127真奈美ルート エピローグ
……え? なんだこれ?
気が付けば俺は情報の海を漂っていた。
漂う前は突然のことに慌てふためき、自由も利かずに雰囲気に溺れていて、なんとか今は落ち着いたところだ。
辺りを見渡してもどういう場所なのか詮索は謎の力で封じられている。ただ、いつもと何か違うことには気付いていた。
同じ、数字の流れる情報の海でも、俺がいつも漂っていた海と毛色が違う……、たぶん、そんな感じ。
脳内のシナリオを確認する。どうして俺がいきなりここに放り出されたのか調べるためだ。
……いや、何もない。シナリオにはちゃんと今年度の卒業式まで続いていて、アフターストーリーもちゃんとある。
じゃあ、なんで俺はここにいる? 俺はただランナーさんの事務所から出て心春と聖羅の待つ公園へと向かっていただけだ。
記憶を失っていないのであれば、事故に遭ったわけでもなく、バッドエンドを迎えた覚えもない。
パッと場面が切り替わった時のように、いつの間にかこの海に投げ出されていたのだ。
訳が分からない……。
心春には元気になった俺を見てもらいたかった。花恋さんに小鳥遊先輩のことでもう一度お礼を言いたかった。
唯人の試合に応援に行きたかった。
思い返せば、あれだけ暇だと思っていた毎日でもやり残したことは山のようにあり、悔いが残されている。
怒りのぶつけ場所も無ければ、拳を収める場所もない。
結局はこうする他ない。
――思考を闇に忘却する。
どうして俺はここにいる? 知らない情報に囲まれているというのは気持ち悪い。ただ数字が辺りを埋め尽くしているだけなのに、これらが俺に関係ないことを理解できることが心底気持ち悪い。
――思考を闇に忘却する。
……最後に心春の顔を一目見たかったな。ぱあっと春の花が色づいて花開くように、笑顔を見せてくれる瞬間が待ち遠しかった。
だからこそ悔やまれる。
きっと聖羅が羨むような笑顔を見せてくれたに違いない。俺が最近笑わなくなって、それで心春も元気がなくって、二人で笑いあえば聖羅も一緒に笑ってくれただろうな。
それくらい俺たちは仲がいいのだ。唯人が俺たちの輪から離れてしまったが、いつでも戻ってきてもいいように連絡はこまめに取っていた。
柔道と彼女を優先する男らしいあいつだが、たまには俺たちとも遊びたいと愚痴るときもあった。
日曜日は部活も休みだったが、やっぱりそこは彼女とデートが楽しいらしく、俺たちは唯人に連絡することさえ控えていた。
三年生が部活動を引退して部内での一番の実力者は唯人に繰り上がったが、途中からの入部で歴が浅いという理由から副部長に収まった。
本人は試合に出られればそれでいいらしく、人の上に立つような人じゃないとも語っていたな。
……結局俺はあまり今回の真奈美ルートに関わらなかったな。無駄に労力を割いて、肝心なところは全部お任せって感じで、やり切った感がないんだよな。
新しく得た情報は多くても、それを活かせないまま今に至るわけで、ため息も吐きたくなる。吐ける空気もないけど。
……いつもとは違うこの空間は妙に気持ちが悪いのに、なぜか気持ちを落ち着かせてくれる。昂ることを抑え込まれているに近いかもしれないが、おかげで取り乱すことはなく、こうして状況を分析することが出来ているのだ。
シナリオの途中でこの場所に来てしまったが、残したシナリオは完了しているのだろうか? やっぱりそこが不安だ。ここまで来てやり直しはしたくない。
脳内のファイルを舐めるようにじっくり閲覧していけば、真奈美ルートのシナリオの最後に小さく攻略完了の文字があった。一応はクリアしているらしい。
つまりシナリオが完成さえしていれば、最後までその世界に残らなくてもいい?
でもどうやって終わらせるのかが分からない。何か特定の行動をしたのか? それとも不具合で強制的に終わった?
あの時は普通に自転車に乗って走っていただけだ、変わったことは何もしていない。
もしかして、ランナーさんと走ったことが原因なのか?
