158誤解
一通りの時間稼ぎを終え、寮へと向かう一本道で唯人を月宮さんに託す。俺はサラに見つからない内にさっさと退散することにした。
サラはいつもより遅い時間にやってきた唯人に違和感を覚えるだろう。俺が何かしたと気付くに違いない。
だけど、特別俺は何もしていないし疑うだけ無駄だ。
唯人にさり気なく俺のことを聞き出すだろうが、唯人は街を案内してもらっただけとしか答えることは他にない。
サラがありもしない俺の策略に悩まさせているであろう間に俺は悠々と帰宅。心春を部屋に招こうと思ったけどすでにいて、事情を話した。
「……えっと、どういうこと?」
「まあ、そうだよね。理解できるはずないよね」
心春には俺が何度も同じ時間をやり直しているなんて伝わるはずもない。
それなら、と今までに説明してきた中で何が伝わりやすいかを思い出し、それを丁寧に口にする。
「うーん……、分かったようなー、分かってないようなー?」
一つひとつ個別に理解はしているのだろうが、それが上手く線として繋がらない様子。
明確な証拠でも見せられればと思ってゲーム対戦で俺の鍛えたセンスで……と考えたが、俺は未だに心春より弱いし、今持っているゲームは大して俺が得意ではないやつだ、帰りに練習したゲームを買ってくるのを忘れた。
今すぐに心春に理解してもらうには何があるだろうか? なるべく早い今のうちがいい。
「そうか、花恋さんがいた」
俺がいつも花恋さんに話している内容ならループしていることをある程度証明できる。
張り手が飛んでくるだろうがそれは毎回の事、もう慣れた。それに花恋さんにも早く状況を理解してもらいたいし時間もまだ夕方、どこかで落ち合うことは可能だろうか?
「今から花恋さんを呼んで一緒に説明するよ、そのほうが分かりやすいし」
「え? うん、……花恋さん?」
「部長のことね、そう呼ぶ約束だから」
「いつの間に……、やっぱり部長は狙っている?」
花恋さんに少し話があるから直接会えないだろうかとメールを送れば、携帯を手に持っていたのか一分と経たず返信が来た。
今すぐで構わない。場所はこちらが決めていいとのことだったので、母さんにどこか落ち着いて話せる喫茶店とかなかったか聞けば、うちに連れてきていいとのこと。うちはいつも多めに夕食を作り、翌日の父さんの弁当になる。ということは明日の父さんの弁当はコンビニ弁当かな?
まだ夕食を終えていないならどうですかとメールを送れば、電話が掛かってきた。
『もしもし? 一颯、い、いきなり家に呼ぶだなんて、……どんな話なのかしら?』
何か動揺している様子の花恋さんだが、そんな慌てるような文面を送っただろうか?
「ちょっと心春を交えて話しておきたいことがあるんです。今後の為にも早いうちがいいと思いまして」
『早いうちにだなんて、ご両親はいらっしゃいますの?』
「はい、父さんはまだですけど、母さんならそこに、変わりますか?」
『い、いえ! まだ心の準備が……、と、とりあえずそちらに窺いますので、一時間ほどお待ちくださいまし!』
寮からここまでニ十分もかからないはずだが、何か気を使わせるようなことをお願いしていたかもしれない。
「別に何もいりませんからね、夕食を食べに来るくらいの軽い気持ちで来てください。マナーとかうちは捨てたくらいですから、普段の花恋さんで来てください」
『そんなわけにはいかないでしょう! ……え? 今なんと? わたくしのことを名前で呼ばなかったかしら?』
「今説明すると面倒なので、とりあえず来てください。やっぱり気を使わせてしまうなら場所を変えますけど」
『だ、大丈夫よ! 大丈夫、すぐに向かうわ』
それだけで通話は途切れた。何かが食い違っている気もするが、花恋さんが結局何に慌てていたのか分からなかった。
一応近くで話を聞いていた母さんが温かい目で俺のことを見ていて、「一颯も罪作りな男になったわねー」と夕食作りに戻った。
……なんのことなんだろう?
