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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
五章 往年の攻略シナリオ
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137もう一つのスタート

 誰の言葉を耳に入れることはなく、口数を減らしながらもなんとか学校には通っていた。


 先ほどまで元気だった俺が授業終わりに様子がおかしくなっている。聖羅を筆頭に加賀美先生や他のクラスメイトが俺のことを気遣ってくれていたかもしれないが、他人の言葉が俺の耳に届くことはなかった。


 体調が悪いから、単にそんな理由でいつしか学校を休むようになると、そこからは力なく坂を転がるように堕落していった。


 勉強はしなくても点数は取れて、そのループ内ではぎりぎりの出席日数で卒業はなんとか大丈夫だったがそんなことどうでもよくなっていた。


 見た目の状態はともかくテストで実績を残してしまう俺の不可思議な行動に異議を唱えることができず、周りは俺がいつかちゃんと元通りになってくれると信じ続けてくれた。


 心春が俺を真似て学校を休んだ時もあったが、一人になりたいと一言告げれば、寂しそうに一人登校するのだった。


 花恋さんがお見舞いに来たこともあったが、俺はもう誰かの顔を見ることが怖くて、部屋の扉を開けることはなかった。


 扉越しに一言二言会話して、最後に何か励ましの言葉を貰った気がする。


 何もできないからストレスが溜まり、でも寝ることも出来ず食事も喉を通らず、痩せこけてしまった俺はいつの間にか部屋で倒れていて、心春と母さんに声をかけられながら、救急車に乗せられて入院させられてしまった。


 瞬きもせず、忙しなく変わっていく景色を眺め続け、心春と母さんの悲哀な声が遠くで聞こえるのだけは分かった。


 久しぶりに誰もいなくなった深夜の病室に誰かが入室してくる。俺を現実に繋ぎとめようと誰かがずっと手を握っていてくれるのを感じる。


 それはとても安心できる柔らかさで、とても久しぶりにやってきた微睡は俺を一時の夢の世界へと旅立たせた。


 遮光カーテンに陽光は遮られ、目を覚ました時、知らない天井の染みに笑われている気がした。鬱陶しいチューブに繋がれた自分の身体を見下ろして、俺は改めて完全に敗北したのだと知らしめられた。


