166〈心春〉熱情
私はたまらず聖羅ちゃんへ電話した。
部長には申し訳ないけどメールで詳細を伝え、いつも辛いことがあった時は相談に乗ってくれる聖羅ちゃんの声が早く聞きたかった。
「もしもし? 聖羅ちゃん、時間は大丈夫?」
『今帰ったばかりでお疲れさんだから、 少しだけ待ってて、着替えと紅茶を準備させて?』
「うん、……待ってる」
『なあに? 一颯がまた心春を悲しませたの?』
通話越しに衣擦れの音が聞こえる。たまに音声が不安定になるから今は着替えている最中かも。
『最近の一颯は様子がおかしいからさ、心春、不安なんでしょ?』
カチャカチャと陶器同士がぶつかる音と共にポットのお湯が沸く音楽が流れた。
「今日ね、サラちゃんが家に泊まりに来ているの」
『はい? それって一颯目当てで? でもあの子唯人のことを気に入っていたんじゃなかった?』
すっかり落ち着いた聖羅ちゃんに、私はサラちゃんが家にやってきた目的を伝えた。探している人がいて、それが一颯くんの知り合いだからどこにいるのか教えて欲しいと。だけどその後に風邪を引いてるのが分かって一日泊まっていくこと、一颯くんが看病をしていることまで話すと、聖羅ちゃんは深いため息を吐いた。
『一颯も困ったものね、……それで、心春はサラちゃんに嫉妬してんの?』
「嫉妬だなんて、そこまでじゃないよ」
ウソ、本当は嫉妬している。一颯くんを取られて胸が痛いよ。
『まあ、二階堂先輩という強力なライバルがいる上に敵が増えるかもと思ったら不安だよね。というか、さっさと心春を選ばない一颯が悪い。このままじゃ二股するんじゃないかと心配してんのに、三股までしたらぶん殴るよ』
「落ち着いて聖羅ちゃん、一颯くんはちゃんと最後は選んでくれるって言ってくれたから……」
『最後っていつ?』
「え……?」
聖羅ちゃんの鋭い言葉に、私は今まで押し殺してきた感情が熱気のようにぶわっと溢れてくる感覚に襲われる。
何か見落としているような、見えない不安が募ってくる。
『その最後ってさ、どのタイミングなの? 卒業式? 学生最後の日? まさか就職後とかじゃないよね?』
「え、あ、その……」
一颯くんはループする世界を抜け出し、部長が高校を卒業するタイミングで答えを出すから、それを『最後の日』と例えていた。
だから、“私にとっての最後の日”って……いつ? 部長と同じタイミングなの?
『今度一颯に説教してやらないとね、あいつはまだ逃げるつもりだよ。最後って、それは一颯にとっての最後の日だからいくらでも引き延ばせるし、心春の精神がすり減っていくことに気付かないのよ』
「私は、いつまでも待てる……から」
『本当に? 待てるの? ライバルを牽制し続けながら、いつかも分からない一颯の“最後”を本当に待てるの?』
聖羅ちゃんの問い詰めるような言葉に、私は蓋をして抑え込んでいた自分の気持ちを開こうとしていた。
一颯くんは絶対に私のことを選んでくれる。その自信はただ互いの依存関係に胡坐をかいていただけ。今まで私と過ごしてきた時間以上に部長のことも見てきた一颯くんが私を選んでくれる保証なんてどこにもない。
聖羅ちゃんのおかげで私は本当の気持ちを表に出せる。
「私のことを選んで欲しい。私は、いつまでも待ってられない」
『うん、それで? 待ってられないなら、いつがいいの?』
「……今すぐ。部長にも、サラちゃんにも一颯くんを渡したくない」
熱い闘志が沸々と湧いて、私は聖羅ちゃんと通話を繋げながら机上に置いたままの日記を開いた。
この日記はその日にあったことを書く普通の日記に加え、こうなってくれたらいいなという妄想を書き綴った日記でもあった。
私は今まで書き綴ってきた一颯くんとの妄想のページを開く。赤ペンを取り出して妄想部分を全て丸で囲っていく。
『あたしに協力できることなら何でもしてあげる。心春のために私の知識すべてを注ぎ込んであげるよ。だからさ、教えて? 心春という将来が約束されたような存在が間近にいながら、あいつが突然二階堂先輩やサラちゃんを気に掛けるようになった理由を』
聖羅ちゃんの協力はとても嬉しい。喜んでその言葉に甘えたいけど、そのためには一颯くんが何度も同じ時間を繰り返しているなんて、傍から聞いたら途方もない妄想話をしなくてはならない。
一颯くんの口ぶりからして、私と部長以外には誰にも話していない様子だった。だから私が勝手に聖羅ちゃんに話していいわけがないのは分かっている。……だけど、……だけど!
「聖羅ちゃん、私は勝ちたいよ。近い将来、一颯くんの隣を手を繋いで堂々と歩きたい。だから話すよ。頭がおかしいと思われても仕方ないお話だけど、聖羅ちゃんが見て分かる通り、一颯くんが最近変わったように見えた理由だよ」
ごめんね、一颯くん。私は最後の私にだって一颯くんを譲りたくないの。掴み取るならこの手で、ライバルを蹴落として一颯くんと一緒にいたい。手を繋ぎたい、強く抱きしめて欲しい、キスもしたいしその先のことだって……。
たとえ、一颯くんのことを一度裏切ることになっても、私のことを一颯くんに選んで欲しいから。
「これで最後に一颯くんをふり向かせられなくても、満足して諦めきれるかな?」
『何言ってるの? ここまで息巻いておいて敗北のことを考えるなんて、その時点で負けてるよ。さ、早く教えて? たとえどんな異次元なお話が飛び出そうが、この恋愛マスター・パーフェクト聖羅ちゃんが必ず勝利へと導いてあげる』
大丈夫、私には勝利の女神が付いている。
「あのね、実は――」
本日はもう一話投稿します。