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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
四章 真奈美ルート攻略シナリオ
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117真奈美ルート 護衛

 俺にとって期末テストは消化試合なところがある。


 テストに出る問題は把握しているし、一部の科目は勉強無しで満点を取ることだって可能だった。


 同じ問題を見飽きたというのもあるが、俺が勉学に真面目に取り組むだけの理由は見つけられなかった。精々心春の家庭教師として教えるついでに俺の理解度を確かめるくらいだ。


 本番となった時もイレギュラーが起きるようなこともなく、淡々と覚えている解答を空欄に埋めていく。


 だけど全部答えてしまうとさすがに何かしらの不正を疑われるだろうから、簡単な問いは答えて、途中からケアレスミスを装い、最後の問題は空欄で提出する。これで点数は平均を少し上回る程度だから親に怒られる心配もない。


 ただ、現国と英語だけは答えを何度繰り返しても回答を覚えることが出来ず、この二つは俺にとっての難敵、苦行だった。


 まあ真面目に取り組むだけ無駄に終わるから適当にやると心春に言えば、むっと頬を膨らませ、花恋さんを巻き込んで勉強会を開かれたりもする。そのため、いつからかこの二科目についてペンを取るようになった。


 それでもやる気は出なくて、ちょっと応用問題に手を付けてすぐに放り投げてしまう。


 だけど、昔の俺なんかより悲惨な結果に終わった奴がいるからちょっと申し訳ない。……当然ながら唯人だ。


「勉強、しなかったのか?」

「……最初の数問は解けた」


 三科目が赤点まっしぐらな点数を取った唯人だが、まあ部屋に一人で勉強していたのだから無理がある。聖羅もテスト期間中は自身の部屋で勉強会を開いていたみたいだし、一年間さぼっていた唯人がまともに出来るはずもなかったのだ。


 ――テストのことはそれほど重要ではない。


 この後に控えた演劇部の舞台も、俺にとっては通過点に過ぎないのだ。


 もちろん手は抜かない、慣れた仕事でも気を抜かず役目はしっかりこなした。


 それからは何事もなく夏休みに突入したのだが、問題が解決したわけではない。


 まだ小鳥遊先輩は母親と仲直りが出来ていないのだ。未だに花恋さんの部屋で膝を抱えているから俺を悩ませている。


 仲直りするためのお膳立ては花恋さんがしてくれたのだが、いざ親と話そうとするとどうしても言葉が出なかったみたいで、本人は心を狭めてしまったみたいだ。


 ……やっぱりここまで唯人を関わらせていないのが不安要素だ。もしかしたら関わらせていないことが、いつまでもシナリオが進行しない原因なのかもしれない。


 それを踏まえて心春に相談、唯人が一人になってからあまり元気がないことを心春は聖羅から聞き、やっぱりこのままでは何も進展しないと判断した。


 このことを花恋さんに伝えると、どうしたものかと、珍しく腕を組んで深く悩んでいた。


「まずはあの子を部屋から出してあげないといけないわね、夏休みに入ってから食堂に行く以外に部屋から出ないのよ。二人きりになれる環境を作って、そこに誘導するのが目標かしら?」

「でも唯人にばれず、そこまで自然な誘導が出来ますか?」

「……いっそ、全部ばらしてしまったらどうかしら? 真奈美の事情も知っていて、困っているみたいだからと、手伝ってもらえばいいのよ」


 たしかに上手くいきそうではある。でも失敗した時のリスクが怖い。今回は唯人の問題よりもヒロイン側に大きな壁が生じてしまっているから、どうにか取り払うためにやっぱり話すべきなのか?


「何も全部話す必要はないわよ。真奈美と一颯たちが知り合いであることは諸城君が証明してくれるでしょう? わたくしが一颯に相談したことにすればいいのよ、それで他に手伝いを求めていたら主人公君に辿り着いた、くらいでいいのよ」

「俺と心春が小鳥遊先輩の問題解決に、遥か後方で関わっているくらいでいいのか……、メインは唯人、そのきっかけとなるために俺が小鳥遊先輩と知り合いであることをばらすわけか」

「私たちは唯人くんが助けを求めて来たら手を貸せるくらいの場所で待機していればいいんじゃないかな? この前、小鳥遊先輩のお父さんが現われたんですよね? 流石に唯人くんだけでどうにか出来る問題じゃないと思うし、だけど唯人くんにしばらく任せて様子見がいいと思う」


 今がシナリオの後半なんか中盤なのか、はたまた前半なのかは分からない。


 俺の直感ではあるが、今までに出てきたシナリオの材料となるであろう小鳥遊先輩の趣味や家庭環境は、すべて一つの線で繋がっている気がする。


 それが玉になって、こんがらがっているのが今の状況なのではなかろうか?


