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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
四章 真奈美ルート攻略シナリオ
119/226

119真奈美ルート 〈唯人〉優柔不断 選択肢……2

 結局、先輩は母親を前にして逃げ出してしまった。


 感受性豊かなのが気持ちの邪魔をしてしまい、今までどれだけ愛されていたのかを自覚してしまったのだ。


 母が先輩を思う気持ちを思い返し、自分が間違っていると、少しでも思い込んでしまったから、先輩は逃げ出したのだ。


 オレには家から飛び出した先輩を追いかけることしかできなかった。公園のブランコに腰かける先輩はとても小さく見えて、目元に浮かべた涙の玉がオレの代わりに先輩の頬を撫でて慰めていた。


 オレは隣のブランコに座り、相談に乗ろうと思ったが、先輩はオレのことをまるで寄せ付けなかった。拒絶の壁に覆われて、誰も踏み入れさせない深い意志を感じられた。


「あ、……先輩」

「…………」


 オレのことをちらりとも見ない先輩に、オレは掛ける言葉を見つけられなかった。


 ……どうすればいい? このままにしておけばいいのか? それとも……。


 答えを見つけられず、ガシガシと頭部を掻き毟り、ブランコから立ち上がって自販機に急ぐ。


 オレ一人では答えを見つけることなんてできない。いつまで経っても中途半端、勉強だって、柔道だって!


 あんなに志高く、恵まれた指導者の下、文字通り血がにじむ努力を重ねてきたというのに……、たった一度の失敗で諦めるような弱者にオレは成りたかったんじゃない!


 いつだって仲間たちと、切磋琢磨して上り詰めた全国はあれほどまでに素晴らしかったじゃないか。どうしてあの快感をもう一度味わいたいと思わないのか。


 そんな人生を共にすると思っていた柔道すら中途半端に逃げ出したオレ一人では何も解決できない。だから……頼ろう、今のオレには仲間がいる。


 それだけは前のオレとは違う、前向きに変わったところだ。


 ポケットから鼠色のスマートフォンを取り出し、電話帳を開く。


 誰に掛ける? 二階堂先輩? 聖羅? 中尉? ……誰だって真剣に話を聞いてくれるだろう。


 でもオレの指は自然とあいつの番号を目指して電話を掛けていた。


 通知音は短く断続的に、しかし予想していたとばかりにほんのわずかな回数で繋がった。


「もしもし、オレだ。今、時間はあるか?」

『どうした唯人? なんか久しぶりだな』


 オレが最も信頼を寄せている存在である、一颯だ。どうしてここまでこいつを信頼しているのか自分でも分からない。でもこいつはオレのために動いてくれる、信用してくれて余計な一線を踏み込んでこなかった。


 たったこれだけのことを守ってくれた奴は今までにいなかった。この高校に来てからというもの、一颯を中心に周囲がオレのことを優しい目で見てくれて、心地よい距離を保ってくれた。聖羅や心春ちゃん、二階堂先輩に城戸先輩、そしてなにより、いつも中心には一颯がいた。


 ああ、……だから俺はこいつに絶対の信頼を寄せているのだな。


「なあ一颯、男が落ち込んでいる女性に声をかけるならどうすればいい?」

『なんだ、小鳥遊先輩を悲しませてしまったか? 罪作りな男だな』

「オレが悲しませたわけじゃ……、いや、そんなのどうでもいい、何もできなかったオレにも責任はあるんだ。でもオレ一人じゃ何も分からない、だから、一颯、……お前のことを頼らせてくれ」

『…………』


 一颯にしては珍しく考え込んでいる。それほどまでにこの状況は難しい場面なのか? オレでは女性の沈んだ気持ち一つ救うことができないのか?


 不安だ、あの一颯が一瞬でも考え込んでいるこの時間が不安で仕方がない。


『小鳥遊先輩がどういう人物なのか、俺は詳しく知らない。でも救世主を待っているんじゃないか?』

「そ、そういうものなのか? オレには乙女心というものが分からない、だから詳しく教えて欲しい」

『そういうのは聖羅の方が詳しいだろうな、だが、……落ち込んでいるのだから慰めて欲しい、でも放っておいて欲しい、女性っていうのはこの二つが両立しているんだ』


 一颯の矛盾した物言いに困惑した。結局どうすればいいのか頭の固いオレにはちっとも分からない。慰めればいいのか? そのまま遠目に見守っていればいいのか? はっきりと教えて欲しかった。一颯の言葉は今のオレにとっての全てだと思っている。


『心春や聖羅もそうだけど、女の子って繊細で、男共からしたら面倒臭い生き物だよ。つまりは中途半端にしないでくれってこと。慰めるなら慰める、ほうっておくなら本人が満足するまでほうっておく、落ち込んでいる本人が求めていることをじっくり正確に把握して、唯人なりに接してあげなよ』

「一颯、……オレは、どうすればいい? 慰めたいけどかける言葉も見つからない、話しかけないでくれってオーラが出ているのにこのまま見ているのもイヤだ! なあ、どうすればいいんだ!?」


