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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
165/226

165看病

 放課後、俺と心春はいつも通り部活動を終えて一緒に帰宅すると、玄関に女の子サイズの、だがなぜか砂と泥にまみれたローファーが揃えてあった。


「心春の予備の靴?」

「ううん、違うよ、お客さんかな?」


 なんだか嫌な予感がする中、ただいまと心春と声を揃えてリビングに入ると、そこには銀髪の少女が俺たちに背中を見せて、紅茶の注がれたマグカップを持ってコクコクと喉を鳴らしていた。


 銀髪の少女、サラが俺たちの帰宅に気付いた瞬間、飲んでいた紅茶のマグカップをガタンッと気が急いているように乱雑に置き、俺の制服に掴みかかってきた。その顔は焦りに満ちている。


「一颯先輩! どういうことですか!」


 まるでシャワーを浴びたばかりのようなしっとりとした髪。着ている物は心春のシャツとハーフパンツ。

 意味が分からなくて硬直している俺の代わりにサラのことを落ち着かせようと心春が間に入ろうとするが、俺たちはそんなサラの顔を見てぎょっとした。


「一颯先輩……、愛陽ちゃんは……どこに、いるんですか?」


 徐々に表情が崩れていき、弱々しい声で力なくその場に崩れ落ちた。目尻を真っ赤にして泣いていたのだ。


 洗濯物を取り込んでいた母さんが戻ってきたから話を聞くと、サラがぼろぼろになった制服姿で我が家にやって来て、俺のことを待っていたらしい。あまりにひどい格好だったためシャワーを浴びさせて心春のシャツを貸したらしい。


 俺と心春は部活の間は携帯を見る余裕なんてないし、まさかこんなことになっているなんて予想もしていない。いまさらながら携帯を開くと、サラからの不在着信が二十以上は通知欄を埋め尽くしていた。


 俺はしゃがんで床に崩れ落ちたサラと視線を合わせ、頭に手を置いて優しく話しかける。


「サラ、昨日と今日、この二日間で何があったんだ?」


 俺と心春がサラを見て驚いたのには他にも理由があった。


 愛陽がサラに謎を提示してから翌日とその次の日の二日間、サラは俺たちの教室に姿を現さなかった。


 もしかしてと思って一年生にサラは学校に来ているか尋ねると、今日は休みとだけ教えてくれた。


 それだけなら風邪の可能性もあると思って、お見舞いがてらサラの様子を女子寮まで見に行くと、……部屋にサラはいなかった。


 どこかに出かけているのかもと思ったけど、いつまで経っても帰ってこないし、だけどサラのことだから何か一人で大きなことをやっているのかもと周囲を探索したが見つからず、だから今さっきサラの姿を見て驚いたのだ。それにホッとしたのも事実だ。


 崩れ落ちたまましくしくと涙を零す彼女は恐らく……。


「愛陽のことを探していたのか?」


 こくんと小さく頷くサラに、俺は早くも困り果ててしまう。


 これだけ愛陽のことを大切に思っているサラに、真実を教えてはならない。しかし教えずに今のサラを納得させることはできないだろう。


「…………」

「サラ?」


 まったく動かなくなったサラの肩を掴んで軽く揺すってみると、首だけがカクンと横に傾いた。


 シャワーを浴びた直後にしてはやけに赤い頬、額に手を当てると、これまた直後にしては熱く感じられる。


 幸い、気絶しているというよりは疲れて眠っているようだから、母さんに熱さましのシートを出してもらう。


「……これでよし、とりあえず布団で寝かせてあげないと、……心春のベッドを使ってもいいか?」

「ごめん、今日は天気がいいから全部干しちゃってて、ベッドメイクに時間かかっちゃう」

「なら仕方ない。本人は不本意だろうけど俺の布団で寝てもらうか。敷布団だからすぐだ。心春、頼んだ」

「うん、分かった……けど……」

「ああ、心春の言いたいことは分かる。でも、それ以前に病人をこれ以上放っておけないだろ?」


 頷いた心春が階段を駆け上がっていく。サラの風邪に気付いた母さんが氷とタオルを用意してくれて、洗面器に入れたそれらを持って同じく階段を上って行った。


 穏やかな寝顔とはいえ、熱があるサラが苦しくならないよう静かに持ち上げる。


 ちょうど膝裏に隙間があったからそこに手を差し入れて、……あの時のようにお姫様抱っこでサラを俺の部屋まで運んだ。


「一颯くん、準備できたよ」

「ありがとう、母さんも手伝ってくれてありがとう」

「ちゃんと看病してあげなさい。寮の子かしら? 連絡はしなくていいの?」

「あとで花恋さん……寮長に連絡しておくよ」


 サラを布団に寝かせ、熱さましのシートが温くなるくらいまでは席を外すつもりで立ち上がるが、ブレザーの袖をちょん、と引っ張られる感覚にそちらを向くと、無意識だろうが、サラが指先で袖をしっかり握りしめていた。


