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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
五章 往年の攻略シナリオ
150/226

150崩落寸前

「……やっと見つけましたよ。一颯先輩」


 さきほどまでの静寂を勢いで破り、俺の目の前にやってきたのはサラだった。


「サラか、どうした、こんな所まで来てもご覧の通り、……何もないぞ?」


 俺はサラが来るまで真っ新な空間にぽつねんと一人佇んでいた。


 果てしなく広がる高原のように広い部屋。だけど箱の中みたいに閉じ込められていて、閉塞感に常に襲われていた。


 目の前には映画館のような巨大なスクリーン。俺はこれで三人のヒロイン、心春、花恋、()()のシナリオを最後まで視聴していた。


 どれくらいの時間が掛かったかは分からないが、こんなどこにあるかも分からない謎の空間にサラが辿り着くだけの途方もない時間は過ぎたように思えた。


 どこかサラの顔が以前の俺のように疲れているようにも思える。


 それもそうだ、ここへは本来辿り着くことはできないはずだから、ここへは招待しない限りは来られない。つまり、神の野郎がサラをここへ連れて来たのだ。


「ここで何をしていたんですか? そこのスクリーンには何が映っていたんですか!」


 何か慌てているようなサラには悪いが、俺がここで何を見ていたのかは、今は教えることができない。

 ……そうじゃないと、()()()()()()


 俺には二つの選択肢があった。


 一つは今の俺みたいに外から物語を覗く傍観者としての視点。もう一つは、物語に入り込み、それぞれのヒロインとのエンドを体験すること。つまり今までのようなことをこっちでもやるかどうかの二択だった。


 そして俺は前者を選んだ。心春と花恋さんとのエンドを先に体験するのを恐れたというのもあるが、何より純粋な頃のサラを思い出しておきたかったのだ。


「ちょっと昔に気になっていた安っぽいドラマを見ていたんだよ。案外面白くて、さっき見終わったばかりさ」

「元の世界を放っておいて何しているんですか? もう諦めたんですか?」

「いいや、諦めてなんかいないけど、なんか大きな変化はあったか?」


 俺がこんなことを言うと、サラはありえないとばかりに首を横に振り、怒りに任せて音の鳴らない不思議な床を無音でも分かるほど力強く踏み込んだ。


 拳を固め、今にも俺に殴りかかってきそうな雰囲気だ。


「一颯さんも心春先輩も、あの時の事故で亡くなった世界です。ゲームは破綻して、唯人先輩も転校してきません」

「はは、なんだそれは? 俺たちの墓にお線香でも立ててくれたか?」

「……だれがお参りなんてするもんですか」


 意味ありげに悲しそうな目で一瞬何かを考えていたサラは、結局予想通り悪態を吐いた。


 しかし唯人もいないとなるとサラにとってその世界は無価値だろう。なんとしてでも姿を消した俺を探そうと血眼になったに違いない。


「あんな結末、……いえ、始動からあれなんて面白くもなんともありません。一颯先輩を探し出すのにどれだけ同じ時を繰り返したか分かりますか?」

「崖から飛び降りればすぐにリセットされるんじゃなかったのか?」

「脳内のファイルで確認して見てくださいよ。あの神様、忙しいとか言いつつこっちのことをばっちり見てますよ」


 更新されたらしいファイルを覗けば、サラの言いたいことはすぐに分かった。


 新しいファイルが追加されていて、俺たちループをする観測者たちのルールがいくつか設定されていたのだ。


 上から流し読みしてみるが、特別俺たちの行動を制限する内容はなかった。サラの暴走じみた俺への妨害も暗黙の了承を得ているみたいで恨めしい。やっぱり呪いの藁人形を作ろう。


