140旧心春ルート 〈心春〉心拍に誘われて
雪が降るわけでもない都心の腑抜けた冬の深夜は、それでも雪が積もった後のような静けさが一颯くんの部屋を支配する。
というのも、この時期は毎年、私は元気を失くして一颯くんの部屋で膝を抱えているのだ。
私が一颯くんと付き合う以前、まだ幼馴染だった頃の延長戦はまだ続いていて、夜、寝る時間になっても私は自分の部屋に戻ろうとせずそのまま一颯くんの布団で丸まる。だって落ち着くんだもん。
「また、この時期か」
「今度のお休み、バスで行くんだって」
「……酔い止めを買っておこう」
一颯くんの父さんと、私の母さんが眠る墓地はここから十分ほど歩いた所にあるバス停から終点まで、車酔いが酷い一颯くんの為に、まだマシなバス移動を父さんは選択してくれた。
今度の休みが二人の命日であり、中々家族そろって墓参りも出来ないからちょうどいい。
距離もあって毎月とはいかないけども、やっぱり年に一度は母さんに私が頑張っているところを見せたいものだ。
「今日もこっちで寝るか?」
「うん、寒いし、一颯くんがいると落ち着くから」
「それじゃ枕は……、もうこっちにあるんだな」
「抱き枕もあるよ」
それはつまり一颯くんの事なのだが、逆に一颯くんにも抱き枕があるということ、寒い夜に人肌は心地よかったりする。昔からの習慣になっている。
寝苦しいとか、そんなのは長年こんなことをしていれば自然と解消する。互いが互いをあやすように寝かしつければあっという間だった。
恋人同士になってこんなこと聖羅ちゃんが聞いたら鼻息を荒くさせて問い詰めてくるかも。他人に知られたらもっと面倒くさいことになるような行為だし、だって年頃の男女が毎晩同じ布団で抱き合いながら寝ているとか、いわゆる何も起きないはずがなく? とかいうのに違いない。
恋人同士になって変わったことと言えば、なんだろう?
寝る前に恥ずかしがる一颯くんの唇にさり気なくキスをすることくらいかな? 父さんのどこか寂しそうに私のことを見るようになったこととか? 私たちが一緒にいると母さんがにっこり微笑むことが多くなったこと……かな?
なんにせよ、特別大きな変化はない。いや、昔に比べてキスをするのは大きな変化かもしれないけども、なんか私たちは幼馴染の延長線から外れていないのだ。
電気を消して静かに布団に入ると、お互いに顔は見えなくなるけどもそれだけ触れ合った時の感触ははっきり伝わってくる。
暗闇の中、ふと唇に伝わってくる柔らかい感触、今日は一颯くんからしてくれて嬉しい。何度もねだった甲斐があった。そして暗闇で感触がはっきり伝わってきている分、いつまで経っても恥じらいを忘れない初々しいキスだった。
どくどくと血流が激しくなるのが健全な男子高校生なのかもしれない。一颯くんの心拍が早くなった。
私はいつも通り、もぞもぞと身体をくねらせて布団の中へと潜る。
枕なんてそっちのけに一颯くんの胸元に頭を押し付けた私は、そのまま就寝の態勢に入る。
ぽつねんと主を失った私の枕を片手で遠くにずらして布団に直に寝ようとすると、一颯くんが腕を出してくれる。素直に少し頭を上げたら隙間に差し込んでくれた。
「そんな変な態勢で寝たら寝違えるぞ」
「一颯くんがいるから大丈夫」
「答えになってない」
「ベストアンサーだよ」
「まったく……」
付き合い始めて数か月、いまだ恋人らしいことを出来ずにいる私たちは、結局恋人らしいことをしつつ、恋人とは何なのか考えるようになってしまった。
こんな状況で考えるのもおかしな話だが、これ以上の展開にならないからもどかしくもあった。
聖羅ちゃんに聞くという手もあったけど、そんなこと聞いたら一颯くんがいつもの一颯くんではなくなる気がして、本人も介入しすぎてしまう癖を自覚しているのか私たちの関係に強く踏み込んでは来なかった。
しかし、そうなると本格的にどうすればいいのか分からなくなってしまい、私たちはいつも通りを続けていた。
無防備にいろんなところを晒したら、どんな反応を見せてくれるだろうか?
……手を出されてもいい覚悟はできているけど、やっぱり怖くて、きゅっと一颯くんの胸元を掴んでいた。
一颯くんの手は私の腰に添えてある。手を少し下にずらすだけで……、私は寝たふりをして、私たちは恋人だから問題は無い……。
だから、少しだけ、……少しだけ、そんな期待に応えるように、一颯くんの手は私の臀部へと伸びていた。
恥ずかしいけど、緊張しているのが伝わってくる。一時の気の迷いみたいで、掴まれたまま硬直しているみたいに動かない。
一颯くんの頭の中では、とてもイケナイことをしていることで背徳感に苛まれているのだろう。
少し落ち着けば余裕も出てくると思うけど。……あ、揉まれた。
「えっと、何してるのかな?」
「あっ、心春、……起きてた?」
「ううん、目が覚めたの、なんか一颯くんの邪な波動を感じたんだ。今だって、……ね?」
「ご、ごめん!」
慌てて手を離す一颯くんだけど、離れたら離されたでちょっと切なくなった。
もっと私のことを求めて欲しいと願うのは我儘だろうか? でも、いつか幼馴染の域を超えて、愛し合いたいと思うのは間違っていないはず。
すっかり暗闇に目が慣れたせいで、一颯くんの目が泳いでいるのが分かる。
単純な女とは思われたくなくて、ちょっと意地悪をする。
「もう、一緒に寝ない方がいい?」
「そういうわけでは……、度胸はないから大丈夫だと思う」
「その割にはしっかり掴んでいたけど、……まあいいよ、少しくらいなら、一颯くんだし、何かあっても受け入れる心構えは出来ているつもり」
「え? それって……」
「じゃあ、おやすみ、……ほどほどにね」
捲れた布団を頭まですっぽり被った私は、そのまま耐えるようにじっとする。
お仕置きとばかりに一颯くんの胸元に耳を当てて。
これから私は一颯くんに何をされても寝たふりを続けるだろう。大丈夫、何も起こらない。確信がある。
でも、それでもし何か起きるのであれば、……つまりはそういうこと。私たちは大人の階段を上るだろう。
いつまでも子どもじゃない。私をのけ者に一颯くんと聖羅ちゃんがそういう話をしていたのを知って、私なりにいろいろ調べた。……調べてしまった。
結局、この日は何も起きることなく、徐々に落ち着いていく一颯くんの心拍に誘われて眠りに就いてしまった。
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