123真奈美ルート 新たな決意
主人公とヒロインしか知り得ない情報ですら、俺は脳内で閲覧することが出来る。
あの心春とのキスがあった後でも、心春は今まで通りに俺と接してくれた。よそよそしくなることもなく、キスが下手だったからと呆れられることもなかった。
ただ、たまに俺の目の前で妖艶に微笑みながら唇に触れる動きでからかうようにはなった。せめて親の前ではやめていただきたい。
そんな心春と更新されたシナリオの確認をしていたら、いろいろと新しい情報が舞い込んでくる。
「小鳥遊先輩がぬいぐるみを愛する気持ちを母親が勘違いしていたみたいだ。小さな頃に父親から貰ったぬいぐるみをいつまでも大切にしているから、それで離婚した方の男が良かったのではないかと勘違いしたことから生まれた喧嘩らしい」
「どんなことから勘違いが生まれるか分からないね、一颯くんだって女の子の気持ちを理解していないのとおんなじ」
「まだそれでからかうか、もう謝ったんだから怒りを鎮めてくれよ」
「やーだよ、いつまでもからかってあげる。可愛い一颯くんを思い出すと楽しくって」
あのキスの瞬間にちゃっかり目を開けていたらしい心春は今日も唇に指を当てる。頬を赤らめているのは演技か、それとも……。
「と、とにかく! 勘違いから生まれた喧嘩だけど、唯人のおかげで無事に和解したみたいだ。花恋さんからもその報告を受けている。だからこれでハッピーエンドだと思ったんだけど、なぜかシナリオが全部解放されていないんだ」
母親と和解もしたし、噂によればストーカー紛いの父も母親によって制裁が下されたとかなんとか。
中尉が最後に父親を引き取ってくれたみたいで、警察沙汰にはならなかったみたいだ。
ただ、これですべてが終わったわけではないらしい。
未だに終わりが見えず、これ以上に情報を持ち合わせてもいない。新たな情報を寝て待つくらいにしかやることもない。
予想をするのであれば、唯人は正しい在り方で小鳥遊先輩と付き合うこととなったから、そこに焦点を当てたストーリーが展開されるのではなかろうか?
でもそうなると次のシナリオがいつになるか見当もつかない。今日から小鳥遊先輩が卒業するまで、幅広い期間でイベントは起こり得る。
アフターストーリーにならない限りはこの真奈美ルート内でイベントに関わらないといけないからな、あいつに全てを任せると碌な結果に終わらないことは嫌というほど経験済みだ。
無理やりにでも絡んでやろうと思う。
そんなとき、俺の携帯が着信を知らせる。
俺に電話を掛けてくる人物は限られているため、タイミング的にも聖羅のおふざけかなと思って画面を見ると、唯人の名前が表示されている。
「いや、待て、唯人の携帯から聖羅が掛けてきている可能性もある」
「とりあえず出てみたら?」
いつまでも誰だろうかと予想しているから、心春が催促する。慌てて通話画面をタップすると今までの懸命な予想を馬鹿にされるような気の抜けた声が聞こえてくる。
『よお、一颯、ちょっと相談があるんだが』
唯人のチャラチャラとした一言目に気力を削がれる。元から何か気合いを入れていたわけでもないが、今までの苦労は何だったのかと溜息を漏らしたくもなる。
「どうした? 相談なら彼女にすればいいだろ」
『耳が早いな、でも今回は一颯に相談したい。というか話しておきたいことがあったんだ』
「話しておきたいこと?」
これが新しいイベントに繋がることは容易に想像できる。話しておきたいということは唯人の過去について、俺に残さねばならない事情があるのだろう。
『実はオレ、中学までは柔道をやっていたんだ。ちょっと事故っちゃって、それがトラウマになってから柔道が怖くなって、こっちに逃げてきたんだよ。リハビリはしていたんだが、まだ克服できてなくてさ』
「リハビリって、誰かに触れようとしていることか?」
このことは聞いたわけでもないし、それらしい仕草を見たわけでもない。今回の真奈美ルートでは一度だけだろうか? どこかで見たような気がする程度のことだが、話を盛り上げるためにも真実をはったりとして使用する。
『気付いていたか、まああんな露骨に静電気が起きた時みたいな反応見せてたら分かるよな。……そうだ、オレは人に無意識に触れるのが怖い。一颯と最初あった時は拒絶感なんてなかったからさ、いつの間にか一颯はオレの最も内側の人間だと思い込んでいたんだ』
