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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
六章 サラルート攻略シナリオ
163/226

163勝利条件

 なんだか損をした気分のままボクから俺へと意識が戻っていく。


 損をしたというのも、まさかサラが愛陽のことを知っているどころか親しい仲だという説が極めて濃厚だということに、()は頭を抱えた。


 たが、作戦に変更はない。サラが今回の謎を答えられないのは当然ながら変わらず、俺たちの立場は逆転したはずだ。


 今後は唯人をサラの方へと意識を集中させて、願わくば、桜舞い散る快晴の下、最後には男らしくサラの心を奪い去ってくれるよう仕向けるだけだ。


 そのためには主人公の友人ポジションである俺がどれだけ唯人からの嫉妬を買うか、どこまで自然にサラと仲良しを演じられるかがカギになってくる。


 決してサラの内側には入り込まない。時間と共に俺はフェードアウトし、唯人に全てを託す。悪役にだってなってやろう、背負い投げの一つくらい食らっても死にはしない。


「一颯、目は覚めたかしら?」


 ベッドの上、染み一つない綺麗な天井に迎えられ、花恋さんの部屋で横になって回復を待っていた俺は、部屋の主である花恋さんに上から覗き込まれてやっと完全に“俺”に戻ったことを認識する。


 花恋さんの長い黒髪が俺の頬をくすぐり、それがなんだか心地よくて、髪に手で触れると嫌がる素振りは見せず、受け入れるように俺の隣に座った。


「心春はいないんですか?」

「友達に呼ばれてしばらく帰ってこないわ。あなたは屋上から飛び降りたのだもの、話は後でゆっくり聞かせてもらうから、今はのんびりしてなさい」


 心春はいないのか、そうなると花恋さんと二人きりの状況、妙に落ち着いている花恋さんの様子が気になって上体を起こすと、これと関係があるかは分からないが、俺は上半身に何も着ていなかったらしい。


「……ああ、思い出したよ」


 花恋さんの部屋にやって来て、愛陽から戻るために着替えていたところ、下は着替えたが上のシャツを脱いだところで倒れたのだった。


 高所恐怖症が後からやってきて、本来やりたいとも思わない飛び降りをサラを真似てやってみたのが原因かもしれない。怪我をしづらいと分かっていても精神面では耐えられなかったのだ。


 上体を起こしたことではだけた毛布を見つめ、ふと隣の花恋さんへ振り向けば、こちらには決して視線を合わせまいと反対を向いた。それで顔を真っ赤にした花恋さんがいた。


「男の裸を見るのは恥ずかしいですか? そういうゲームをプレイした経験は?」

「な、ないわよ……、父のを覗いたことはあっても、自分でやったことはないわ。それに……、ゲームとリアルじゃ全然違うから戸惑っているのよ。意外と、その、ごつごつしているのね」


 目の前にあった花恋さんの左手を取って俺の筋肉の欠片もない胸板に押し付ける。数秒間、時が止まったかのように花恋さんは一切身動きせず、やがて油の切れた歯車のようにギギギとこちらを見ると、頭から火が噴き出しそうなほどに顔を更に赤くして離れようとする。