「……なるほど、これか」

「自殺、他殺の完全防止システム。これのせいで何があろうと私たちは自殺しようとしても未遂で終わるか大怪我をして助かるか。その怪我もあり得ないスピードで治りますよ」

「さすが、何度も試したみたいだな」


 完全に封鎖されて苦い思いでしかないのかそれ以上は語らなかったが、途方もない時を過ごしてなお俺を見つけようとする根性はどこから生まれてくるのやら。


 それだけ唯人が恋しいならさっさと恋人になってしまえばいいものの、それを拒んで時間を永遠に引き延ばすのが仇となったな。


「だからはやく戻ってきてください。一颯先輩がいないと何も始まらないんです」

「なあ、それで俺が元の世界に戻る理由はあるのか?」

「……え?」


 気付いているだろうけど、一応は教えてやらないとマウントは取れない。


「この箱みたいな空間はあっちより便利でな、俺だけが好きに創造することが出来るんだ。たとえばここに俺好みのヒロインを創ることだってできる。心春や花恋さんを呼び出すことだってできるし、神に唆されていない純粋なサラを創り出すことだってできる」


 もちろん制限はあるが、即席で適当なパイプ椅子を二つ創って片方に座る。サラにも勧めたが無慈悲に蹴り倒された。


「ふ、ふざけないでください! こんなもの創ったって全部偽物じゃないですか! 心春先輩も、二階堂先輩も、一颯先輩にとって都合よく生み出された、偽物じゃないですか!」

「それを言うなら俺たちだって作りもので本物ではない。情報の塊だ」

「それとこれとは全く別です! たしかに私たちも作りものかもしれませんが、まさかここで永遠の時を過ごすつもりですか?」

「あっはっは! それをサラが言うのかい? 俺を時間の牢獄に永遠に閉じ込めようとした君が、今度は退屈な日々に耐えかねて俺を引っ張り出そうとするのか? ……俺はサラの玩具じゃない」


 俺があまりにも余裕を持って椅子に座っているものだから、この部屋の中で、スクリーンに心境を変化させるだけの何かが映っていたと察したサラは、少しばかり恨めしそうにスクリーンを眺めた。


「いったい何を見たんですか? 一颯先輩がここに残ろうとする理由は何なんですか?」

「残ろうと思ってないよ。でもそっちに戻る理由がないから。サラが俺に戻るのに納得できる理由を提示してくれれば考えるけど?」

「……何が目的ですか?」

「目的なんてないね。ここが特別心地よい場所というわけでもないし、……そうだね、サラが諦めて唯人と恋人になってくれるんだったら戻ってもいいよ」


 お互いに手の内は割れているから俺の言葉が本気で言っているのではないことも気付いている。


 俺が戻った後に、サラはまた前みたいにループをすればいい。ああ、でも俺がまたこっちに戻ってこられる可能性を考えたら意外と通る作戦ではあったのか。


「で? どうする? 絶対の誓約はないからサラの判断に任せるけど、……次はないよ?」

「ぐっ……、でしたら……でしたら……」


 俺が元の世界に戻る最有力の候補はサラが唯人と恋人同士になってサラルートを無事に進行すること。しかしそれはサラの目的に反することであり望んでいない。


 他にも差し出せるものはあるだろうが、肝心のシナリオ進行が滞るような案はすべて切り捨てていい。


 だからサラは迷っている。


 唯人との一時の幸せを取るか、唯人の永遠の時を独り占めするか、どちらにせよハッピーエンドでサラにとっては贅沢な取引だ。


「どちらを選ぼうとサラに損は無いはずだぞ。すぐに決めないならここで新しい世界でも創ってるぞ」

「ま、待ってください! ……そ、そうだ! いくつか質問に答えてください。それで判断します」


 ここまで慌てふためいているのは初めて見るかもしれない。サラが俺の彼女だった時だってここまで焦ったことはないと思う。


 先ほどまで俺が主人公だったときのサラルートを見ていたから、今と印象ががらりと変わっていて面白いと思えるほどには今の俺は余裕がある。


「いいよ、今までサラには全部教えてもらったからね、こっちも教えられることは全部教えるよ」

「それじゃあ、……一颯先輩は心春先輩と二階堂先輩が好きなのではなかったのですか? ここにいたら会えませんよ」

「たしかにね、でもそれを解決する術を俺は持っている。それもここで創造した偽物ではない心春と花恋さんにね」


 先ほどまで見ていた俺が主人公のシナリオは何度でも見返すことが出来るし、見ているだけでなく今までのように世界に入り込むことだって別に可能だ。憑依しているみたいにゲームの操作をしていると思えば分かりやすい。違和感は一切なく、一つの現実と言って過言ではない。


