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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
五章 往年の攻略シナリオ
156/226

156エイプリルフール

「ここへの道のりは覚えましたから、一颯先輩が来なかったら迎えに来ますから! 絶対に戻ってきてくださいね!」

「分かってるよ、こっちから勝負吹っ掛けて逃げるなんてことはしないから、先に行っててくれ。俺はちょっとだけ用事があるからさ」

「こんな所でどんな用事なのか気になりますけど……、まあいいです。先に行ってますよ」


 次の瞬間にはサラの姿が消えている。


 結局のところ、俺たちは情報の塊でしかないということだ。消そうと思えば一瞬で消し去ることが出来る脆い存在。


 そんな俺たちを創り出したあの神に藁人形をプレゼントしようと思って今日まで用意できなかったが、代わりにあいつを呼び出すことには成功した。


「なあ聞こえているんだろ? 少し話そうぜ」


 先ほどから脳内でパスが繋がっている感覚がある。俺があいつと話したいタイミングで、あいつも俺に話があったみたいだ。


「……久しぶりだな、何か謝ることがあるだろ?」


 姿は現さないが、目の前で話しているかのようなクリアな若い男性の声が聞こえてくる。


『久しぶりだね。でも僕が謝るようなことは一つもないよ。だってこれは全て君が望んだことだから』

「俺が望んだ? どういうことだ?」

『すべてはこちら側の事情だから、君は知らない方がいい。知れば君は必ず後悔する』


 そう言われたら逆に気になってしまうのが人間の性であり、こいつの世界についていろいろ憶測を立てる。


「なっ、……なんだと? これは……ノイズ?」


 自称神、佐久間悠一は俺からの詮索を拒否し、脳内にジャミングをかけてきた。これ以上余計の詮索は出来なかった。


『前も言ったけど、君との通話には電力みたいなのが大量に必要でね、あまり長い時間は話せないし、今後、君と話すだけの残量もない。充電器が壊れたんだ。だから僕が君に伝えたいことは今のうちに全部話すよ』


 あの時のような適当っぽさは感じられない。何か事情があるのかと思って、先に俺から一つ聞いておきたかった。


「なあ、こちら側とそちら側にどれだけ差がある? 分かりやすい比較対象とかはないか? 科学技術とか街並みの違いとか」

『あるよ、一目瞭然の違いがね。こちらよりも、現在は君たちのいる世界の方が何もかも発展している』

「は? こっちの方が? 人の心を創造するだけの力があってこっちの方が発展している? ありえないだろ」


 たった一人で世界をまるまる一つ創り出したこいつはやはり天才だろう。誰にも真似できない技術なのかもしれないが、一目で分かるほどこちらより技術が遅れているとは考えづらい。


『一颯君、今日は何の日か知っているかい?』

「ここには時間の感覚が無いからさっぱり分からん」

『そっか、そこは時間の概念が存在しない箱庭だったね。じゃあ答えを教えるとね、今日は四月一日、こっちの時間軸で悪いけど、俗に言うエイプリルフールという日だね』


 なんだ、それならこいつの言うことは全部嘘だったということか? やっぱりこちらよりあっちの世界の方が圧倒的に発展しているんだ。


『だから、僕のいうことは全部嘘だから、適当に聞き流してくれたら嬉しいな』

「……分かった」


 それを判断するのは全てを聞いた後。嘘から真実を見つけ出せば、こいつの正体もそれなりに見えてくるだろう。


 改めて創った椅子に腰かけ、足首が重なるくらいに浅く脚を組んだ。つま先で先を話せと促す。


 これでいいか? と態度で聞いてみれば、通話の向こうであいつが笑った気がした。


『実はこっちの世界はとっくの間に滅んでしまってね。原因は神様たちが天界で大喧嘩して、地球にその影響を大きく及ぼして、……終わり』


 しばらくの沈黙、本当にこれで終わりらしい。


「……は? そんだけ? それに今のシナリオはなんだ? あんたシナリオ書かなくて正解だよ」

『酷い言い草だね、エイプリルフールだって。ちょっとだけ続きを話すと、こっちの世界の生き残りは僕だけで他の人間はみんな死んだように寝ているよ。寝ていても起きることはないから、結局は死んでいるのと同じ。一颯君もこっちでは寝ているんだよ』

「……さっぱり意味が分からん。どうして俺がそっちの世界で寝ているんだ? 俺はこっちの世界の住人だろ?」


 嘘とは分かっていても、突拍子もない話に多少の興味が湧いた。嘘と分かり切っているから面白いと感じるのかもしれない。


 こいつが即興で思いついたシナリオを俺は先ほどよりもほぐれた態度で迎え入れた。


『神様がごめんなさいって、せめてものお詫びに『精神凍結装置』を生き残った人類すべてに与えてくれたんだ。神々の戦争で生き残りは君たちの世界にいる人々で全員なんだけど、日本人だけは……なんかよく分からないけどあまり戦争の影響を受けなかった』

