142旧心春ルート 篭絡
「一颯くん、今度のお休みの日は隣町の喫茶店に行ってみない? この前オープンしたばかりで人気なんだって」
前日の雨が止んでからっと晴れた日の昼休み、俺と心春、聖羅の三人でいつものように席を囲み弁当で昼食をとっていた。
それで聖羅が毎日持ってくる情報の中で心春が目を光らせたのが、グランドオープンしたばかりの喫茶店だった。
俺はマヨネーズのついたブロッコリーを口に運びつつ、嚥下すると同時に迷うことなく頷いた。
「……んく、いいぞ、でも喫茶店なんて入ったことないから案内はよろしくな、聖羅?」
「え? あたしがついて行くの? あんたらのデートでしょうに。イヤよ、イチャイチャ空間にあたしだけソロでコーヒー飲むなんて、ブラックのコーヒーでも勝手に甘くなるでしょうよ」
「……でも、聖羅ちゃん、実は私も行ったことなくて、ちょっと敷居が高いと言いますか……、おごりじゃダメかな?」
「う……、心春、その上目遣いのおねだりは反則よ、こんなのどうあがいても断れなくなるから」
本人は断るつもりなのだろうけども、手はちゃっかり心春の頭を撫でている。……分かる、俺も心春がどうしようもなく可愛く見える時は自然と頭を撫でてあげたくなる。
「えへへ、ありがとう、聖羅ちゃん」
「は! いつの間に……、一颯はいつもこんな心春に篭絡されてんの?」
「心春のおねだりからは逃れられない。諦めろ」
聖羅は寮のキッチンを借りて毎日作っているという弁当の生姜焼きを、心春に親鳥のように与えながらにへらと笑った。どうやら完全に篭絡されたらしい。
「あんたら付き合っているというのに、毎日あたしと一緒に弁当突いてていいの? 五階の空き教室なんていちゃこらするのに最適だというのに」
「聖羅ちゃん、私たちは二人きりの空間よりもみんなでお弁当を食べた方が楽しいんだ。だれか欠けて食べるご飯って、あまりおいしく思えないから」
自分で言ってて照れながら卵焼きを齧る心春は、最後に聖羅へ向けてはにかんだ。
それが聖羅にはクリーンヒットしたみたいで、箸をポロリと机に落とした聖羅は、油の切れたロボットのようにぎぎぎとゆっくりこちらを向いた。
「ねえ、一颯、心春を頂戴。絶対に一生大切にするから、誓約書を書いてもいい」
「聖羅なら心春を困らせることがなさそうだからちょっと怖いんだけど、悪いな、心春は俺の彼女だ。誰にも渡さん」
「い、一颯くん、ちょっと恥ずかしいよ」
近くにいたクラスの女子が何人かこちらに反応している。羨望の眼差しを心春に向けているのが見ずとも分かる。
逆に男子たちは恨めし気な視線を俺の背中に刺してきている。見ずとも分かる。正直俺も恥ずかしいし、いろんな意味で痛い。
俺と心春の関係なんて義兄妹のことも含めて知れ渡っている。義兄妹のカップルなんて全国的にも珍しい関係が目の前にあるということで興味を持っている人が意外と多いのだ。
珍しいといえば、この学校にはそれなりに珍しいと言える人物が何人かいる。
俺たちのような義兄妹のカップルや、高校三年生でありながらまるで童女のように、そして人形のような演劇部の部長である二階堂花恋先輩、他に海外からの移住が原則禁止されているこの日本国では希少なロシア人との“クォーター”の一年生、三好サラ。
この学校だけの狭い範囲で見てみればもっといる。
たった一人しかいない謎の図書委員や語尾が『のじゃ』で一人称が『ボク』の少女、他に寮の方では個性の塊みたいな男子生徒がいるとか。
脱線してしまったが、年頃の少年少女たちは恋に敏感なのだ。俺が一人でいる時とか、女子が声をかけてきて恋人になってどんな気持ちなのか聞いてくることがある。
今までがずっと幼馴染みたいな関係だったがために、あまり変わらないというのは俺たちだけな気がするから、答える時はいつも迷う。この前にあったことで例えばだが……。
「ねえ、霜月君はさ、えっと……霜月さん? とは同じ家に住んでいるんでしょ? なんかムラムラってするときってないの?」
「ド直球だな、あと俺たちのことは名前で呼んでくれていいぞ、言ってて面倒くさいだろ」
興味本位で近づいてきた人たちには大抵こんな会話をすることになる。
それといつの日だったか、女子が何人かで俺が一人でいるときを狙ってこんなことを聞いてきたことがあったのだ。
「一颯君と心春さんがいつも一緒にいたことは誰もが知っていることだけど、むしろどうして今まで付き合っていなかったのか不思議なくらいでさ、何かきっかけがあったら聞いてみたかったわけ」
「……なるほど、それで推測した結果が、俺が手を出したんじゃないかってことか?」
「うん、そう。意外と手が早そうなイメージだし」
「おいこら、偏見だぞ」
失礼ながら聖羅の同類ということで遠慮の幅も狭いらしい。
「でも一颯君って演劇部の部長や一年生の三好さんとも仲がいいじゃん? それで一番相性がよかったから選んだのかなって」
「心春たちに失礼だろうが! それに俺は手を出してないから」
「うわ、堅実過ぎ、もう少し二人でべたべたした方が良くない?」
話が長引きそうだったが、次の授業が始まるからと中途半端で移動教室に行ってしまった。
もっとべたべたした方がいいと言われて、そんなに恋人らしくないのかと今までを思い返した。
……たしかに、校内で二人きりでいることは少ないし、家に帰っても一緒にゲームをして、たまに一緒の布団で寝る……までしかない。これ以上がない。
当時はどうすればいいのかすぐにぱっと思いつかなかったが、今では寝る前に軽くキスをする程度にはなった。それに、ちょっと考えが行き過ぎて心春の臀部に触れてしまったのはこの会話が原因だったりする。
教室に戻るときに聖羅と一緒にトイレから帰ってきた心春とばったり会った。
べたべたするというのがどういうことか分からなかった俺は、たしかここで……。
「えと、一颯くん? どうして私は肩を抱かれてるの?」
「……なんでだろう? こうしていたいから?」
「あんたら、なんか間違ってるよ」
聖羅の冷静なツッコミに俺は苦笑いを浮かべた顔で黙って頷く他なかった。
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