俺が悩んでいるように見えたから月宮さんが誘ってくれたわけで、ゲームに巻き込まれていない“普通の俺”だったならそもそも屋上に向かっていなかったはずだ。
今回の商店街でランナーさんと走ったことはイレギュラーなイベントだった可能性がある。
俺が主人公だった頃の名残として、今回の件が関係あるのかもしれない、でもそれは今までだってそれらしいことがあったけど何も起こりはしなかった。心春や花恋さんと関係が少し進んだくらいで、強制的にここへ飛ばされはしなかった。
考えれば考えるほど謎が深まる今回の件、あの神の野郎に怒りをぶつけたくてもそれが出来ない空間だからもどかしい。せめて前みたいに会話が出来れば違うんだけど……。
時間の感覚は分からないが、しばらくすると俺の知っている数字群が流れ始めた。詮索は出来ないから見ることしかできないけど、安堵する。
よかった、ここは最後までシナリオが進んだ時に来るはずの場所だ。シナリオを途中で終わらせると先ほどの場所からスタートするということか。
ホームに帰ってきたみたいで落ち着く、どこまでも同じ数字なのに慣れ親しんだペットのような感覚。自分で言ってて意味が分からない。
……いつもの場所に帰ってきたのなら安心だ、次のことを考えよう。
とりあえず上手くいったのならそれで割り切ろう。心春や花恋さんのことは諦める他ない。
残りのヒロインは一人、一年生の三好サラさんだ。
ゲーム開始時に俺との接点はないが、唯人がトイレに行く時に俺もついて行くことで“知っている人”くらいの関係にはなれる。
果たしてそれに意味があるのか分からないが、それ以降、実は俺の出番はない。
あの神が何を考えているのか分からないが、サラさんは先に三人のシナリオを終わらせないと攻略が開始できない特殊なキャラに設定されていた。
真奈美ルートに悪戦苦闘していたから、サラさんを先に終わらせようと思ったらロックされていてサラルートに入れなくなっていた。だから仕方なく真奈美ルートで根気よく粘っていたのだ。
真奈美ルートで俺の出番が少なくてかなり暇だったのに、サラルートでは出番が一切なくなる。
サラさんが唯人ラブだから、俺が割入る方が失敗に繋がるかもしれないのだ。
そうなるとずっと暇が続く、……というわけではなく、サラルートは夏休みに入る前に終わる。
後から追加されたため、シナリオが十分に用意できなかった可能性を考えるが、そもそもシナリオはまっさらだから、夏休みに終わろうが卒業まで続こうが、勝手だったはずだ。
それがサラルートにはシナリオが存在していて、夏休み前に終わると断言されている。
おそらくは俺の元ヒロインだったから、急遽主人公を変更した際に無理やり突っ込まれたのだろう、シナリオが出来ているのは俺から流用したか?
最初に見せられた時はまっさらだったシナリオが、時間が経って今ではシナリオが存在している。ありがたいのだが、せめて俺も参加できるようなシナリオにして欲しかった。
……今回は思考を捨て去るようなネガティブな気分にはあまりならなかったな。何度も繰り返しているうちに諦めるコツをいつの間にか身に着けたのかな?
――ゴールが見えてきた。六月二十五日の最後の授業、現国のおじいちゃん先生が眠くなる温い教鞭を振るっている。
全身の再構築が始まった。足の方から数字が集まってきて、俺の身体を形成していく。
形成されたところで動かせないのだが、それを不自由には思わない。動かす必要がないのだから。
光が近づいて来る。これに飲み込まれれば、俺はまたゲームをスタートする。
だから少し気合いを入れて、構築が済んだ頭部は前だけを見ていた、……だから、いつのまにか隣にいた誰かに首を掴まれたことに気付くのが遅れたのだ。
……え? とは声も出せず締め付けられる不快感を振りほどくこともできない。
なんとか動け! と全身に命じれば、顔が横を向く。
そこには目も鼻もないのっぺりとした顔の真っ白な人型の何かが両手を伸ばしていて、それは髪の長さから女性だと判断する。
ぎりぎりと締め付けられる首は、痛みもなく呼吸を必要としない代わりに不快感ばかりが増していく。気持ち悪さに吐き気を催すが、体内にそれをため込むばかりに吐くことはできない。
いつの間にか動かせるようになっていた手足をじたばたと宙に暴れさせて、それを見た人型の女性は、のっぺりとした顔を裂くように真っ赤な口が現われ、両端を釣り上げた。
何もなかった顔から突然生まれた真っ赤な口はけたけたと笑っているように見えて、次の瞬間にはこのように言葉を発しているように思えた。
『――ミツケタ』
不快感が意識を薄れさせていき、首が完全に絞まる瞬間、俺はスタート地点へと続く光に飲み込まれることで難を逃れた。
これにて四章は完結となります。
次回から五章に突入しますが少しだけお時間をいただきます。といっても一からニ週間程度ですが、その間に投稿の準備を進みておきます。
これから先の展開で迷っていて執筆が進んでいないので、投稿の頻度を更に減らすかもしれません。
最後に、ブックマークやポイント評価をしてくれたら嬉しいです。感想もお待ちしています。