「おい適当だな。だからこっちのシナリオが杜撰なんだよ」

『仕方ないだろ! 海外の人がほとんどいないから海外描写も設定できないし、仕方ないから鎖国ということにして、相手の顔も見えない嘘の政治情報と文化だけは定期的に君たちに発信していたわけさ』


 適当だと思っていた設定は理由も適当だった。設定は下手だし、辻褄合わせももう少しまともな理由を作れるだろうに、なんかモヤっとする。


『それで、生き残りの全人類を代表して、僕に神の力の一部を与えられてね、そちらの君たちのいる世界を創造した。それまでに百年近くかかったけど、出来てからはあっという間だったね。寿命の無くなった僕にとって君が生まれて成長するまでの十六年なんて一瞬さ』

「いろいろツッコミどころはあるけど、結局あんたは何がしたいんだ?」

『僕の目的は、……僕の生徒たちの願いを叶えること。一颯君が今まで苦労してきたことは、君がこちら側で望んだことだから、僕はそれを叶えるんだ』


 どうして俺はこんなクソったれなゲームをループすることを望んだ? ……本当に、嘘なんだよな?


『詳しいことは何も知らなくていい。君が生きるべき世界はそっち側だ。僕はもう君たちのことを見ることも出来なくなるけど、安心してほしい。君たちの世界が崩壊することはない。神の遣いである僕が保証する』

「それを信じろと? 今日はエイプリルフールだったろ」

『そうだった。じゃあ、もうそれは終わり。これからは嘘を言わないよ』


 どこから本当のことを話してくれるのか不安だが、こいつは嘘を吐かない、そんな確証がこいつの声音のどこかに見え隠れしていた。


『君たちの世界を創ったのは僕一人だけど、その世界はもう完璧だ。こちらの一瞬の不手際を狙ったサラ君の攻撃には驚いたが、そのおかげでもう隙は無い。絶対だ』


 妙に力強い口調は勝利を確証した歴戦の将軍のように気持ちの余裕を感じられた。


 ただ、攻撃されたことが悔しかったのか、その後にこちらに聞こえないほど小さく何かを呟いていた。


「それで、こっちの世界が崩壊しないことを信じればいいんだろ? 他には?」

『君の境遇を願ったのはあくまでこちら側の一颯君だから、君に対して何か報酬があってしかるべきだと思って。プログラムを仕込む形になるから今すぐには無理だけど、簡単なものなら大丈夫、難しいプログラムならグランドルートが終わる頃にはインストールできるから、何でも言ってくれ。僕に不可能はないよ』

「そうだな……、その前に一つ確認しておきたいことがある」


 俺は可能ならどうしてもお願いしたいことがあった。でもそれだけでは不安は尽きなくて、確認しておきたいことがあった。


「グランドルートが終わった後はどうなる?」

『君たちの世界がそのまま続くだけさ。その後は一颯君の自由。こちらからの干渉は一切ないから、その命も一つだけ』

「……なら、俺の願いは二つある。構わないか?」

『いいよ。この際いくつでも好きなだけ、何でも君の世界に組み込んであげるよ』


 好きなだけと言われた願いも、俺はすぐに思いついた。これで俺から望むことはすべてだ。


「一つ目は、この後サラと勝負することになっているけど、俺が勝ったらサラの脳内のファイルを全て削除してほしい。思い出せないようゴミ箱も空にしてくれよ」


 サラが幸せになるには、こいつのことを忘れなければならない。純粋に誰かを好きにならなければ、最低限のスタートに立つことも出来ないのだから。


『分かった。ファイルの削除に伴って、サラ君の脳内にインストールしたファイルを全て削除する。……二つ目は?』

「俺にも選択肢を出して欲しい。心春を選ぶか、花恋さんを選ぶか、タイミングはグランドルートも終わりがいいな。俺が決して逃げられないように」


 いつか俺の目の前に現れる選択肢の先、俺は二人のうちどちらかを選ばなくてはならないのであれば、逃げられないよう追い詰めて欲しかった。


『それならシナリオの追加と共に最高のタイミングで選択肢を出すと約束する。その後のシナリオは君が作るといいさ。それで三つ目は思いついているかい?』

「ああ、三つ目の願いは――」


 俺の三つ目の願いを聞いて、自称神の遣いこと、佐久間悠一は本気で寂しそうな声で疲れ切ったサラリーマンのような溜息を吐いた。

『はあ……、そうか。それが君の望みか。まあそうだよね、妥当な願いだ』

「そんなに寂しくなるのか?」

『これで僕は一人になる。寿命も無くなって誰もいない惑星で、いつ降臨するかも分からない神を永遠のような時の中で待つばかりさ』

「こちら側に干渉できないのか? たまにだったら話してやるぞ」

『残念ながら、充電器は修理不可で代替になる物もない。新しく作ろうにも神の創造物なんかこの世界に落ちているわけもないしね』

「その割には壊れるんだな」


 そういえば、エイプリルフールの嘘はとっくの間に終わっていて、本当のことしかこいつは話さないのではなかっただろうか? おそらく冗談半分で答えているのだろうけど、こいつは限りある時間の中で俺に何を伝えたいのだろうか?


