13制服(女子用)
家には着いた。だけど俺はどんな顔をして玄関をくぐればよいか考えて足に枷を着けてしまう。
体調が悪くて血まで流したというのに、寄り道をして親に心配を掛けてしまった。
「ただいま……」
リビングの扉を押し開ければ、母さんと父さんが慌てふためいた様子で駆け寄ってくる。
「一颯! 体調は大丈夫なのか? 倒れたと聞いたのに寄り道までするって心春に聞いて、心配したんだから」
「ご、ごめん、でも、ほら! 今は元気いっぱいだからさ、……心配かけてごめんなさい」
二カっと笑って無事なことを見せつけようと思ったが、本気で心配してくれている親に空元気や下手な嘘は吐けなかった。
親を信用していないわけじゃないが、神……、佐久間悠一のことをとてもじゃないが話すことはできなくて、どうしても気分転換がしたかったと、これだけは嘘を吐かせてもらった。
母さんは夕食をどうしようかと悩んでいたらしく、キッチンには冷や米、卵、ネギ、海苔が並んでいる。あれは我が家で病人に作られる雑炊の材料だ。
危ない、もう少し帰るのが遅かったら俺の夕食が病人食になるところだった。
「あまり、父さんを心配させないでくれよ、一颯」
「うん、気を付けるよ」
……それは“父さん”のことではないが聞いて確認するほど無粋なことはしない。俺が肝に銘ずればいいだけ。
先ほどは雑炊に気を取られていて気付くのに遅れてしまったが、スパイスの効いたそれはもう美味しそうなカレーが匂いをリビングに充満させていた。
母さんが雑炊を作るかどうか聞いて来る前に俺の腹の虫が夕食を催促する。
「すっかり元気のようね。さ、手洗いうがいして、着替えてらっしゃい。今夜はカレーよ」
「はーい!」
二人で声を合わせれば、いつも通りの霜月家に戻る。そうだ、昔から俺たちはこうして笑って過ごしていたじゃないか。
放課後の頭痛や吐き気とは違う意味で心配されるほどバクバクと口に運んではおかわりを要求。昼食を吐き出してしまった分、このままじゃ腹が減って夜中に起きてしまうことがないよう黄金色のカレーを口に運び続けた。
食べ過ぎの心配はされど、止めようとはしない。福神漬けの瓶を空っぽにしようと怒られない。母さんたちの温かい目に見守られながら食べる夕食は最高だった。
――食事を済まして風呂にも入り、歯を磨いてしまえばあとは寝るだけ。床に布団を敷いて夜が更けるのを待つ。風呂で額の傷が沁みたが気合で踏ん張ればなんとか耐えられた。
今後のために心春と相談することが山のようにある。いつも通り、布団に女の子座りした心春の背後に座ってブラシ片手に髪を梳かしてあげる。
この状態のまま何から話そうか長考し、結局は初めから話すことにした。
「心春はこの世界がゲームだということは聞いたんだろ? というかどこまで概要を聞いたかな?」
「ええと、一颯くんがノーマルエンドを終えたことと元は私がヒロインだったことくらいかな……。あとは、えっと……何もないよ!」
慌てた様子で頭を左右に振った心春に疑問を持ちつつも、神が話してないことを中心に話を拡げていこう。
「明日、俺のクラスに転校してくるのが椎崎唯人ってやつで、こいつがゲームの主人公だ。俺は唯人の面倒を見るような“仲のいい友達”。心春は主に一部ヒロインの相談役を担うことになる」
心春も俺たちの輪に加わってストーリーは進行するのだが、出番はそれほど多くないことも伝えておく。
「ヒロインって四人いるって言ってたよね? 陽菜ちゃんは聞いたけど、後の三人は?」
「あいつが書いたシナリオの一人目が月宮陽菜、以降はシナリオがほとんど白紙で、二人目は神楽坂聖羅だ」
「聖羅ちゃんがヒロインなの!? 驚いた……、ギャルだけどなんだかんだ恋愛には興味なさそうに見えたから」
「俺もそう思っていたさ、まあとりあえず先に進めるとして、三人目は学年が一つ上がって三年の図書委員である小鳥遊真奈美。四人目は学校でたまに耳にする露国と日本国とのハーフである一年女子の三好サラ。この四人が唯人と仲がよくて、恋愛に発展する攻略対象者だ」
聖羅の印象が強かったせいか、後の二人にピンときていない心春。三年生で俺たちが知っているのは部活の先輩方くらいで、図書委員の先輩には会ったこともないかもしれない。
一年の三好サラに関しては入学式を終えてしばらくしてらちらほら耳にするようになった女の子。ここ、日本国において、建国時から外国人の入国規制が極めて厳しい中、ハーフとはいえ、日本国に定住していることは珍しい。
これに関しては『登場人物プロフィール』なるものを閲覧できたのだが、これまたぶちぎれたくなる案件の為、今回は割愛。
「私が相談を受ける相手って陽菜ちゃんと聖羅ちゃんかな?」
「そのようだよ。プロフィールを確認したところ、小鳥遊先輩は友達に相談するみたいだし、三好さんは唯人本人に相談を持ち掛けるらしい」
夜の遅い時間に俺も心春も連絡が来るそうで、寝不足に悩まされるかもしれない。休める時にしっかり休むのもシナリオを順調に進めるコツなのかも。
「それとだけど……、心春、お願いがあるんだ」
俺はおもむろに立ち上がり、クローゼットの前に立つ。最近は俺と心春の所属する演劇部での仕事がなかったせいで奥にしまい込まれているそれを引っ張り出す。
「一颯くん……、もしかして、ついに公に披露するの?」
「そのまさかだ」
恥じらいはある。しかし、一度伸ばした手を少し震わせながら掴んだそれを心春の前に出す。
これは紛れもなくわが校の女子の夏服。ちゃんと俺のサイズに合わせてある。
「ブランクが長いから、夏服でも通用するよう“元に戻す”のを手伝ってくれ」