155褒美
俺はスクリーンの映像を停止した。
ここから先は選択肢によってハッピーエンドとバッドエンドに繋がる。
サラルートだからもちろんサラを選ぶことが正しいのだが、ここの選択肢で心春のことが好きを選ぶか、本当に?の後で少しでも躊躇いを見せればバッドエンドに進んでしまう。
今回見てきたサラルートはすべてが正しい選択肢を踏んできたものであり、数多ある選択肢の中で一度でも間違えばバッドエンドに繋がってしまうクソゲーだった。
サラルートは心春ルートや花恋ルートよりも圧倒的に選択肢が出る場面が多い。
ゲーム内の日付けで最低でも一日に一回は選択肢が出てきた。
これではサラがこの世界を投げ出した理由にも頷ける。セーブとロードを繰り返せるプレイヤーならまだしも、リアルタイムな上に一度間違えば初めからとなる俺たちでは時間の感覚がまるで違う。
シナリオが存在するとはいえ、ゲームの性質上、間違った選択肢を取り続ける主人公を正しい選択肢に誘導し続ける労力は計り知れない。どうやったら誘導できるのかの繰り返しに、身も心も疲弊して諦めてしまうのも納得だ。
それに、心春ルートと花恋ルートで精神を消耗したサラが難易度の高い自分のルートに挑めば上手くいくはずもなく、最後の選択肢まで辿り着いたかも怪しい。
あの神が不手際を突いて世界を改変したわけだが、それが転機となったのは間違いないだろう。おかげで唯人に出会えたわけだから。
精神の消耗したサラが辿ってきた自分のルートはきっと誰にも見られたくはないはずだ。消して隠すほどに、本当なら自分でも思い出したくないはずだ。だから俺も見ないことにする。
それがせめてもの贖罪だ。
――それからスクリーンの映像を再生し、周囲と同じ真っ白な椅子の背もたれに後頭部を乗せる。
本当にこれがエンドでいいのかと思えるほど酷い作品だった。
俺はというより、ゲームの主人公は心春を泣かせた。サラが好きだという気持ちを心春に伝え、聖羅と共にビンタを何発も食らって気絶するほどには怒らせ、サラに介抱される形で目が覚める。
そこでサラに気持ちを告白し、サラの願いだったことを少しずつ叶えていこうという感じでエンドロールを迎えた。
サラが主人公のことを好きだという気持ちに主人公が気付くときは以外にもあっさりしていて、特に語るところがないのは惜しい。
せめて、もしかして? から徐々に確信を得るような展開は欲しかった。
「この終わり方をしていたなら、サラは満足していたのかな」
これがサラの望む終わり方であるのなら、それを叶えてあげたいと思えた。
映像の主人公と俺は同姓同名の別人なのに、まるで自分のようにサラを守ってあげたくなった。
ファンクラブの人たちも似たような考えを持っていたのかもしれないが、なるほど、サラにはそういう魅力があったというわけか。
好きになった相手には一途で友達を大切にするとても可愛らしい女の子。そんな子が精神を消耗させるほどの過酷な試練を、今度は俺が挑んでいる。
相手は俺よりもこの世界の仕組みを理解している。彼女を屈服させるためには俺一人の力ではどうにもならないことを知っている。
だからまずは何かしらマウントを取れるような情報が欲しい。
「サラは……、ここを知っているのか?」
偶然にも招かれたように見つけたこの真っ白な部屋。サラはここに来たことはあるのだろうか?
塵、埃一つなく、どこまでも続く真っ白な部屋に音はない。スクリーンの映像とは別に音声は脳内に直接入り込んできていた。
声を出しても響かず、どこまでも自分が一人しかいないと思い知らされる悪趣味な場所だと思った。
どうしてこんな場所があるのか、あの神が何か企んでいるのかもしれないが、ここまで何もないと、逆にここは廃棄された場所なのではないかと考えが行きついた。
なんにせよ、ここは俺にとって都合のいい場所であり、サラが一向に姿を現さないということはこの場所を知らない可能性が高い。もしくは唯人と楽しく話してループをしているのかもしれない。
なんにせよ、ここにサラが来るまでは俺が動く必要もない。可能な限り情報を集め、思いついた作戦を研いで、最後はサラに止めを刺すだけだ。……しかし。
「……ばれたか」
この場に誰かが侵入してくる気配を感じた。誰かを探るまでもなく正体はサラだろう。
外とこことの時間に差はあるのだろうか? 周囲に何もないせいか、気持ちゆったりとした時間が流れていた気がする。
サラがここにやってきても、すぐにこの白い部屋を破棄することになるだろう。
ここは俺にとって都合がいい場所であると同時に、サラにとっても都合がいい場所だ。一時的な避難場所として、ここは整いすぎている。
永遠に時間を潰すことが出来るだろうこの場所の価値をサラに知られてはならない。
もうじきここは破棄される。ゆっくり思考をまとめられる時間もあとわずか。でも俺のやりたいことは決まっていた。
「サラの願いを叶えてやる」
孤独に戦い続けたサラへの褒美。
あいつがやり残したことを最後までやり切らせてあげたい。諦めなかった最後の景色を見せてやりたい。
そのためには唯人の努力がいる。唯人にはサラのことをどうしようもなく好きになってもらい、サラを連れ去るくらい積極的になってもらなければシナリオも進展しないだろう。
俺は相変わらず唯人の誘導。サラへご執着するくらいまで仕立て上げてやろう。
だが、これだけではサラの心を動かすきっかけにはならない。何かぽきりと木を折り倒すほどインパクトのあるイベントが欲しい。
「…………痛っ!」
久しぶりに味わう物理的な痛覚。こんなタイミングでシナリオが更新された?
あの神が狙ってやったのかは分からないが、脳内のファイルを開いてみると、その中にはグランドルートに関するファイルが存在していた。
まだ白紙といっても過言ではないただのファイル。しかし中には少ないながらもシナリオが置かれていて、それらを軽く眺めてみる。
「グランドルートは……こちらの要望通りヒロインは月宮さんだな。えっと、月宮さんにしか見えない透明の球体について言及されるのか。されないと意味不明なままだしな」
ほとんど序盤の内容しか明かされていないが、そこで俺はとあるイベントに目を付けた。
「これは……、使えるんじゃないか? それにしても、まさかこんな展開になるとは思わないだろ」
グランドルートのシナリオから一部分を拝借するという、ちょっとした神への反逆を思いついた。
それはあいつが絶対にこうしろと唯一指示を出したシナリオ、『占い師の予言』だ。
そこのシナリオを、俺は勝手に仕様することにした。
サラが来るまでもうわずか、だが……準備は整った。
「いつでも来い。俺はお前を幸せにする準備は出来ているぞ」
静寂を守り続けた白い箱の部屋は、ついに開かれた。
過去編は終わりやっとまともに話が進行すると思いきや、次回はエイプリルフールとして用意した話を本編に組み込んだものとなります。来年用ではなく今年用です……。ごめんなさい。本当にいまさらでごめんなさい。
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