「それがどうかしたのか? 別に親友なんだし、一人や二人、信用できる人がいたっていいだろ」
『自分で言うかよ、……でもそれでよかったはずなんだよな』
「どういうことだ?」
要領を得ないというか、結局なんの相談なのか見えてこない。柔道について話してくれたことは驚いたが、信頼できる人のことだったりと、何がなんだか。
『オレは信頼と親友を勘違いしていたみたいだ。せっかく一颯がそれに気づかせてくれようとしてくれていたのに、オレは頼ることしかしなかった。相談するのは間違ってなかったと思うんだ、でも答えの一歩手前まで介護されるようじゃ意味がなかったな』
「まあ俺たちは親友だ、困ったことがあったら相談しろと俺が言ったことだし、……最後は上手くいったんだろ?」
正直、どんな結果であれ最後に丸く収まったならそれでいい。後味はすっきりしない終わりだったかもしれないが、目的は達せられた。
『ああ、おかげさまでな。今度お礼でもさせてくれ』
「お礼を貰うだけのことをした覚えはないが、今度焼肉でも奢ってくれ」
『おい、もっと安めに済ませてくれよ。お前のことだから心春ちゃんも連れてくるんだろ?』
「お、よく理解しているな。なんなら聖羅も連れていく予定だった」
『馬鹿野郎、そんなの割り勘にしないと払えないわ! お世話になった人にお礼はするけど、ジュースで我慢してくれ』
はははと笑えば、唯人もつられて笑っていた。男らしい豪快な笑い方、俺も負けじと口を大きく開く。
出番はあるかと静かに待機していた心春もつられて笑って、大丈夫そうだね? と部屋を出て行った。心春には後で詳しい話をしてあげよう。
『……で、だ。相談したいというのは、一颯、これからもずっとオレの親友であってくれるか?』
「どうしたよ、俺のことを裏切るような悪い不良にでもなるのか? 安心しろ、唯人みたいないい奴を見捨てるなんてもったいないからな。もし不良になってもあの手この手でお前をお天道様の下を歩ける男に更生させてやるからよ」
『ああ、……ありがとう? 不良にはならないが、いつまでもオレの親友でいてくれてありがとう』
さすがに限界だ。唯人にどのような心境の変化があったか問い詰めよう。
「唯人、……何があった?」
いつもならここで言葉に詰まって唯人が話してくれるのを待つところだ。それが常といっていいほどに毎回だったため、雰囲気を変えず、声音もそのままに笑って教えてくれるとは想像もしなかったのだ。
『一颯に教わったこと、次はオレが自分で決めたんだ。しばらくどころか、高校の間はもう一颯と遊ぶことはほとんどないと思う。だからさ、教室にいる間くらいは話しかけてくれよ』
「聞いてもいいか? 何を自分で決めたんだ」
こればかりは俺の声音は真面目になった。そして、感化されたのか、唯人も茶化してないとばかりに落ち着き払った態度で教えてくれる。
『オレ、柔道の道に戻ることにしたんだ。すでに学校へは入部届も出して、昨日から部活に参加している。うちの高校って全国クラスの強豪だったんだな、まさかライバル校がオレが前に通っていた高校だとは思わなかったぞ』
……だから、最初に柔道の話をしたわけか、俺に柔道をやっていたことを教えておきたいだなんて、あれだけ嫌がっていたのにどれだけ信頼されているんだよ。心境の変化がすごいな。
今は完治したのかわからないが、柔道は唯人にとって傷だったはずだ。深い傷跡を残したまま重圧に耐えていたのに、いつの間にかそれを跳ね除けて見せたわけか。
「どうして急にトラウマを抱えていた柔道に戻ろうと思ったんだよ」
『真奈美……、ああ、小鳥遊先輩の母親の再婚相手がな、俺の柔道の師範だったんだよ』
「ええ!?」
『師範はオレの事情を聞いて、無理に戻る必要はないと言ってくれたんだけど、それがどうしても悔しくてさ、じゃあやってやろうじゃねえか! と思い立ったわけだ。トラウマもまだ抱えたままだ、投げることも出来ないオレがどこまでやれるか、でもそれを乗り越えられる自信はあるんだ』
……唯人の真剣な話と柔道への熱い思いとか、俺は応援する立場だろう。だけど、だけどさ? ……その話、もっと詳しく教えてくれない? なんかすんごい面白そうな展開になっていたんだけど!?