 そんなことはさせまいととっさに花恋さんの肩を抱き寄せて、身体を密着させてみる。


「え? ちょ、いぶ、まっ、……あ、そんな、だ、わた……え、あ」

「バグってますよ。それに、気になっていたんでしょう? こんな鍛えてもいない胸板で良ければ好きに触っていいですから」


 恥ずかしさを通り越して花恋さんの本能は俺の胸板をペタペタと触れている。……これだから花恋さんはいじめ甲斐がある。


 しかしやりすぎても後が怖いから、肩から手は離しておく。これで最低限の言い訳は出来るはずだ。


「男性の胸板って、本当にごつごつしているのね……、初めて触ったわ」

「ほとんど肋骨なのは悲しいですけど、まあ女性とははっきり違う部分の一つだと思います」


 まさかこんな身体から女装して愛陽が生まれるなんて考えてもいなかった。


 それで花恋さんには愛陽のことで相談しなければならないことがある。


 ペタペタペタ……ペタペタペタ……。


「あの、花恋さん、もうそろそろいいですか?」

「あなたから誘っておいてもう終わりなのかしら?」


 すっかりこの態勢に落ち着いてしまったらしく、花恋さんは離れる気もなくまたペタペタと俺の身体を触り始めた。


「……分かりました。じゃあそのまま聞いてください」


 思わぬ反撃を受け、若干戸惑いながらも先ほどのサラとの対話を思い出して花恋さんに伝えた。


 ほとんど一方的にこちらが謎を提示しただけではあるが、最後にサラが叫んだ愛陽のことについて、今後の動きに修正を入れなければならない。


「あの子と愛陽が知り合いであるのがたしかならば、どこかでそれらしいヒントはなかったのかしら?」

「愛陽の正体自体、俺たちの変装ですから、愛陽の姿でサラと話したことがない以上ヒントはないですね」

「では、一颯の言うあなたが主人公だったときのサラはどうだったのかしら?」


 ただ触りたいだけだろう花恋さんに今は鎖骨あたりを撫でられ、くすぐったいの我慢しながら脳内のファイルでサラルートを振り返ってみれば、そういえば愛陽らしき存在が一度だけ登場したのを思い出した。


「愛陽という名前は出てきてませんが、俺たちが創った愛陽の設定そのものの人物が出てきました」

「この際、その子が愛陽ということで断定していいでしょうね、問題はそれが一颯とわたくしの変装による愛陽なのか、この世に生を受けた本物の愛陽か、一体どちらかしら?」


 俺が主人公だったときに愛陽らしき存在は俺と同時に存在していた。花恋さんの変装とも違う。


 愛陽が確かに存在していたとなると、なんでこの世界には愛陽がいない?


「サラの友達だった愛陽は、この世界に移行する際にその存在を消した。そしてわたくしたちによって仮面だけが甦り、魂は行方不明、……さて、これ以上愛陽の謎を紐解いてもいいのかしら?」

「……それは今ではないと分かっているのですが、愛陽が提示した謎はそれを解かせることが目的だから……もしかして……かなりやばいですか?」

「謎の解明は今の段階では誰にとってもよろしくないことなのよ、だけど焦る必要はないわ。それに答えを聞くのは貴方だけでいいのよ」


 そうだ、今の主人公は俺じゃない。すべては唯人の視点で語られるゲームの世界なのだ。サラが俺に答えを口にしたところで唯人にさえ伝わらなければ辻褄は合わせられる。


「では、このサラルートの着地点は唯人とサラがくっ付くよう仕向けつつ、グランドルートへの布石として愛陽の正体をうやむやのまま終わらせること。それが俺の勝利条件ですね」

「でもサラの勝利条件は変わらないのよね? 一颯との勝負ではあるけども、向こうは勝負を今更無視することだって可能なのだから、正直、愛陽の謎にどこまで挑んでくれるかが勝負の分かれ目かしらね」


 難しい顔をする花恋さんに俺は納得せざるを得ない。サラにとって俺との勝負はただの気まぐれに過ぎず、ぶっちゃけ謎を解かなくてもサラに損はない。ただ俺という邪魔物を排除する最もな機会であるのも事実で、サラは俺が約束を破らないことを分かっているはずだ。


「だから俺のやることは変わりません。唯人とサラを恋人にしてみせます」

「わたくしもサポートとして手伝わせてもらうわ。早く終わらせて一颯ともっとこうしていたいもの……ね?」

「……なんか吹っ切れてますね。今までだったらもう少し恥じらいを持って手を繋ぐ程度だったんですけど」


 今の態勢はどうか、半裸の俺に全身をピタリとくっ付けるように隣に座っていて、下から見上げられながらずっと身体を撫でまわされている。今まで一緒に寝たとか膝の上に乗せたとかならあったけど、裸の領域に踏み込まれたのは初めてではないだろうか。


「今までのわたくしがどうだったかは過去のお話よ。以前のわたくしが恥じらいを持っていたのなら、このわたくしは積極的になって複数の顔をあなたに見せて、わたくしの魅力をもっと知ってもらわないと……心春に勝てないもの」

「…………」


 そのことについて俺は二人のことが好きなことを伝えてあり、最後にはちゃんとどちらかを選ぶことを了承してもらっている。


 女の敵でありヘタレの極みであるオレのことを最後まで待っていてくれる二人には申し訳なくて、だけど焦って決めたくもない。俺が主人公だったときは最後にサラの気持ちに応える選択をした。その光景を傍観者視点から見て、心春を泣かせてしまった辛さがある以上、俺はまだ誰かを選ぶことは許されない。


 いつか辿り着く最後の選択肢までに俺は迷いを捨て去り、愛しい手をこの手で抱き寄せるためにも、まずは目の前のサラを攻略する。





お待たせした割に物語があまり進行していなくて申し訳ありません。可能な限り投稿していくので今しばらくお待ちいただけたらと思います。

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