「心春、……花恋さんに連絡しておいてくれるか?」

「……分かったよ」


 俺は少し迷った後、部屋に残ってサラの様子を見ていることにした。心春にとっては敵という認識しかないサラの看病を俺がすることに思うところがあるだろうが、仕方ないとため息交じりに部屋を出て行った。


 俺は袖を摘ままれたままのサラの指を一本ずつゆっくり引きはがし、毛布の中に入れてあげる。


「うー……ん……いぶき、さん」

「なんだ、俺の夢でも見ているのか? すまないな、せめて悪夢じゃないことを祈るよ」


 うなされているサラの額のシートを剥がし、水に浸したタオルをしっかり絞ってサラの額に乗せる。軽くクーラーを利かせ、薄手の布団で程よく冷えたタオルが気持ちいいのか、これ以降うなされた声を聞くことはなくなった。これで楽しい夢でも見てくれたら幸いだ。


 俺は押し入れから折り畳み式の机を取り出し、サラの様子が窺える場所でやらなくてもいい宿題に手を出した。


 クーラーの稼働音の中にカリカリとシャーペンの走る音だけがこの部屋を支配し、時たまにシャーペンを置き、耳を澄ませばサラの安心しきった寝息が小さく聞こえてくる。


 たまにサラの状態を確認しながら、サラに近づき過ぎない距離を保ちつつ、時間は刻々と過ぎていく。


 だが、たいして出されてもいない宿題はさっさと終わってしまい、俺は机に頬杖を付いてサラの寝顔を観察していた。


「相変わらず綺麗な顔立ちだな、可愛いにも程があるだろ」


 瞼を開けば、端整な顔立ちと綺麗な銀髪を裏切らない真ん丸な瞳が姿を現してくれる。それがいつなのかのんびり待っていると、やがて俺にも眠気がやってきた。


 どうせすぐには起きないだろうと、先ほどサラの額に乗せたタオルは変えたばかりだということを確認し、やってきた眠気に抗わずそのまま机に顔を伏せた。



 目を覚ました時、俺の肩には春頃に使用していてそのまま片付けていなかったブランケットが掛けられていた。


 一体だれが? 辺りを見渡しても心春も母さんもいない。サラは寝返りを打ったのか額のタオルが布団に落ちていた。


 膝行のままサラの下へ向かい、落ちたタオルを拾って水に浸す。しっかり絞ったタオルをサラの額に乗せようと思った時、サラが起きていることに気付いた。


「おっと、起きていたか、調子はどうだ?」


 声をかけてみて、調子を窺ってみる。顔を見た限りそこまで酷いようには思えない。


「今回は私が看病されていましたか……」

「前に看病してもらったことがあったっけ? 忘れていたら悪い、あっちのことは何もかも全部知っているわけじゃないんだ」

「いえ、こっちのことです」


 ますますいつのことか分からなくなるが、ここまで話せるのであれば問題はないだろう。


 体調の良し悪しを確認し、サラさえよければどうしてぼろぼろの状態で家まで来たのか確認しようとしたとき、サラの腹が盛大に鳴った。


「…………あ」

「いま母さんに雑炊を作ってもらうよ」

「すみません、ありがとうございます。お言葉に甘えさせてもらいますね」


 食欲もあるみたいだ。これならゆっくり話も聞けるだろう。


 一度リビングに降りて、夕飯の支度前に雑誌を読み耽ていた母さんに雑炊を頼む。それと簡単にサラのことを説明し、今日一日はうちに泊めてもいいか尋ねると、一度カレンダーで予定を見てから了承してくれた。


「心春は部屋?」

「そうよ。何があったかは知らないけど、あまり女性関係でトラブルは作らないようにね。一颯もあの人みたいに苦労するわよ」

「父さんって、かなりモテたって聞いたけど、本当にあの強面でモテたの?」

「それがモテちゃうのよ、大変だったのよ? 一颯も目元がそっくりだから、きっとこれからモテるわよ」

「それ以上は長くなりそうだから聞くのはやめとく。雑炊だけお願い」


 コップに水を注ぎ、他に乾いたタオルやちょっとした固形物のお菓子などを手に持って部屋に戻る。


 サラは上体を起こしても問題ないようで、今日は泊っていっていいことを伝えた。


 水を渡せばそれを一気に飲み干してしまいそうなほど大きく煽り、俺が居ることを忘れていたのか口元を抑えて恥ずかしそうに顔を背けた。


「それで、何があったか教えてくれるのか?」

「はい……、でも先に聞いておきたいことがあるんです」


 サラは空になったコップを握りしめ、真剣な眼差しで俺のことを見つめる。日本人離れした碧眼がギラリと鋭く光った気がした。


「愛陽ちゃんはどこにいますか? どうして一颯先輩と一緒に行動しているんですか?」


 どうやら俺が答えることのできない内容を知りたいようで困った。


 実は愛陽の正体は俺です、なんて言えるはずもないし、言ったところで信じてもらえるはずがない。変装して見せても変態を下に見る目を頂戴するだけだ。


 ならなんと答えればいいだろうか?