あとでシナリオ更新されるかな? そこで読める? 花恋さんあたり、その現場に出くわしていたりしないかな?
『それで、それでもオレは誰かを守れる力を持っていることに気付けたんだ……』
いけない、驚いている間に話が少し飛んだ。唯人の柔道の力量は見てどれ程のものか知っている。月宮さんを守るためのあの不良に対する背負い投げは美しいともいえる素晴らしい投げだった。
「力を持っていると知って、誰かを守りたいのか?」
『ああ、……護衛役として小鳥遊先輩に就いていたんだけど、あの人の隣を歩くのなら、大切な人を守れるだけの力を強く、重ねていきたいと思った』
「……そうか、お前は友情ではなく、愛情を取るか、せっかくの彼女なんだから大切にしろよ?」
『もちろんだとも、……それで、だから』
「分かっているさ」
分かっているとも、普段は柔道漬けで稽古に励み、たまの休みは彼女とデートでのんびり過ごしたいのだろう。だから俺と遊ぶ時間はほとんどないのだ。
唯人が言いづらそうにしている言葉を俺は制する。言わなくても分かっているとも。
『ありがとう、一颯』
「その代わり、教室では聖羅も含めて馬鹿なことでもやるぞ、先生に怒られる覚悟をしておけ」
まるで小学生のようなノリ、きっと“この俺”ではないだろうが、せめて今後も楽しくやっていけるようにここを去る準備をしておく。
放課後や休日に遊べなくても俺たちはいつもみたいに笑いあえる。遊びでなくとも、唯人の柔道の大会に応援に行くことだってできる。
根性の別れではない。だから寂しいとは微塵も思わなかった。俺的にはノーマルエンドで三年生に進級した時に花恋さんと校内で会えない方が寂しいと思えるのだ。
『それじゃあ、この後も部活だ。早いとこ前みたいに身体を自由に動かせるよう努力してくるよ』
「ああ、頑張れよ、部室に彼女連れ込んで嫉妬されないようにな」
『真奈美も受験で忙しいんだよ、遅れを取り戻さなきゃいけないし』
「そうか、とりあえず応援しているよ、じゃあな」
通話を切る。同時に頭痛に苛まれた。
なんとなく予測はしていたから無理に踏ん張ろうとせず、横に倒れながら痛みが引いてくれるのを待った。
それにしても、初めての吐き気がするほどの痛覚は無くなったとはいえ、こんなわずかな痛みも無くしてくれたらよかったのに。もしかして、バグが少しでもある限り痛みが消えないとか?
いちいち頭痛で倒れるのも面倒だ、酷いときは意識を失うし、前触れも一切ない。都合よく周りには心春か花恋さんしかいない時だけ起こるけど、街中で倒れたら救急車呼ばれるぞ、これ。
「……あーあ、これで終わりか、なんかやり切った感がないな」
独り言つ。俺が望んだとおりに進んだこともあれば、任せっきりで出番がなかったことだって多かった。
……そういえば、今回の真奈美ルートは今までの陽菜ルートと聖羅ルートと何か感覚が違うなと思っていたけど、そうか、愛陽すらもおまけ的な立ち位置だからか。
『暗闇でいきなり蝋燭が明かりを灯す謎を解明せよ』なんて怪奇現象かホラーにも思える今回の謎は提示して一分と経たず、科学的な説明で小鳥遊先輩に解明されてしまった。
あの神の野郎が一応この謎を設定したわけだから、こうなることは想定済みだったのかもしれない。
本当に俺たち“こっち側”の存在はおまけだったんだなって、改めて実感した。
「……心春とゲームでもしよっと」
とっくの間に収まっていた頭痛と、更新されたシナリオを心春と共有するため、俺はリビングへと階段を下りた。
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