表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
四章 真奈美ルート攻略シナリオ
116/226

116真奈美ルート 〈花恋〉不審者

 部屋の隅で膝を抱えている友達の真奈美は、わたくしが話しかけない限りはずっとそのままでいるのではないだろうか?


 わたくしが紅茶かコーヒーかどちらかを聞けば、小さな声でコーヒーと答えた。意外と思ったのは内緒。


「はい、砂糖とミルクはお好みでどうぞ。……それで、お話は聞かせてもらえるのかしら?」

「……うん」

「…………」


 砂糖を二杯、ミルクは少なめにかき混ぜはしない。コーヒーには『通』の人だったようね。


 わたくしは紅茶をストレートで、一颯たちがまた来るだろうからとカップを舞衣子から借りままでよかったわ。


「どうして、家出したのかしら?」

「お母さんが、再婚、するから」


 相変わらず起伏の少ない感情に区切られた単語を読み上げるような話し方、それが変だとは思わないけども、このままではこの子は成長できない。


「お母さまが再婚するのに、どうしてあなたは受け入れられなかったのかしら?」


 この子のスムーズな練習のためにも、簡単には説明できないような広い質問をぶつける。それでも返答はいつも通りだから困るのよね。


「お母さん、再婚相手が、二人いる、……から」

「二人? 取り合っているのかしら?」


 頑張って続きを話そうとしてくれたところにわたくしが遮ってしまった。いけないと思いつつも、そこは逃してはいけない部分だとわたくしから聞き出す。


「遮ってごめんなさい、その二人というのは、あなたがご存知の方なのかしら?」

「知らない人と、私のお父さん。…………」

「…………」


 今度は遮らない。真奈美が苦しそうに胸中を晒そうとしているのをわたくしは止めない。


 一颯のお手伝いだからではない、わたくしが真奈美の友達だから、時間の許す限り、わたくしは真奈美のお話に耳を傾ける。


「お母さん、私のために、お父さんと、再婚するって……、好きな人、諦めた……から」


 口元が戦慄いている。涙を必死に堪えているのを見てしまえば、わたくしはこれ以上真奈美の口から辛い言葉を聞きたくはなかった。


 小さな身体を懸命に広げて真奈美を抱きしめた。感情の起伏が少ないだけで、この子は人一倍他人を思うことが出来る優しい子なの。だからこそ娘のために自分のことを諦めた母が許せなかったのだろう。


 真奈美の父が縒りを戻そうとしているが、母は好きな男性を見つけ、そちらの人と再婚の兆しがあるのかもしれない。


 真奈美が喧嘩するほどだもの、この子も母も相当苦しかったに違いない。


「……お母さまには家出することは伝えてあるのかしら?」

「ううん、黙って、出てきた」

「よろしければわたくしがあなたをここに置いてあげてもいいわよ。でもお母さまにはちゃんと連絡するわ。それでよろしければ……」

「おねがい、花恋、……ありがとう」

「……ええ、ではお家の電話番号を教えてくれるかしら?」


 すでに遅い時間、警察に捜索願までは出していないと思うが早めに連絡して安心させてあげなければ。


 おそらくお互いに感情をぶつけるのが苦手なのだろう。正面から喧嘩したのだって初めての事だったかもしれない。


 本人には聞こえない場所で電話を掛ける。……外がいいかしら? 夜風に当たりたい気分。


 番号を入力して画面を耳に押し当てると、ワンコールと経たず通話が繋がり驚いた。


『もしもし!? 娘はどこですか!?』

「お、落ち着いてくださいな、真奈美さんの居場所はわたくしが把握しております」


 切羽詰まった女性の甲高い声が飛んできて、思わずスマートフォンを耳から離した。まずは落ち着かせないとまともな話も出来なさそうで、……それだけ真奈美のことを心配しているのだと分かって安心した。


