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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
五章 往年の攻略シナリオ
149/226

149旧花恋ルート 黒竜の少女 後編

「久しぶりだね。召使いさん」


 声をかけると、みすぼらしい格好の王子が驚く。


「…………!」


 王子は少女の声に驚いて顔を背ける。醜い顔を見られたくないから。


 ……ずっとそのまま、顔は見えないはず、……だけど王子は……、こちらを向いたまま顔を上げた。


「はじめまして、ボクはみすぼらしい旅人さ。けして君の召使いなんかじゃないよ」


 セリフは台本通りのもの。……だけど、その声の持ち主はわたくしの知っている翔の声ではなかった。


「こんなボクに声をかけてくれてありがとう。……それじゃあ、さよなら」

「ま、待って!」


 少女は……、わたくしは台本にないセリフを口にしてしまう。そのせいでこの後のセリフのほとんどが頭から抜けてしまった。


 でも、そんなことを気にしている余裕はなかった。


 演技にしては少々抑揚が足りなくて、だけど気にならない程度に様になっていて、かなりの練習を重ねてきたことが窺える自然な動き。醜い顔になるよう泥みたいなメイクを施され、再び顔を隠すような動きを見せた王子は、わたくしの恋人、一颯だった。


「……どうして」


 わたくしのその戸惑いの声は胸元のマイクに乗って観客に伝わる。わたくしの意図とは違った意味で伝わっているだろうが、目の前の一颯には正しく伝わっただろうか?


 王子の知らぬ間に成長した大きな黒翼のことを置き去りに、少女と目を合わせない王子に問う。


「どうしてわたくしのことに気付かないの! わたくしは、ここにいるよ」

「君の知っている召使いはもういない」

「それでも! あなたはわたくしの傍にいてくれた召使いよ!」


 少女とわたくしが入り混じった感情が爆発する。物語の中なのに、少女はまるでわたくしのような、そして、わたくしに背を向けた王子は、本当に一颯がどこかに去ってしまうかのように思えた。


 すでに台本とはまったく異なる展開にどうやって収拾をつけようかとか、考える間もなく一颯は次の言葉をわたくしにぶつけてきた。


「ボクはずっと君のことを見てきた。空に浮かぶ楽園に憧れる君の横顔は美しくて、その横顔を見るのはボクの毎日の楽しみだったんだ。だからいくら話しかけても、ボクが君だけを見ていたと言葉を口にして、君は信じてくれたかい?」


 その問いかけに言葉を返せない。演劇としては致命的な沈黙の間が生まれてしまい、どうにかしないと、と思って口だけをパクパク動かしていた。


 一颯の心がわたくしから背けた。このままでは本当に一颯がどこかに行ってしまう恐怖に、わたくしはその場に座り込んでしまった。


 一颯が完全にわたくしから目を背けた時、またしても予想外の事が起きた。


「少女はまさか差し伸べた手を握ってもらえないとは思ってもいませんでした」


 いつの間にかステージの端に立って台本を読み上げていたのは、心春だった。


 元から決めていたことなのか、わたくしの醜態を見たアドリブなのか、心春はわたくしたちの動きを見て観察してから進行する。


「王子は呪いによる美貌をものともせず、楽園を眺め続けた少女にいつの間にか恋をしていました。ですが少女はいつまでも楽園に憧れ、自分に振り向いてくれることはなく、恋焦がれたまま自分は変わってしまったことに少女のことを見られなくなったのです」


 一颯は恥ずかしそうに指先で頬を掻いた。……これってもしかして。


「どんなに同じ時を過ごそうと少女は王子ではなく、心の奥底に空への羨望を抱え続けていました」


 わたくしたち三人は既に台本の枠から逸れた演劇をしている。だからここからは少女としてではなく、わたくしの思いをわたくしの王子にぶつける。


 観客もいるというのに、高校生活最後の舞台だというのに、どうしてこんなことになっているのかしら。


「……私はあなたが王子であったことを知っています。この翼はあなたが授けてくれたのですから」


 黒翼の美しさは王子の呪いからできたもの。だからきらきらと輝くような美しさがある。


「つまりそれは呪いの翼か。やはり君は人間を脅かす黒竜なのだな」

「ええ、私は黒竜、人間を脅かす者。人間ごときが私を飼い殺すなどありえない」


 少女がいきなり態度を大きくさせたことで何か心境の変化があったことを現わす。それには王子も無視することが出来ず、こちらを向いた。


「じゃあ、どうする? 君はここでボクを殺すのかい? その翼を一度はだたかせれば、ボクは風で彼方まで吹き飛ばされるだろう。……それでもいい。ボクにはもう生きる価値などないのだから」


 大きな動きで一颯は醜くなるようにメイクされた顔を観客に向ける。


 まるで台本のような動き、……もしかしてこうなることが分かっていた? ということは舞衣子と翔が全面的なバックアップをしているわね。


 それに、……なるほど、この後の展開は読めてきたわ。わたくしがこう動くと分かっていてのアドリブの台本。なら、わたくしはそれに逆らわず流れに沿って動けば上手くいく。


「この翼にはあなたの願いが籠っています。あなたの願いであなたを滅ぼせるのであれば、私は満足です」

「覚悟はできている。……これでボクはあなたに見てもらえるのだな。呪いを祓った代償を受けるとしよう」


 きっとこのあとの展開としては、王子に手をかけようとしてそれが出来ず、お互いの愛を確かめ合って楽園へと二人で羽ばたいていく――、くらいの感じかしら?


