12ゲームシナリオ
「おい、神、さすがに“これ”はないだろう? ふざけるにも程があるぞ……」
意識を強引に遮断されて連れていかれた夢の世界は、どこかしこも真っ白で果てが無く、地に足が着いているのかさえも疑問を持ってしまうような景色や重力がふわふわとした場所だった。
ファイルを解凍するというだけあって、そこにはこれからの俺の行動に必要な情報が詰まっていた。
この世界が神によって創られたゲームであることも、主人公が唯人であることも、誰がヒロインなのかも丸わかりだった。俺が主人公を降板させられたのは構わない、俺の心にいるのは心春だけだからな。しかし、しかしだな……。
「どうしてタイトル未定な上にシナリオが陽菜ルートしかないんだよ! 他三人のシナリオはどうしたよ! グランドルートに至ってはヒロインすら決めていないってなんなんだ!?」
「お、落ち着いて、一颯くん」
「はあ……はあ……、悪い、取り乱した」
そうだ、心春にはそもそもノベルゲームが何か分かっていないはずだ。勝手に俺が捲し立てても理解が出来ていないだろう。
でも世界の見え方が落ち着いたというべきか、情報の塊だった視界が元の見え方に戻っている。
心春にノベルゲームについて簡単に説明しようと思ったら、俺と心春の知識は五十歩百歩なもので、詳しくは後で一緒に調べようということになった。
『実はこのゲーム、僕一人で制作しているんだけど、システム面に気を遣っていたらストーリーまで手が負えなくてね、だったら、直接物語に関係する君たちにリアルな学生生活を送ってもらって、それをそのままシナリオとして組み込もうと考えているんだ。陽菜ルートも可能なら君たちの手でオリジナルのシナリオに改変しても構わないよ』
いやだ……、こんなんやりたくない……。なんで唯人の恋愛を四回も、グランドルートを入れたら五回か……。あいつの恋愛は応援したいのはやまやまだが、人の感情を意図的に操作するような行為はしたくないんだけど。
「それで、グランドルートのヒロインは誰にするんだ? 俺たちはこれからも平凡に学校生活を送るだろうけど、唯人にとっては終わりがあるんだろう? どう締めるつもりだ?」
『メインヒロインはここで君が決めるといい。グランドルートのシナリオに関しては制作中だがこれだけは僕が書くから安心してくれ』
メインヒロインを俺が決める? 四人のヒロインの内二人しか俺は知らないのに、さらによく知っているのは一人だけ。
どうしたものか……、でも、これからの展開も不明なのに下手に選ぶもの怖いし……。
「月宮さんをメインヒロインに設定してくれ、一応シナリオが見えているし、月宮さんなら唯人を困らせるようなことはなさそうだ」
「え? 月宮さんて、陽菜ちゃんのこと? 陽菜ちゃんてヒロインだったの?」
「ああ、そうか、心春は月宮さんと仲が良かったっけ。細かいことは後で話すけど、そうだ。それに陽菜ルートは神が唯一シナリオを書いているヒロインだ」
今の状態じゃ頭の中がこんがらがって分かりやすい説明も出来たものじゃない。陽菜ルートを参考に他三人を攻略させ、グランドルートで再度月宮さんを唯人と恋愛させなければならない。骨は折れるが、やらなければ永遠にノーマルエンドを彷徨ってしまう。一度高校生を卒業したのに二年生に戻されたことへの怒りとして、神へ永遠の呪いを捧げたいところだが、残念ながら藁人形は持ち合わせていない。いつか学校帰りに藁納豆でも買おう。
『それじゃあ、月宮陽菜をメインヒロインとしてシナリオを書くよ。君たちにとって予想外の展開を約束するから、楽しみにしておくれ。……ああ、もう時間がないのか』
「なんだ? まさか電池でも切れそうなのか?」
『そのまさかだ。ゲームの世界に電波を届けて会話を成立させるなんてこと、プラグを差していたとしても消費の方が馬鹿みたいにでかい。次に会話できるのは、君が四人を攻略した時か、下手したらもうない。シナリオを書き終えたら改めて君の脳内にインプットするから、それで僕の活動報告とさせてくれ』
もうあの頭痛を味わいたくないんだけど……。吐き気にどれだけ苦しんだかこの神は知らないんだろうな。
「あの、一颯くんが苦しんでいたのってそれが原因ですよね? 痛みを和らげることはできないんですか?」
俺が諦めた姿を見せたせいか、少し慌てた様子で心春が聞いてくれる。
神が言うには、今回に関しては容量が多かったのと、若干のバグが邪魔をしたせいで頭痛を伴ったそうだ。次回は少しズキッとする程度まで痛みを引き下げてくれると約束してくれた。
『これだけは覚えておいて欲しい。僕は君たちのことをある程度“設定”はさせてもらった。だけど、それは君たちが産まれるまでのことだ。これ以降に君たちが歩んできた人生は本物だし、抱いている感情を僕が操作ることもできない。ゲームである前にそこは一つの世界だ、僕が言うのもなんだが、君たちは自由に生きる権利があることを忘れないでくれ。……他に聞きたいことはないかな? 必要な情報はすでにファイルを解凍しているし、何もなければこれで通話を切ってしまうよ』
「自分勝手な行動に怒り心頭でぶちぎれたいのはやまやまだけど……最後に一つ、あんたの名前を教えてくれ」
『……佐久間悠一、これが僕の名前だよ。それじゃあ、また話せることを願って――』
脳内のわずかな雑音が波が引いていくように薄れていく。
「よし、これであの野郎を串刺しにしても最後まで気付かれないな」
「藁人形でも買う?」
流石心春、こちらの意図を一瞬で理解してくれた。
もう日が暮れてしまったから早く帰らないといけない。早くしないと母さんを心配させてしまう。
……はっきり言って憂鬱だ。何も関わらずのんびりと、また四人で遊んで過ごしたい。だけど、そうも言ってられなくなった。……現実を、受け入れるしかないのだ。
物語自体はすでに進行している。今日の四時過ぎに唯人と月宮さんが商店街でぶつかったあの瞬間、二人の間にフラグが立ちつつあるのだ。
「心春、帰ろうか。今日の夕飯は何だろうね」
夜道は危ない。階段も足を滑らせたら大変だ。何も語らず差し伸べた手を心春は握ってくれる。今は、この温もりがあれば立って歩ける。これだけで、これだけで十分なんだ。
「母さん、一颯くんのこと心配しておかゆにしているかも」
「え? それじゃあ元気がでないよ。お腹も空いたのに」
「早く帰って夕食変更の抗議をしないとね」
「ああ、階段降りたら少し走ろうか」
「ダメだよ、今日一日は私に看病されるの」
不安も緊張も絶望も、二人でいればどんなに険しい山でさえ乗り越えられる、そんな気がした。