14ギャルゲー 検索結果
はっきり言って俺の身長は男子の平均よりも明らかに低い。朝礼などで整列するときなんかは『前ならえ』で腰に手を当てるほどではないが、前から五番目より後ろに並んだことはない。聖羅と同じ身長だ。一センチは誤差の範囲。
女子の平均程度なために、俺よりも背の低い心春は男女別で整列すると隣同士になることも少なくない。放課後に二人で町を歩けば中学生のカップルに見られることもしばしば。……近所の高校なんだから制服で気付いてください。
俺は女装が趣味では決してない、一切ない。俺は……、俺と心春は演劇部に、部長に見出されてしまったのだ。俺には女装の才能が、心春には男装の才能があることを演劇部へ拘束連行されて詳らかにされた。
普段は小道具制作など裏方仕事を手伝っている俺たちだが、昔に名前のないアンサンブルとして劇に出演したことを学年の誰も知らないはず。部内で箝口令が敷かれているから同学年でもばらしたりしない。
心春に俺が女装を公にするのか尋ねられたが、あれは演劇の場以外で披露するのかという意味だ。
「どうやら佐久間悠一は俺の女装をシナリオに組み込んでいるようでな、七月の前半に、どこかで唯人に“謎”を出さないといけないらしい。これにアドリブは禁止されていて、必ずシナリオ通りにしないといけないみたいだ」
「それと女装がどう関係するの?」
「分からない、でも、オリジナルを作ってもいいとシナリオを俺たちに託したあいつが、これだけ強調してアドリブを禁止するなんて、……何かの伏線でしかないだろ」
ほとんどのシナリオが白紙である以上、今後の展開にどう関わってくるかなんて分かったものじゃない。下手に動いてストーリーが破綻してしまったら困るのは俺なんだから。
女装の話はこれくらいにして、俺は机上のPCを起動させる。
「心春、椅子の半分あげるから座りな」
「うん、ギャルゲーについて調べるんだったね」
噂程度の知識しか持ち合わせていない俺たちでもできうる限りのことを尽くさないといけない。その取っ掛かりとして、まずは根幹を調べることは今後の意欲に繋がるだろう。
しかし検索欄にどう打ち込めばいいか分からずそのまま『ギャルゲー』と検索をかける。ほんのわずかな読み込みの後、画面には可愛らしい少女のイラストが描かれたパッケージがいくつも並ぶ。
「主に魅力的な少女が登場するコンピューターゲームのことで、ギャルゲームの略なのか。もう少し内容に触れた画像ってないかな……」
画像を検索し、上から下にスクロールしてギャルゲーとはどういうものなのか流し見していく。
一枚絵でもない限りはキャラクターの立ち絵が画面内に並んでいるのが絶対で、画面下にはセリフを文字で起こされている。一枚絵には幸せそうに笑顔を浮かべる少女や戦闘シーン、はたまた残酷な描写もあった。ただの恋愛シミュレーションゲーム以外にもあるのかと幅の広さに不安を覚えたが、俺は一度ノーマルなエンドを迎えているから大丈夫と自分に言い聞かせた。
気になった箇所があればそこで止めて画像を確認する。
たまたま気になった画像の隣にキスシーンなのか、主人公らしき男の子とキスをしている少女の一枚絵で手を止めてしまった。
「…………次にいこうか」
「うん」
気まずい。沈黙が痛い。
こうなってしまったのも俺がこの画像を見つけた瞬間に黙りこくってしまったのが原因だ。普段ならこれくらいどうってことはないはずなのだが、卒業式に、それも俺にとっては今日、心春に告白しようとしたのが頭をよぎってしまって声が出せなかった。
どうしよう。いまさらだけど心春とは身体が密着しているせいで深く意識してしまいそう。浅く耳元をくすぐる呼吸、身をよじる際に聞こえる布切れの音、布越しに伝わる肌の感触。寝間着の第二ボタンまで外しているから見えてしまっている無防備な胸元。他にもいい匂いとか、……視覚、聴覚、触覚、嗅覚を刺激されてくらくらする。
これ以上視線を向けてはいけない。熱くなった頬をなんとか冷まさないと怪しまれないか心配だ。
椅子に座ったままそっと窓をわずかに開けると、程よく冷えた隙間風が入り込んでくる。程よく火照った頬を冷ますことが出来そうで、そのままギャルゲー調べの続きに戻ろうとすれば心春がブルッと身体を震わせた。
「湯冷めかな? ちょっと寒いね」
「寒いならこれを着るといいよ」
椅子の背もたれにかけっぱなしだった薄手のパーカーを心春の肩にかけてやる。心春には悪いがしばらくの間窓は開けっぱなしにさせてもらう。
昔の感覚を取り戻しつつ、先ほどのキスシーン画像を忘れ去るように下へとスクロールしていく。
――そこで、事件は起こった。
