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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
五章 往年の攻略シナリオ
145/226

145旧花恋ルート 行く先

旧花恋ルート開始です。

 小さな手を握ると、赤ん坊のように優しく握り返してくれる。


 でもその手にはいくつもマメがあって、指の付け根辺りの一つを撫でると手の甲を抓られた。


「人の努力の結晶を弄ばないの」

「ごめんなさい、ふざけて触ったわけじゃないんですよ」


 すぐお隣にいる彼女からのお叱りに身を竦めた。


 俺の身長が高校生の平均でもあれば上から見下ろすような身長差だっただろう。演劇部の活動を終え、寮へとその人を送るときはいつもこうして手を繋いで歩く。


 覆いかぶさるように握った俺の男の手は、恋人の二階堂花恋の平均よりも小さい……しかし努力の培われた立派な手を握っている。


 俺自身の身長はそれほど高くなく、花恋の身長は高校三年生の平均をかなり下回るため、二人で街を歩けば中学生と小学生の兄妹と勘違いされることがある、もちろん俺が中学生だ。


 花恋の服装が決まってゴシックロリータなのも、勘違いされる要因となっているのではないだろうか。


「今度の休みはどんなゲームをしたいかしら?」

「最近は対戦型のゲームばかりでしたから、たまにはほのぼのとしたゲームもいいかもしれません」

「そうね、でもそういうのは大抵一人用のしかないから、二人で協力するゲームでどうかしら?」

「あ、それがいいですね」


 花恋はこう見えてかなりのゲーマーであり、父の影響というのもあるが、本人がやりたくてかなりゲームにのめり込んでいる。


 もしかしたら花恋の手にできたマメはゲームによってできたものなのかもしれない。


「ゲームもいいですけど、たまにはのんびり花恋さんといちゃつきたいなって思っていたり……」

「そんなこと言ってわたくしのことをいつまでも離さないじゃない。また夜にこそこそと寮を抜け出す羽目になるわよ」

「今度は絶対に夕方までには離しますから」

「じゃあ今度、わたくしのことを膝に乗せながらゲームをしなさい。ゲームのキリがいいところで離してくれたらいいわ」


 俺と花恋さんが付き合っているということは公にはしていない。


 花恋には女子からのファンが多く、怨念の籠った藁人形を突きつけられたくなくて、こそこそと遅い時間の帰り道だけを一緒に花恋と歩くことにしている。


 俺たちが付き合っていることを知っているのは、心春と城戸先輩、演劇部の数人とあとはたぶん、聖羅にはばれている。


 情報を拡散することが好きな田舎の主婦みたいな性格の聖羅は、しかしそれが自身へと面倒なことに繋がると知っているから広めないでくれているのだろう。


 毎日のように遊ぶことはできないが、部活終わりの学校帰り、俺は花恋を寮まで送って、時にはそのまま食堂で部活の話を装って一緒に食事をする。


 休みの日はどちらかの家に集まってゲームをすることがほとんどだった。


 この街はいろいろと揃っているようで意外とない。商店街だけは別だが、そのため遠出をする機会もあまりない。


 商店街を二人で歩くというのも考えたが、特別ロマンチックな雰囲気にはならなさそうだなといつも選択肢から除外している。


 楽しめればいいんだからありだとは思うのだけど、結局はゲームショップや服屋に吸い寄せられることになりそうで花恋を楽しませることはできるかもしれないが、それは俺が楽しませたことにはならない気がして、納得が出来ていない。


 そうなると、やっぱり一緒にゲームをやっている時が互いに面白い、楽しいと感じられる時間を作れるのだ。


「今度の休み、またゲームをしてもいいのだけど、実は行きたい場所があるのよ」

「外でデートするのもいいですね、どこですか?」

「場所は着いてからのお楽しみかしらね、一颯、電車は大丈夫だったかしら?」

「はい、電車はあまり酔わないので移動手段として最高です」

「相変わらず乗り物は限定されているわね。でも遠くはないし、そこから歩いて行ける距離だから寄り道もいいわね」


 こう話が進むと楽しみになる。目的地が分からないのが惜しいが、それすらワクワク感で埋め尽くされる。


 ただ、こういうデートに自分から誘えなかったというのがちょっと悔しい。


 あまり遠出を好まない俺たちだから、どこかに行きたいという欲がなく、よく考えたら、それを恋人と、と考えればどこにだって行きたい気分になった。


 ほんの少し視野を広く持とう。俺一人の考えではつまらなくても花恋と共に思考を広めれば、味気ない公園すらも俺たちには立派なデートとなる。


「本当にどこか教えてくれないんですか?」

「そんなに知りたいかしら?」

「まあ、どこに行くかさえ分かれば当日に男らしいことも考えられる時間もあると思いまして……」


 花恋は俺の言葉をお楽しみにするかどうかと天秤にかけているようで、うーんと少々考え込んでいた。


 しかしひたすらに隠すような特別な理由はなかったらしく、あっさりと答えを教えてくれた。


「電車でニ十分くらいで降りた駅近くに銀木犀の花を咲かせた公園があるのよ」

「銀木犀? 金木犀ではないんですか?」

「そうよ、銀木犀の変種が金木犀で、オレンジ色の花なのよ。少し早い九月の今に花を咲かせたと聞いてぜひ見てみたいの」


 金木犀がどういう花なのかを詳しくはあまり知らない俺でも、匂いは知っている。甘くて、独特な香りは他の匂いと分別されて認識できたと思う。


「ちなみに、花言葉は『初恋』よ」

「な、なるほど……」


 どういう返事を返すのが正解だったのか分からないが、花恋にとって特別な意味があるらしい。


 文化祭まであとわずか、花恋にとっては高校で最後の舞台となる。


 舞台が終われば引退となり、これからは受験勉強により一層取り組むことになるだろう。


 そうなればこうして一緒にいられる時間も限られてくる。高校から寮への一本道も一緒に歩くことが数えられるほどになるかもしれない。


「一颯? そんなに強く握られると少し痛いわ」

「あ、すみません、……これからのことを考えると花恋が愛おしくて」

「突然どうしたのかしら? いつの間にそんな寂しがりになったのかしらね?」

「俺は昔から寂しがりですよ」

「そうよね、前までは心春とべったりだったもの」


 心春がいなければ何もできないと言っても過言ではなかった俺を解放してくれた花恋を俺は永遠に大切にすると誓った。


「心春の代わり、とか考えていたのなら、もう一颯とは口を利かないわよ」

「そんなこと思っていたりしませんから! 相手してもらえないのは勘弁しますよ」


 俺は心春とずっと同じ時を過ごすものだと、ついこの間までそう思っていた。だけど花恋のことを好きになって、緊張して唇を震わせ、懸命に考えた言葉も噛みながら必死に告白した甲斐あって付き合うことが出来た。


 心春の寂し気な表情を思い出すが、それを乗り越えなくては花恋との先はない。


 今度の休み、何気ないデートだと思っていたが俺の中に何か選択を迫られているような、……そんな気がした。






元、幕間であることに変わりませんが、この今章の後半からは本編を進行するので、長い目でお付き合いください。



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