 でも、そうはさせない。


「――あなたと共に永遠を」

「……え? ちょっ、ま――」


 わたくしは先ほど髪を切ったペティナイフを取り出し、それを自身の首に近づけて、……本気で刺そうと思った。


 心春が驚いた表情の後、すぐに呆れたように小さく笑った。やっぱりすぐにばれちゃうか。


「待て! 早まるな!」


 一颯がこちらに駆けてくる。伸ばされた手はあっという間にわたくしの手を包み込み、指が切れるのも構わず刃の部分を握りしめて奪い取った。


「馬鹿野郎! 君が死ぬ必要はないんだぞ!」

「なら、あなたも命を絶つ必要はありませんよね?」

「それが、君が喉にナイフを刺そうとした理由か?」

「ふふ、こうでもしないと、あなたは私のことを見てくれないから」

「…………あ」


 やっと気づいた様子の一颯は、そわそわと少しだけ不自然に辺りを見渡した。


 心春はもう出番はないとばかりに舞台袖に引っ込んだ。


 照明がお膳立てするように余計な明かりを消し、少女と王子だけのスポットライトの檻を作ってくれた。きっと舞衣子の指示ね。ありがとう。


「私はあなたを愛している証拠を提示しました。では、あなたはどうやって私への愛を証明してくれますか?」

「それは……」


 もはやこれは演劇ではなくて、安っぽいドラマのクライマックス。後でいろんな人から説教やら、からかいやら受けるんだろうな。


 完全に予想外の展開に慌てふためくわたくしの王子様こと一颯に、助け舟を出してあげましょう。


「私の王子様、私が求めているのはたったこれだけです」


 わたくしはおろおろする一颯と胸に手を付いて身体を密着させ、踵を上げた。


 下から見上げるように、目を瞑り、一颯に完全な答えを提示した。


 カランとナイフがステージに落ちた音が聞こえた。そして……。


「……ん」


 わたくしの唇が一颯の温もりによって包まれた。お互いに下手で、押し付け合うようなキスだけど、これ以上に少女と王子がお互いを愛し合っている証拠なんてない。


 うっすらと目を開けば、ぎゅっと目を瞑った一颯と視界の端で暗幕が下りているのが見えた。


 この後に楽園へと羽ばたく演技をすれば完璧だったかもしれない。でも、二人にとってゴールはここだった。楽園はゴールした後のお祝い品みたいなもの。


 だから暗幕が下り切ったあと、ナレーションの子がこの後のことを補足して締めてくれた。


 マイクのスイッチが切れたと同時に、一颯がわたくしの肩を掴んで距離を取った。


「花恋、やってくれましたね」

「ふふ、やってしまったわ」


 舞衣子と翔が手招きしているからそちらに行くと、案の定、二人そろってこめかみを抑えていた。


「おい、演技しろよ。これじゃあ流石に演技じゃないことに気付いた人がいると思うぞ」

「二人ともホントやりたい放題やったわね、後でPTAからクレーム来ても知らないわよ」


 少し離れた所で顧問が苦笑いを浮かべていた。


「いいじゃない。観客は喜んでいるみたいだし。演劇とは到底呼べないけど、文化祭らしくはあったんじゃないかしら?」

「……はあ、後始末が大変ね、一颯?」

「あはは……、やっぱり?」


 一颯はやけにニコニコと笑みを浮かべている顧問に手招きされて、重そうな足取りで向かって行った。


 まさか最後の舞台にこんなトラブルを組み込んでくるなんて考えもしなかったけど、おかげでわたくしは自分の勘違いに気付けた。


「心春、ちょっといいかしら?」

「はい、なんですか? 部長」


 とてとてとやってきた心春はすでに分かっているとばかりの満面の笑み。やっぱり心春もグルだったらしい。


「わたくしね、ずっとあなたの事が邪魔だと思っていたのよ。一颯の隣にずっといて、一颯がわたくしのことを真っ直ぐ見てくれないから」

「そんなことだと思いましたよ。でも一颯くんが部長のことをちゃんと真っ直ぐ見ていたこと、気付いてくれてよかったです。……それじゃあ、これからは部長のことをお姉ちゃんって呼んだほうがいいですか?」

「そ、それはまだ、……気が早いわよ」


 恋のライバルだった心春の姉になると思ったらまだ心の準備が出来ていなくて、恥ずかしくて目で一颯を探していた。


 ちょうど一颯と目が合って、たとえ汚れた顔でも一颯が愛おしい。


「……お姉ちゃん、一颯くんの所に行ってあげて」

「心春! だからまだ――」

「いいから! はやく!」


 心春に押されて、つんのめるように一颯の傍にやってきた。


 上手くいって円満に終わると、これまでの苦労は何だったのかと嘆息する。


 なあんだ、と勘違いして心春に無意味な対抗心を燃やしていた自分が馬鹿らしい。


 馬鹿らしいから、楽観的になって一颯の隣に寄り添える。


 一颯の包帯を巻いた手はわたくしの大胆に切った髪をそっと撫で、優しく抱き寄せられれば、わたくしはそれだけでもう、幸せだった。





旧花恋ルート、完結です。

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