「あっ…………」
「〜〜〜〜ッ」
ちょっと十八歳未満が見てはいけない画像が画面のど真ん中に。上へと急いでスクロースしようとしたところ、PCによくある謎のカクツキ。
発見してからわずか二秒の出来事。思春期の高校生にはこれだけの時間があれば十分すいるくらいに脳に焼き付けることが可能だ。
そっと右上の赤いバツボタンをクリックし、青いデスクトップまで戻す。マウスから手を離し、身体を心春とは逆向きに反らしてから口を開く。
「な、なあ、“このゲーム”て、十八歳未満御法度かな?」
「……うん、そうなんだって」
「……聞いたんだ」
「聞いちゃった。……ごめん」
「謝らないでくれ。全面的に俺が悪いから」
先ほど開けた窓の隙間に顔面を突っ込んで大きく息を吸う。鳥肌が立つほど肺の中に冷えた空気が充満し、痛くて苦しくなったところで勢いよく吐く。
さすがに寒気がしたので窓を閉めた。心春は半分しか使っていない椅子の上で器用に膝を抱えて視線を膝の間に落としていた。
耳の先が赤くなっている。もしかしなくても恥ずかしがっているのではないか、……可愛い。
……こほん。なんとかフォローしなくては気まずいまま明日が始まってしまうからなんとかしないと。
「一颯くんはああいうの、好きなの?」
「…………へ?」
「エッチなこと、したいと思うの?」
思考が変な方向へと回転を始める。回れば回るほどに脳内がピンク色に染まり、心春を直視することすら羞恥心を覚えるようになってくる。
「な、ななな何を言っているんだ! そんなわけないだろ、変なことは聞かないでくれ」
「そうなんだ、……えいっ!」
「――ッ!」
横から素直に抱き着かれた。いたずら心が働いてこんなことをしているんだろうけども、あまり……からかわないで、ほしい。今の俺は、ちょっとおかしい、から。
「は、離れてくれないか? 俺は……男だぞ」
「なあに、それ? でも、いいよ、あと五分抱き着かせてくれたら離れてあげる。だって、一颯くんはエッチなことは考えないんでしょ?」
「…………」
「ちょっと肌寒いかな、抱きしめてくれるとうれしいな」
「…………うん」
一つの椅子に二人で座り、上半身だけ向かい合いながら抱きしめ合うという端から見れば不思議な光景。すでにやけくそ気味ではあったが、心春の頭を俺の胸元にぽすんと収めてやった。
同じ屋根の下に住んでいても使うのは違うシャンプーで、赤ん坊とは違うミルクのような甘い香りが鼻孔をくすぐる。匂いを嗅いでいるのがばれなきゃいいけど、心春も俺の胸元に顔を押し付けているからお相子だ。
そういえば、いつもは心春から抱き着いて来るから、一日に二回も彼女を抱きしめるなんて久しぶりかも。抱くこと自体も久しぶりで、女の子の華奢な体躯を抱く力加減が難しい。たまに後頭部を撫でてやると、気持ちよさそうに猫の如く頬を胸に擦りつけてくる。
腹部に当たる柔らかい二つのふくらみにどぎまぎしながらもきっかり五分をこの態勢で過ごした俺は、バッと心春の肩を掴んで離れさせた。
「心春、…………参りました」
「素直でよろしい。一颯くんも男の子なんだね」
椅子から立ち上がった心春はパタパタと扉の前に駆け寄り、静かに扉を開いた。
わずかな隙間に身を滑り込ませ、顔だけをこちらに覗かせた状態で小悪魔のような笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、おやすみ、明日から頑張ろうね、一颯くん」
「ああ、おやすみ」
パタンと小さく音を立てて閉まる扉をしばらく見つめ、両親が就寝しているから音を殺しながら部屋に戻っているだろうと考えなくてもいいどうでもいいことに思考を働かせて、俺はああ、と天井を見上げながら声を漏らした。
……かなり傲慢な話ではあるが、俺が心春に告白すれば、俺の望む二つ返事を返してくれる自信がある。俺の気持ちは心春に、心春の気持ちは俺に、ある程度口にせずとも伝わっている。だから自信がある。
でも、今の俺は心春から返事を貰ってはいけない。今の心春には関係のないことだったけれども、話さなかった事実が俺の感情に抑制の鍵を掛けていた。
「だって心配かけたくないもんな……。誰かのルートで、必ず一回は『バットエンドを迎えろ』なんて……」
PCをシャットダウンし、部屋の電気を消して布団に潜り込んだ。
今の話とは関係なく、困ったことが一つ――。
心春に抱き着かれた、抱き締めたときの興奮には鍵を掛けてくれないものか。目が冴えてこのままじゃ寝られそうにない。
「明日は寝不足かな……」
それでも夜は俺の意思とは関係なしに更けていく。ゲームみたいにいきなり朝になってくれればいいのに。