母さんが近くまで迎えに行きなさいと言うから、俺はリビングに捨てあった薄手のジャンパーを手に取り家を出た。
花恋さんは時間が掛かるというのを忘れていて、俺はそのまま寮まで歩いていても早くに着いてしまう。
近くの植え込みに座って待つこときっかり一時間、女子寮から久しぶりに見る改造していない普通の女子制服を身に纏った花恋さんが走って出て来た。
「花恋さん、こっちです。でもどうしてその制服?」
「い、一颯? ここまでお迎えに来てくれたのかしら、ありがとう。……それで、どのような要件なのか、先に少し聞いてもよろしくて?」
スカートの皺か裾が気になるのか、アイロンがけされた綺麗な折り目を懸命に伸ばしているが、見た限り解れていたり気になる皺などは見当たらない。
「その前に、うちはテーブルマナーとかありませんから、私服で良かったんですよ? 制服だと堅苦しくないですか?」
「そんな、……本当に、ご両親に失礼ではなくて?」
「ないです。絶対に。うちの親は堅苦しいのが嫌いですから、別に制服でも構いませんけど、私服の方が親しみやすいと思います」
母さんの楽しいことに全力な性格を花恋さんに話すとなぜか顔を青ざめて、自らの格好を見下ろした。
「い、急いで着替えてくるわ!」
「あ、制服が悪いわけじゃ……行っちゃった。そんなに心配かな?」
何か様子がおかしい花恋さんは思ったより時間がかかり、三十分は待たされた。母さんは余計におかずを作っているらしく時間がかかるから、ゆっくり歩いて帰ってこいと連絡が来る。何やら今日は手の込んだ料理に挑戦しているみたいだ。
戻ってきた花恋さんの服装は俺のよく知っているいつものゴスロリ衣装だが、なぜか城戸先輩も出てきて、俺のことを何とも言えない呆れた目で見つめ、そしてそのまま詰め寄ってきて俺の耳元で囁いた。
「霜月兄、あんた、親御さんに花恋との婚約の挨拶でもするの?」
耳を抓り上げられ、城戸先輩の言葉は最初、意味が分からなかった。どうしてそんなことを聞くのだろうと思ったが、自分の言動を振り返って気付いた。
花恋さんには大事な話があると家に呼び出し、親に会わせようするんだから、そうだよな、突然の名前呼びだったし。
花恋さんの気持ちを知っているから余計に、花恋さんがどんな勘違いをしているのか気付いてしまった。
「…………ああ、ごめんなさい。俺が悪かったです」
こちらが恥ずかしくなって顔を手で隠した。城戸先輩に頭を撫でられ余計に羞恥は増した。
「分かっててやった?」
「そんなわけないじゃないですか、俺にそんな度胸はありませんよ」
俺のせいで恥を掻いた花恋さんが、俺から視線を逸らしつつ、恥ずかしそうに袖を摘まんで軽く引っ張ってきた。
「もう、紛らわしいことはやめて頂戴ね?」
「はい、すみません」
真っ赤な顔の花恋さんがすごく可愛い。抱き締めたらいつもより温かいんだろうなという発言は出来るはずもない。
誤解は解けたというのに、もじもじしっぱなしの花恋さんには早く事情を話しておきたいところだが、ここには城戸先輩がいる。
……いや、城戸先輩にも話していいのではないか? 絶対に裏切らない確証を持っている心春と花恋さんにしか話してこなかったが、今回ばかりは城戸先輩の力を借りるのはこちらの戦力を優位にするのではないだろうか?
「ん? どうした、霜月兄?」
俺の視線に気付いて小首を傾げる城戸先輩に、誘うべきかどうかで葛藤する。ただ無意味に時間を掛けるのも不自然な行動に繋がるから、早く決断しなければならない。
「……あの、もし俺が城戸先輩に助けを求めたら、駆けつけてくれますか?」
「いきなりね、でも、そうねー、……うん、私は霜月兄のためには駆けつけない」
「そうですか……、残念です」
やはり城戸先輩は大して迷うことなく俺を切り捨てた。
「でも、私は花恋のためにならどこへでも駆けつける。隣に霜月兄が立っていようとも、花恋のためならね。……これでよかった?」
城戸先輩は俺が何かを企てようとしているのを見抜いたのかもしれない。それに花恋さんを巻き込むことも、そんな俺に手を貸す義理はなくとも、花恋さんのためにならという城戸先輩なりの心情だけは俺に手を貸してくれた。
お礼と共に頭を下げると訝し気な視線を頂戴した。今までこんな丁寧な態度を城戸先輩に見せたことはなかったかもしれないな。
「そういうわけで花恋に何かあったら許さないから、そろそろ行きなさい。花恋、面白い土産話を待ってるわよ」
「何かあればね、ご飯を食べに行くだけよ」
「それがいいの、霜月家のご飯、どんな食卓だったか教えてね」
城戸先輩は手をひらひら振りながら寮へと戻っていった。
残された俺と花恋さんは同時に互いの目を見て、先ほどの勘違いから生まれた羞恥心に同時に目を逸らす。
本人も忘れているのか、袖は花恋さんの小さな手にいつまでも摘ままれていて、俺は徐にその手を取った。
「い、一颯!?」
「こうする約束なんです。花恋さん」
「ま、また名前呼び……、今日の一颯はどうしたのかしら?」
俺の家へと歩く道中、俺は花恋さんに可能な限り俺の立場を説明した。
花恋さんの気持ちを知っていること、こうして二人きりで歩くことを望んでいたこと。
俺が最後には必ずどちらかを選ぶこと。
残り二話です。
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