『こちら側のことは気にせず、君はサラ君のことを幸せにしてあげて欲しい』

「それも、『俺の願い』なのか?」


 気にするなと言われてすぐにそちら側のことを聞けば、少しばかり間が開いた。答えていいものか思案している様子。


 何か難しいことを聞いたのかと思ったが、それほど時間はかからず返答してきた。


『どちらかと言えば、サラ君の願いだね。どうしてサラ君がメインヒロインだったのか、あの子の気持ちを汲み取ってあげて欲しい。もちろんいまの君には関係のないことだ。一颯君の目的の為、サラ君を足蹴にグランドルートへ進んだって構わないから』

「それなら安心しろ、俺はサラを幸せにすると誓った。俺が苦労を掛けた分、あいつは幸せになる権利がある。サラの願いを俺は叶えるつもりだ」

『そうか……、それなら安心だ。これであの子の流した涙も無駄ではなかっただろうな』


 こいつのいる現実がどのような世界なのか俺には知る術がない。


 ただ、あちら側を気にしている余裕はもうない。これから一回限りの人生をかけた勝負が始まるのだから。


 それからいくつか小さなお願いを聞いてもらい、必要な準備は整えた。


『そうだ、おまけにサラルートのシナリオと君が今いるその場所は破棄させてもらうよ』

「ああ、助かる。これで俺が一からシナリオを構築できるし、サラにここを占拠されることもない。俺も逃げ道は封鎖して覚悟を決める時だ」

『じゃあ、これでお別れだね、もう一颯君と話せないのは残念だ。……ああ、それと最後に一つ、聞きたいことがあるんだ』

「なんだ? それであんたは満足するなら何でも聞いてくれ」


 姿の見えないこいつの表情は今どうなのだろうか? 声の向こうであいつは笑っている気がする。今からする質問に意味はない。率直に答えを聞かせて欲しいと、それでいて何かを求めていた。


『えっとね、一颯君、『いってきます』に対する『ただいま』ってなんだと思う?』


 意図がハッキリしない酷く曖昧な質問に困惑を隠せずにいたが、どうしてか自分の中でピンときた答えがあった。


 もちろん答えは人の数ほど存在するだろう。だから、俺の答えも多くの中のちっぽけな一つに過ぎない。


「俺にとっての『ただいま』は、愛情だと思う」


 理由もない。たったそれだけを聞いて、佐久間悠一は安心しきった声で笑った。


『ははは、それならよかった。……これで僕は報われたよ』

「望みの答えを出せたみたいだな。これで最後か?」

『ああ、これで、全部が終わった……わけじゃないか、最後に君の望みをプログラムしてインストールしておかないと。それで僕から君たちの世界へのパスは全部遮断する。そうじゃないとまたサラ君みたいに外への介入を試みる誰かが生まれてしまうかもしれないし』

「あんたのことは忘れるまでは忘れないよ。当たり前だけど」

『いや、それだけでありがたい。……ああ、言い忘れていたけど、一颯君とサラ君とでファイルは共有していないから、不意を突くならそこだよ』


 突然の爆弾降下に驚かざるを得ない。


「それは最初に教えてくれよ! そこに苦労して諦めた作戦は多いんだぞ!?」


 お互いに同じ情報を共有しているから通じないと思っていた作戦が、今更有効になる可能性が出て来た。


 サラがデータを弄るまでは共有していて、それ以降は個別でアップデートをしていたということらしい。


 ……そういえば、いまの俺の脳内には俺が主人公の時のシナリオが完全に表示されているが、サラはおそらく自分で消したままの反応だった。


 こいつは良くも悪くも俺たちに平等だったわけだ。


『サラ君は自分自身の願いに耐えられなかった。だから一颯君に全てを託すよ。……もうこっちは故障寸前みたいだ。名残惜しいけど、それじゃあね』

「そっちのことは何も分からなかったけど、まあ頑張れよ、じゃあな……、“先生”」

『ありがとう、懐かしい響きだ。最後に君の声が聞けて良かった。少しおかしな気もするが……おやすみ、一颯君』


 ぷつっと通話の切れた感覚が脳内で酷くこびり付く。しばらくは拭い取ることは出来ないのだろう。


 あちらにはあちらの物語があり、俺はこちら側の住人。だからこれ以上、詮索する度ノイズの走るあちら側のことに思考を割くことをやめた。


 俺のいる白い部屋が徐々に歪み始める。無作為な情報に分解されようとしているのだと本能が察した。


 足元の小さな段差を乗り越えるような軽い気持ちで、俺は飛び跳ねるように足の指で一歩踏み出すと、そこはすでに六月二十五日。


 俺たちの共通のスタート地点、ゲームはすでに始まっている。








今後、『現実』について追及する予定はありませんのでご了承ください。読者様の想像にお任せします。

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