「あいさつが遅れました。わたくし、真奈美さんと同じクラスの二階堂花恋と申しますわ。先日お邪魔させていただいたので覚えていらしたら幸いです。真奈美さんはただいま、寮住みのわたくしの部屋に遊びに来ておりますわ。少し元気がないようですが、怪我などはありませんのでご安心を」

『そう……、よかったわ。あの子に帰ってくるよう伝えてくれる?』

「しばらく顔を合わせたくないと申していましたが、それでも?」


 あの子の口からこんなこと聞いていない。でもそう願っているから、本人が落ち着くまではこうさせてあげたい。


『……ご迷惑をおかけしていない? あの子、コミュニケーションが下手だから、苦労を掛けますよ?』

「真奈美はわたくしの友達ですわ。たしかに感情を表に出さない不器用な子ですけど、誰かのために喧嘩することだってできる強い人だってことを分かってあげてくださいな」

『喧嘩? 誰かと喧嘩したの?』

「ええ、自分のために好きな人を諦めた方と喧嘩したそうですわよ。もし、心当たりがあるならば、明日のこの時間に本人とまた話し合うよう伝えてくださいな」


 通話の向こうは押し黙ってしまい。一瞬離れた場所に移動したかと思ったらすぐに戻って来て、だけど聞こえてきたのは、……娘を思う母の鼻声だった。


『ええ、分かりました。伝えておきます。明日のこの時間に、しっかり反省させておきますね』


 時間にしてみれば三分もかからなかった通話時間。たったそれだけの時間なのに、空は先ほどよりもより夜の色を増したように思えた。


 そしてそれは気のせいではなかった。寮の敷地内にある街灯が闇を切り裂くように地面に光を差し、わたくしに違和感を気付かせてくれた。


 ただの夕暮れでは気付かなかったかもしれない。たったそこだけを照らしていたからこそ、そこをうろうろとしていた男にわたくしは気付けた。


 よれよれのスーツにくたびれた革の通勤鞄。白髪交じりのぼさぼさ髪の中年男性は、誰かを探すように辺りを見渡していた。


 ……明らかに不審人物。すぐ先生に知らせなければと思ったが、生憎今日は泊りの出張、代理の先生はまだ学校から戻ってきていない。こういう時だけいつも間が悪いのはなぜ?


 しかしわたくしは寮長として、みなを守るリーダーとしてその男に声をかける義務があるのだ。


 わたくしがコツコツと地面に靴音を鳴らしながらその男に近づくと、向こうもわたくしに気付いて一瞬身構えた。しかしわたくしのことを見て安堵の息を漏らすのだった。


「なんだガキか、驚かすなよ」

「わたくしはここの寮長ですわ。何か御用で?」

「あ? ここに俺の娘がいるんだ、俺がここに居たって問題ないだろ」


 なるほど、我が子が心配で様子を見に来た親でしたか、それにしては口調が荒々しいですわね。子に影響を与えていないといいのだけども。


「娘さんの名前は?」

「ガキに答える義務なんかない」

「では不審者の不法侵入として警察に連絡しますわ」


 間髪入れずにわたくしがポケットからスマートフォンを取り出すと、男は慌ててわたくしのことを止めた。


「わ、分かった! 言うから通報はやめろ! ……娘は小鳥遊真奈美だ。寮長だって言うなら知っているだろ」

「その子は寮住みではないわね。では、問題になる前にお引き取りを」

「ここに駆け込んできたのを見たんだ。間違いないぞ。そもそも君が寮長だというのが信じられないな、君が高校生だなんて俺を騙せると思ったか?」


 この手の相手は昔からやり慣れている。今のわたくしは制服を着ているわけでもないし、ふわふわの黒い衣装のせいで相手はわたくしのことを中学生、まあ大抵は小学生と勘違いしてくれているから、油断も隙も丸出しで滑稽でしかない。