 自販機に拳をガンッと叩きつけて、オレは一颯に怒鳴った。一颯に感情を露わにしたところで意味などないのに、この後の行動で失敗するのが怖かった。


 せっかく仲良くなれた人と、曖昧な距離関係になるのはイヤなんだ、絶対に後悔のしない選択を選ばなくてはならないんだ。


 何度も何度も自販機を殴りつけ、先輩の方を見れば、……足元の砂をじっと見つめたまま動こうとはしない。いつまでそうしているつもりなのかは分からない、一刻も早く、何かしらの行動を取る必要に迫られている気がして気持ちが焦る。


 どうすれば、……どうすれば!?


『……これは俺の問題じゃない。唯人、お前が自分で考えて導き出せよ』

「そんな!? オレだけじゃ分からないから一颯に相談したのに――」

『人の意見で自身の人生を振るなよ、お前はいつまでも人様の操り人形なのか? 俺は……唯人の神様なんかじゃないんだぞ』


 一颯の言葉はやけに重くオレにのしかかった。


 オレは誰かに操られていたのか? 今までに自分で決めてやってきたことはなんだ?


 ――柔道を始めたのは……父が道場に連れて行ってくれて“習わされた”のがきっかけ。

 ――じゃあ! 柔道の強い中学を選んだのは? ……翼や辰巳がオレを誘ったから。

 ――じゃあ、……柔道をやめたのは? ……オレが、決めた?


「なんだよ、それ、……オレって柔道のことしか考えられないくせに、ネガティブなことしか自分で決められないのかよ」

『だったらこれは唯人への試練だ。人生を左右する大事な選択肢を、唯人が自分の意思で決めてみろ。俺が唯人にこれ以上の助言をしたって、それで満足できるはずないだろ?』


 今日の一颯はやけに声が冷たい。何かを削ぎ落としたような達観した声だ。


 オレの何を思ってこんな冷たくされているのか、オレのこの高校生活で最も大切な“友達”はなんでこんなにも機嫌が悪いんだ?


 先輩をどうするかより、オレは一颯がどうして判断をオレに委ねたのか考え込んだ。


 もちろんオレが決めることだから、人任せというのは間違った解釈かもしれない。でも今の一颯はオレのことを突き放そうとしているように思えた。


「……一颯、もしかして、オレのことを都合のいい奴だと思ってないか?」

『は? いや、そんなことはないけど……』

「いいや! この夏休みの間、お前は四人で遊ぼうと誘ったのに、いざ休みになれば先輩にばかり付きっきりなオレに失望したんだ。だから今日の一颯は機嫌が悪い!」

『いや、だから、そうじゃなくて……』

「オレが悪かった! だけど一颯とこのまま友達をやめたいなんて思ってない。むしろ遊びたいんだ! だからしばらく待っていてくれないか? この一件が終わったら話し合おう。それでまた遊ぼうぜ。ゲーセンでもどこでも。もしかしたら来年になるかもしれない、あまり遊べないかもしれない、……だけど絶対にオレは一颯の友達でいたいんだ」


 一颯相手に初めて本音を言えたかもしれない。


 途中からの編入で友達ができないかもしれないと思っていたが、そんなの教室に入って自己紹介をして、たった十秒で解消された。なんなら転校前から聖羅はオレに親しくしてくれた。月宮さんは道を案内してくれたし、サラちゃんはこんなガサツなオレを怖がらずにいてくれた。


 先輩は最初、図書室でオレのことを見てくれていなかった。理想の誰かをオレの姿かたちに投影していた。だけど最近じゃオレ自身のことを見てくれて、前にたった一度だけ、くすりと笑ってくれたあの笑顔を俺は守りたい。


 だから一颯のことを蔑ろにしてでも、オレは先輩の隣にありたいと希う。


『分かった。唯人の満足がいくまで、俺は心春と聖羅と共に待っているよ。……せめて学校にいる時くらいは相手してくれよ、じゃないと俺も聖羅も唯人の部屋に押し入るぞ』

「ははは! 聖羅はいつものことだが、一颯にまで押し入られたらどうしようもないな。どうやらオレは男心も分からないらしい」

『男だって面倒くさい生き物だよ。唯人、頑張れよな。可能なら、次に会う時は“唯人の隣に”笑顔の先輩がいることを願っているよ』

「ははは……、お見通しかよ」

『友達なめんな。……またな』

「ああ、また」


 ぷつっと切れた画面にオレの二ヤついた顔が映る。拳で殴りたいほどに憎たらしいな。


 自販機にコインを三枚突っ込み、俺の分と先輩が好きなコーヒーを選ぶ。ガタンと落下してきたそれらを片手に持ち、俺は踵を返した。


 顎に指を添えて、オレは一瞬だけ立ち止まる。でも次の瞬間には歩き出している。


 ――そのつま先がどこに向かうのか、オレは決めた。







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