 唯人一人が解いているところに俺が手伝いに来ても、手を出せるのは一人、途中で交代することもあるだろうが、最後は唯人に解いてもらわなくては困る。


 どうすれば解けるのか、その指示出しは極めて困難だ。無数のからまりを一つずつ正確に解かなくてはまたからまりを広げるだけ。


「シナリオに進行がなくてもタイムリミットは迫ってきているはず、明日からさっそく行動に移していこう」


 ――まずは唯人にさり気なく事情を説明するのだが、似たようなことは今までに幾度もこなしてきたから失敗するようなへまはしない。


 夏休みに唯人の部屋に邪魔したついでにさり気なく話したら、食い気味でこちらの話に乗ってきた。小鳥遊先輩の希望で唯人に事情を話したくなかったみたいだから、何も教えられない唯人は最近、もやもやとした気持ちが抜けきらなかったみたいだ。


「そんなことがあったのか……、オレに何か出来ることはないのか?」

「本人が話したくなるまで待ってやってくれ、無理に聞こうとするなよ? あと俺が唯人に話したことも黙っていてくれ、あまり心配されていると思わせたくない」


 あまり意味はないだろうが釘を差しておく。唯人のことだからぽろっと口にするだろうが、その時は全力で謝ろう。


 男子寮に来たついでに中尉にも会いに行く。小鳥遊先輩が花恋さん以外に話をする相手は弟の中尉だけで、主にどのような感情を抱いているのか把握しているみたいだ。


 丸テーブルを挟んで俺はこちらもさり気なく最近の様子を聞いてみれば、意外と中尉に小鳥遊先輩は話をしているみたいで面白いことが聞けた。


「姉は母と上手く話せないことが悔しいのでありますな。昨日の電話では泣いていたであります。母とも話すことが出来なくなるほど何かに怯え、親しい人としか関わろうとしなくなったであります」


 その親しい人の中に唯人を混ぜるのだが、何かきっかけはないだろうか?


「それと、二階堂先輩に謝罪をしたいであります」

「え? 何かあったっけ?」

「吾輩の父が迷惑をかけたであります。不法に寮の敷地へ踏み入れるどころか、二階堂先輩に失礼な発言まで……、父に代わって吾輩が謝罪するであります」


 中尉はテーブルに頭を打ち付けそうな勢いで頭を下げるが、俺が謝られる理由はない。


「親の責任なんだから中尉が頭を下げる必要はない。花恋さんも別に怒ってないみたいだし、……でもどうして小鳥遊先輩を追いかけて寮までやってきたのか、理由があったら教えてくれないか?」


 中尉の気持ちを利用して少し強欲に聞き出す。


 唯人を小鳥遊先輩に近づかせるための作戦を思いついたのだが、正確に“敵”の情報をまとめておきたいのだ。


「分かったであります。……といっても父は単純に仕事が上手くいっていないだけであります。お金がなく、逆に成功を積み重ねていてお金に余裕のある母に再婚を迫っているだけなのであります。吾輩には口を出させてもらえず、父は母ではなく姉さんの弱みを握ろうとストーカー紛いの行為ばかりなのであります。……汚い大人の血縁を利用した悪質な行為なのであります」


 たしかに子どもから口出しされたくはないだろうな。ストーカーして、花恋さんに追い返されたのだから余計に、……きっと懲りてないんだろうな。一応、息子の通っている学校の寮だから免罪符はあるのかもしれないが、狙っているのは女子寮の方向、十分変質者だ。


 だが警察に突き出すほど目立った行動もしていないし、今のところ顔も見せていない。


 花恋さんと城戸先輩が通学中や帰宅までの道のりを警戒してくれているみたいだけど、「苦労するわね」とため息交じりに目頭を押さえていた。


 だが、だからこそ俺の考えた作戦は生きるのではなかろうか? さっそく中尉に提案してみる。


「なあ、……護衛を付けてみないか?」

「護衛……でありますか。その程度で父を止められるでありますか?」

「ただの護衛じゃない。というか、俺が考えているのは唯人のことなんだけど、知っているだろ? 椎崎唯人」

「ええ、朝は食事を共にする仲でありますから。確かに身長的に威圧的な存在となり得るでありますな」

「あいつはとある武道における実力者なんだ。全国に何度も行っているし、名前もそれなりに知られているほどだ」


 本当は隠しておかないといけない情報を話すと、中尉は目を見開いて驚いた。確かにあいつは筋肉が制服で隠しきれていないし、真顔の時はそれなりに威圧的な顔付きだ。でもこれで柔道の全国常連選手だと言われて信じられるような存在ではないのも事実。それだけこの時期のあいつは精神的に弱っているのだから。


「そ、そうでありましたか、驚きであります」

「あいつはこのことを隠したかがっているからさ、絶対にばらさないでくれ。だけど正義感は一人前だからさ、お願いしたらちゃんと仕事をこなしてくれる奴だ、安心して任せておきな」

「了解であります。吾輩から伝えた方がよろしいでありますか?」


 少し迷う。説明をするのであれば俺からの方が正確に伝えられるし、中尉に話したことがばれる心配もない。だが……。


「任せた。俺は花恋さんのサポートをするから、唯人と連絡を取り合うのも中尉にお願いするよ」


 俺はここで表舞台からフェードアウトする。


 下手したらこの夏休みに唯人と会うことも話すこともないかもしれない。それでもいい。


 こんな絶好のチャンスを逃すくらいなら、友の顔を見られないくらいどうってことはない。俺には心春と花恋さんがいる。


 唯人が上手くやってくれるのであれば、やっぱり俺という存在は名前を持っているモブAに過ぎないのだから。





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