 ちょうどこの後一颯に報告しようと思っていたから、可能な限りこの男の情報を絞りだそうを考えていたが、寮の入り口からわたくしの知っている声が聞こえてきた。


「おーい! 花恋、何やってるの?」

「あら、舞衣子じゃない、仕事は終わったの?」


 寮の入り口がすぐそこだったため、舞衣子がわたくしたちに気付いてこちらに来てくれた。もう少し遊ばせてみたかったけど、残念、時間切れのようね。


「うん、今日は早めに終わったから、テスト勉強もあるしさっさと帰ってきたんだけど、……えっと、この方は?」

「事情聴取をしていたのだけど、ただの不法侵入者よ。女子寮を眺めていたから変質者でもあるかも」

「き、城戸舞衣子が、どうしてここに!?」


 わたくしが煽るように不審者と明言したにも関わらず、男は舞衣子を見て驚きを隠せずにいる。それどころか少し舞い上がっているようにも思えた。


「私のことを知っているとは、もしかして『通』の人かな? でもサインはあげられないよ、練習したことないし。それに“不審者”ってことなら余計に……ね?」


 不審者の部分を強調すれば、流石に自分がどういう立場なのか理解したらしく、恐れたように一歩たじろぐ。


 それでも相手がか弱い女の子二人だからと、男は街灯に目立つふけの付いた襟を正しつつ強気に出てきた。


「そ、それがなんだ、俺は娘が心配で見に来たんだ。そこの小学生のガキがしつこく声をかけてくるから不審者に見えるだけで、俺は何も変なことはしていない」

「花恋のこと小学生だってさ。また大人を騙しちゃって、悪い女ね」

「否定はしないわ、実際この男を騙そうと思っていたのは事実だもの。もう少し情報を集めて警察に突き出そうと思ってましたのに、舞衣子、来るのが早いわ」

「あはは! それは悪かったね、でもそろそろ汗も流したいし、茶番も終わりにしようか」


 わたくしたちが何を笑っているのか理解できない男が何か喚こうとしているが、そんな五月蠅い言葉に耳を貸す必要なんてない。


 無視しているのが気に入らなかったのか、男がわたくしに愚策にも掴みかかろうとするところを、男の後ろに無音で待機していた大柄な黒人の男性が押さえつけた。


 暗闇でもサングラスを付け、きっちりした紺のスーツに身を包んだ、一見どこぞのSPに勘違いされそうな大柄な男性は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せていた。


「な、誰だあんたは!?」

「あ、私のマネージャー、元キックボクシングの選手だから、刺激しないようにね? ……で、花恋、この人はどうするの?」

「そのまま逃がしてあげてくれる? いまこの人を警察に突き出すと、この人の息子さんが大変だから、“子のために、親を開放してさしあげてくださいな”」


 でもあなたを通報するための材料はこっちの手中にあることをお忘れなく、と追加で伝えてあげる。


「クソッ!」


 悪態を吐く男は引きずられるように寮の敷地外に連れていかれる。


 「息子」という言葉をわたくしが発したことによって、わたくしがどういう人物なのか認識を改めてくれるかしら? ……いえ、きっと無理ね。


 寮の敷地外に放り出した後、舞衣子がそのまま帰っていいよと手を振り、マネージャーさんは一礼した後、この場を後にした。


「さて、事情を聞かせてくれるんだよね? 花恋?」


 一瞬迷ったが、わたくしは頷いた。


「ええ、長くなるわ。湯浴みを済ませたら部屋に来て頂戴な」


 今日、一颯の苦労をそれなりに理解できた気がする。


 ゲームのシナリオというものが、どれだけ周りを巻き込んでいるか、本来“名前を持っている”程度のわたくしと舞衣子がここまで関わっているのだもの。


 ああ、真奈美のことをほったらかしにしてしまったわ、早く戻らないと。


 女子寮に戻り、部屋にたどり着くまでのわたくしの足取りはどこか軽快に、床を鳴らす靴音も軽快に思えた。







ブックマーク、ポイント評価をしてくれたら嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