 元はサラが駆け抜けた世界なのだから当然か。


「それはどういう……、いえ、次です――」


 それから質問はいくつか続いた。


 何か本命を思いつくまでの時間稼ぎのように思えるどうでもいい質問からド直球なものまで。


 それでも突破口が思いつかない様子のサラは下唇を噛み締めて、今にも泣き出しそうな表情をしていた。


 ……実を言うと、俺は元の世界に戻ってもいいと思っている。


 作戦を練るだけの時間は十分にあったし、それでサラを納得させられるかは若干不利なところがあるが、これが最善な気がする。


 ここに居残っていても心春と花恋さんに会えないのはやっぱり辛い。唯人たちのいる世界で楽しく過ごしたいと思う気持ちはやっぱりあって、そのためにも元の世界に戻らなくてはならない。


 だけどただでは戻らない。


「サラ、実はな、ここに残っていてもちょっとばかり不都合なことがあってあっちに戻ってもいいと思っているんだ」

「ほ、ホントですか!」


 急にぱあっと表情を明るくさせたサラはこれだけで勝利したかのようにぴょんぴょんその場に跳ねていた。


「でも条件がある。それを呑んでくれるのであればの話だ」

「条件ですか……。素直に言うことを聞けとかだったら振り出しに戻させてもらいますよ」

「そんな強引なことじゃないよ。ただ、お互いに目的が食い違っているからさ、ここは勝負で決着を着けないか?」

「勝負……ですか?」


 こちらから吹っ掛けたことだから警戒するのは当たり前。一歩後ろに下がったサラがわずかに身構えた。


「勝負の内容は少し待っていてほしい、俺は捨て身で挑むわけだからそれなりの準備をさせてくれ」

「……分かりました。それで、勝者は相手になんでも言うことを聞かせられる、なんてありがちな内容でいいですか?」

「まあそっちはそれでいいよ、でも俺は先に教えておくよ。……俺が勝ったら、サラ、諦めてサラルートを最後まで進行させろ。大丈夫、唯人は俺みたいに好きな女の子二人で未練たらたらに葛藤はしないから」


 前半は予想をしていただろうが、後半の未練なんたらの方は全くの予想外だったらしい。ぽかーんと口を開けているが、意味を理解したらしく、そして気付いたようでこちらに詰め寄ってくる。


 そのまま胸元を少々強めに拳で殴られるが、少女の躊躇いが籠った拳など痛くもない。


「一颯先輩、もしかしてスクリーンで見ていたのって――」

「だから古いドラマだって。安っぽいけどそれなりに面白くてな」

「その安っぽいドラマって何なんですか! それ、私のことを指してますよね! 教えて下さい! 何を見たんですか!」


 金切り声にも思える叫びで俺の胸倉を掴んで揺らされる。


 やっぱりサラは壊れ始めた。でも、これでいい。作戦通りだ。


「安心しろ。俺が見たのは君じゃない。君になる前のサラだ」

「……私、じゃ、ない?」

「そうだ、純粋に俺との恋愛を楽しんでいたあのサラを俺は見ていた」

「そう、なんですか……?」


 崩落をぎりぎり免れた石壁のようにぼろぼろで、俺の胸倉を掴む力だけが抜けていく。


 こっちのサラルートには二つのシナリオがあり、一つは俺の見た、神に話しかけられていないサラのシナリオ。


 もう一つは心春と花恋さんを俺とくっ付けるために孤軍奮闘して精神が疲弊した後のサラのシナリオ。


 どちらも根本的なところは同じだが、後者のサラの行動が大きく変化し、そして、最後まで辿り着くことはなかった。





本編に戻りましたが、実はまだ幕間として用意した話は残っています。それをむりやり本編用に修正した章ではありますが、決して手抜きではないので最後までお付き合いくださると嬉しいです。

よかったらブックマーク、ポイント評価のほどよろしくお願いします。

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