 隣に心春がいて、壁の電波時計で日付と時間を確認すると今日は平日、それも昼過ぎだった。わざわざ学校を休んでまで俺に付き添ってくれていたのだ。


「一颯くん、おはよう。よく眠れた?」

「……ああ、俺はちゃんと寝ていたんだな」

「そうだよ、苦しそうにうなされながら、額に汗をかきながらも、やっと寝てくれてよかった」


 俺の手を握る心春の手は温かくて、それだけで微睡んでしまいそうに気持ちが良かった。


 何も事情を知らないはずなのに、心の奥底から優しく包み込んでくれる温もりに全てを委ねたくなる。


 そうすれば何もかもが楽になる。サラが満足するまでの途方もない時間を、俺は最愛と寄り添いながら過ごすことが出来る。


 そう思うと、俺は心春の手を握りしめていた。


 全てを諦めた瞬間だった。


 思考を停止し、薬品の匂い香るベッドの上で、弱々しい力で心春の手を抱き寄せた。


「どうしたの?」


 心春の問いに、俺は答えられなかった。


 ただ愛おしい温もりを抱き寄せて、それに甘えたかった。


 それでも心春は俺の意図を汲み取ってくれて、ベッドに腰かけて俺の頭を撫でてくれた。


 虚ろな目をしているであろう俺に優しい声で囁くように鼻歌を歌い、寝かしつけるように、もう一度頭を優しく撫でてくれる。


「おやすみ、一颯くん、私はずっとそばにいるからね」


 今まで摂らなかった睡眠が腹を空かせたように襲い掛かってくる。


 早く寝ろと促され、額に何か柔らかいものが触れた時、お呪いに掛かったように俺は瞼を下ろした。


 夢は何を見ていただろうか? 特にこれといって楽しい夢を見た気がしない。だからといって辛い夢でもなかった気がする。


 なんだろう? 今も夢の中なのに、まるで現実のような重苦しい感じ。


 夢だったらもっとふわふわしているのかと思ったら、意外と現実と変わらないみたい。


 ここが夢だとはっきりわかるのは、周りを見れば一目瞭然だ。ここは病院ではなく、どこか屋外、知っている街並みだと思ったけど、どこか違う気がする。


 目の前の一戸建ての表札を見てみると、そこには『霜月』の名前がある。


 俺の家だ。こっちに引っ越して来てからずっと四人で住み続けている俺たちの家。でもどうして周りの家々は少し雰囲気が違うのだろうか?


 やけに軽くなった脚を動かして玄関の扉に手をかける。家の鍵は開いていた。玄関をくぐると今度は俺の記憶と一致する室内が迎えてくれる。


「どういうことだ?」


 室内の構造は同じ、まさか他人の家とは思えず、勝手ながら上がらせてもらう。リビングにはいつも食事をしている木のテーブルと椅子、大型のテレビがあって、キッチンにある食器は使い慣れた皿が水切りに置かれていた。


「俺の家で合っているのか?」


 確証が持ちきれず階段を上がって一つの部屋に入ると、やっぱりそこは俺の部屋だった。


 部屋の隅に畳まれた布団と、壁に向かって設置された簡素な机、通学カバンは適当に放り出され、出し忘れた弁当箱が鞄の口から覗いている。


 そして、部屋の中央には座布団を畳んで枕代わりにし、お気に入りの少女漫画を読む心春の姿があった。


「あ、一颯くん、おかえり、今日は遅かったね?」

「ああ、ただいま、ちょっと寄り道したから」


 駄菓子屋に寄ってラムネを買ってきた、なんて覚えのない記憶がふと湧いた。


 俺の知っている心春と寸分違わない。ふわふわとした髪は右側に一括りにしたサイドテールで、部屋の中では俺が居ても気にせず短パン姿でラフな格好。化粧をしなくてもくりくりとした丸い目は可愛らしくて、笑うことが得意で目を閉じていても笑顔に見えてしまう。


 今日は学校側の都合で五限までの授業、余った時間を持て余したから商店街に繰り出し、最近暑くなってきたからお土産に駄菓子屋でラムネを買ってきたのだ。


 少し散歩に行ってくると言ったわりに遅くなったから心春は一人漫画をここで読んでいたのか。


 ……ここは本当に夢なのか? 先ほどまで病院で寝ていたのが夢で、こっちが現実ということは……、いや、ちょっと待て。


「心春、今日って何日だ?」


 俺はあることに気付いて心春に声をかける。もしそうなのであれば――。


「今日は……、七月の十日だね、そっか、そろそろ期末テストの勉強をしないといけないね」


 俺はカバンをひっつかみ、奥底で眠らせていたままのプリントを全て引っ張り出す。


 覚えのない記憶を頼りに一枚ずつ、「これじゃない、これじゃない……」と呟きながら探していると……。


「あった、これだ、……やはりそうか」

「何を探しているの?」


 心春が気になって俺の右肩から顔を覗かせる。悪いがこの話は俺にしか分からないことだ。


「二年になってからの座席表、……やっぱり俺は夢の世界に放り出されたみたいだ」


 俺が手に持った座席表は、先日、席替えをした際に加賀美先生が作ったものだ。これはたった二日前に作成したものであり、本来ならあるはずの名前がなかった。


 記憶と座席表が一致する。間違いない。


「この夢は、俺が主人公だったときのゲームシナリオだ」


 俺の隣の席に、唯人の名前が無かった。不自然に一つだけ開いた空白がそこにあった。







久しぶりの週二投稿です。今章はこのペースを保っていきたいと思います。ダメな時は時間のある時にまとめて投稿するかもしれません。

これからも頑張って執筆していくので、ブックマーク、ポイント評価等、よろしくお願いします。

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