15〈心春〉乙女の闘志
ほぼ夏といっても過言ではない時期にはひんやりとした自室に駆け込む。電気も点けずに勢いそのままベッドにダイビングした。
家にいるほとんどの時間を一颯くんの部屋で過ごしているせいで、私の部屋には人が住んでいる温かさをほとんど感じられない。ゴミ箱には紙ごみがわずかにあるだけで、月に一度片付ける程度。
休日にちゃんと掃除はしているから清潔感を保てているけども、掃除をする意味はほとんどない。精々布団をベランダに干すくらいか。
掛け布団を丸め、手足を絡めて抱き着いた。まだ先ほどまでの一颯くんに抱き着いた余韻が抜け切れてなくて、自身を落ち着かせるためにも布団が潰れるくらい力強く抱き着いていた。
とうに卒業したぬいぐるみたちが今は恋しい。私は心を慰めてくれる相手に飢えている。可愛らしいピンク色の布団も、水色の寝間着も、周りの女の子からしたら質素な方だって聖羅ちゃんに怒られた。
壁には好きな俳優や歌手のポスター、彼氏と夜遅くまでの通話。そんな乙女らしいことは何もない殺風景な白い部屋に一人、本当は一颯くんの隣で一緒に寝たい。
でもそれは、兄妹としても、たとえカップルだとしても高校生の持つ考えとしては少しばかりおかしく見られるから。
「分かっているくせに……」
私が一颯くんをどう思っているかなんてとっくに分かっているくせに、一颯くんが私のことをどう思っているかなんて丸分かりなんだから……。
もし、私が一颯くんと付き合ってカップルらしく過ごしたら今とどう変わるかな?
「……あれ? あまり変わらない?」
そんなはずはない、だって、カップルだったらキスとか、そのほかに……そのほかに……。
……何も思いつかなかった。昨年、聖羅ちゃんに「そのままずっと清いままでいてね、あなたは私たちの希望よ」と涙ぐんだ目で話していた理由が分かったかもしれない。
私、何も知らないんだ。遅れている、乙女として出遅れているのかもしれない。一颯くんが何もしてこないのは私が乙女として中身が欠落しているのも一つの原因かも。
乙女ってそもそもなんだろう? 今度聖羅ちゃんか部長に聞いてみようかな。
――ふと、先ほど一颯くんの部屋で見てしまったあのエッチな画像が脳裏に浮かび上がってくる。
「〜〜〜〜ッ」
顔から火を噴きそうなほどに熱い。この世界が十八歳未満御法度のゲームだというならば、少しくらい期待しても……。
「な、なに考えているの! 私!?」
布団の中に丸まって枕に顔面を押し付ける。いつか枕が燃えて灰に変わってしまいそうだ。
「その灰を被ったらシンデレラになれないかな」
そんなおとぎ話に夢を見る歳でもないのに、王子様が迎えに来ないことだって現実を見ていれば分かることだ。
ちょっとだけ、“前の私”に嫉妬する。だって、一颯くんがこんな使命に囚われることのない、きっと純粋な青春を私と過ごしてくれたのだから。
せめて、私の出来ることを尽くす。何か出来ることはないだろうかと真っ暗で何も見えない部屋を見回す。
「あ、……今日の日記書いてない」
もそもそと布団から這い出て、たいして使ってもいないが埃も被っていない卓上ランプを点けると、オレンジ色の温かい光が私の背後に長い影を作った。
椅子に座り、書き綴ろうと紙にペン先を落としたが、今日は出来事が多すぎて何を書けばいいか分からなかった。思っているより私の頭は混乱しているみたい。
一颯くんが倒れたこと? 神のことを書けばいいの? それとも、抱き着いて甘えたこと……?
「もう、どうにでもなれ!」
困ったら全部書けの精神で行を全部埋めたら、黒歴史のノートが完成した。誰がどう読んでも妄想ノート。先ほどとは違う意味で顔が熱くなった。
「どうしよう、これ、事実しか書いてないのに痛々しいよ。消そうかな……」
恥ずかしいながらも読み返してみる。思い出せるように、ゲームでいいのかな? のまとめも書いた。
そして、とある一行に目を留めた。
「あれ? これってもしかして、でも、……そんな、あり得るのかな?」
ゲームには直接関係しない、私だけの都合。でも、わずかに可能性が残されているのなら。
「お願いします。この小さな可能性が私を、……ううん、一颯くんを救ってくれますように」
引き出しから私のお気に入りのピンク色の付箋を取り出し、その一行の上にペタッと貼り付けた。
先ほどの乙女として遅れているなんて考えは撤回しよう。聖羅ちゃんと部長に聞くのも忘れよう。私だけの気持ち、他の人は関係ない。
「私も、れっきとした乙女なんだ」
卓上ランプを消す。光に目が慣れていたせいで部屋が余計に暗く感じた。まるで私の人生お先真っ暗だと言わんばかりに何も見えない。でも、こんな真っ暗な部屋にも、探せばどこかに光があるのかもしれない。もしかしたらロード画面のように時間が解決してくれるかもしれない。
「どうしよう、明日は寝不足かな」
目を閉じても瞼の裏には一颯くんの恥ずかしがる姿が写真みたいに脳に焼き付いていて、私のロード画面はいつまで経っても終わらないのだった。