピンチよ。花恋たちが可哀そうに思えるほどに」

「ですよね。ぶっちゃけ冷汗が止まんなくてやばいんですけど。こっから逆転ってありますか?」

「……正直厳しいと思う」


 聖羅と城戸先輩が相談しているが、俺にはなんのことだかさっぱり分からない。焦っているのが丸分かりで、俺のことについて話し合っていることは隠そうともしない視線で明白だった。


「えっと、なんか変なこと言ったかな?」


 二人が同時に頷いた。どうして? 俺はまた何か見落としているのだろうか。


「一颯、あんたの手伝いは約束通りさせてもらうけど、あたしは心春の味方だから」

「え? あ、うん。心春の味方でいてくれるならありがたいよ」


 聖羅の真剣な眼差しに気圧され、本能的にこちらからもお願いした。


「私も同じ。花恋の味方だから、神楽坂さんとは一応ライバルになるわね。だけどまずは……」

「はい、鈍感バカ野郎をどうにかしないといけませんね、しばらく共闘しましょう」


 鈍感バカ野郎とは一体誰のことだろうか? 思いつく限りでは唯人しか出てこない。早くサラの気持ちに気付いて付き合ってくれるとありがたいな。


 この後、なぜか俺だけさっさと部屋を追い出されて、一人帰路に就いた。







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