「俺も愛陽の居場所は知らない。愛陽が今まで俺に指示を出していたから、その通りに動いただけに過ぎないんだ」

「じゃあ、愛陽ちゃんとはいつ会っているんですか? 指示を出すにも手紙やメールのやり取りではないんでしょう?」

「それは……突然姿を現したと思ったら指示だけ勝手に残してどっかに消えるし、追いかけてもすぐに撒かれるんだ」

「そうですか、やっぱり愛陽ちゃんが、……愛陽ちゃんらしいです」


 やっぱりサラは愛陽と深い関係にあるようで、昨日からやっと見つけた愛陽を追いかけて探していたみたいだ。


「最初は一颯先輩が愛陽ちゃんと知り合いなのは冗談か何かだと思っていました。『占い師の予言』の少女は二階堂先輩の変装だと思っていましたし、一颯先輩があっちの世界で愛陽ちゃんと知り合っていて名前だけ利用しているのだと、それで少し憤慨していたくらいです」


 サラが愛陽を見たのは屋上での一度だけ、花恋さんの変装だと思われていたみたいだから今後変装するのは俺だけになりそうだ。


「なあ、サラは愛陽とどこで知り合ったんだ?」

「愛陽ちゃんとは幼馴染ですよ。昔から自由奔放で、なのにいっつも迷子になって私が探し回って泥だらけの愛陽ちゃんを見つけるんです。幼稚園に入る前から遊んでいて、小学校で転校して、高校で再開した時は嬉しかったですけど、相変わらずの奔放さに私がついて行けず、友達でありながらずっと疎遠だったんです。だからそんな彼女が……」


 サラはここで言葉を切り、毛布を抱き上げて顔を埋めた。その際に辛そうな面をしていたのには深いわけがあるのだろうか?


 母さんが作ってくれた雑炊が部屋に届いて、俺は机を布団の隣に運ぶ。


 器を机に置き、食べている姿を見られたくないかもしれないから席を外そうとするとサラは引き留めた。


 腕を差し出して見せてくる。既に知っていたが、サラの手は何かで引っ掻いたように切り傷などでボロボロだった。


「草木に引っ掛けて手が痛いんです。食べさせてくれませんか?」

「俺にあーんをしてもらって嬉しいのか? お望みなら唯人を呼ぶぞ」

「唯人さんを呼ぶ必要はありませんよ。こんな姿を見られたくないですし、一颯先輩となら慣れてますから」

「一応は勝負をしている最中の敵同士なんだけどな」


 布団の中に隠れていて足元はどれほどの怪我なのかは確認できない。ただ敵だと認識しているのに食べさせてくれと頼むからには腕はそれなりに痛むのだろう。


 仕方なく雑炊の器を持ってレンゲで掬う。出来立てでまだ熱いから、息を吹きかけて冷ましてからサラの口元に差し出す。


「ほら、熱いから気を付けろよ」

「いただきます。あーん……」


 差し出したレンゲを口に含み、雑炊を美味しそうに食したサラを見て、過去にも似たようなことをやったなと記憶にない思い出が溢れ出てきた。


 たしかあの時はお祭りでたこ焼きを互いに食べさせあっていたっけ……。


「そういえば、今日の夕飯は母さんの気まぐれでお好み焼きなんだけど、サラ、粉物が好物だったよな? 腹が空いているなら食べるか?」

「いいんですか! よく私の好物が粉物だということを覚えていましたね」

「何度も彼氏やらせてもらったからな、サラのことはしっかり覚えているつもりだ」


 食べ終えた雑炊の器を返すために立ち上がる。ついでに夕飯を少し多めに作ってもらえるよう頼んでおこう。


「なんで俺たち、昔みたいに息ピッタリの会話をしているんだろうな?」

「なんででしょうね? それだけ互いに思うところがあるからじゃないですか?」

「ははは、違いない」


 笑えない真実に無理やり声だけ笑い、部屋を出る。同じくリビングに向かおうとしていた心春とばったり遭遇し、甘えるように腕に引っ付いてきた心春の頭を慰めるように優しく撫でた。


「一颯くん、私、怖いよ」

「大丈夫、サラは病人としてここにいるだけだ。これ以上危害を加えてくることもない」

「ううん、そうじゃないよ」

「え? じゃあ、何が不安なんだ?」

「……ごめん、まだ教えられない」


 パッと離れた心春が、一人階段を下りて行った。

 蒸し暑い廊下に、俺はしばらく意味が分からないまま立ち尽くしていた。






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