115真奈美ルート 家出
『なあ一颯、相談したいことがあるんだ。オレの知り合いの話なんだけどさ……』
そんな会話の切り出し方をしてきたのは、我が友、唯人だった。
いつもの部屋の中で聞く声ではなく、遮るものが無い抜けた声だったから、どこにいるのかと聞けば、普通に寮の外だと返された。
部屋には聖羅が居座っているみたいで、あまり多くの人に聞かれたくないから暑い夜空の下に出てきたのだという。
唯人の知り合いの話と聞けば、まあそれが誰の事なのか想像に難くない。昔の知り合いという可能性も捨てきれないが、このタイミングでまずないだろう。
「最近、噂に聞いたんだが、唯人って三年生の先輩と付き合っているのか?」
『は? そんなわけないだろ、オレに好意を寄せてくれる人なんているはずもないし、一颯は心春ちゃんがいて羨ましいよ。さらに他にも好かれているんだろ? ……爆ぜろ』
「おいおい、口が悪いぞ唯人君、君は淡い希望すら捨て去っているというのかね?」
『こんな身長だけのでくの坊に興味を持つ女の子がいれば紹介してほしいね。先輩だって俺の筋肉しか見ていないだろうし』
まあ最初は唯人の胸板に興味津々で抱擁を求めていたほどだ。現段階でそれを否定する材料は揃っていない。
ただ小鳥遊先輩が唯人を気にし始めているのは事実であり、時間の問題でもあろう。熱が冷めてしまわぬよう誘導するのが俺の仕事だ。
「まあ唯人がモテるうんぬんは置いといて、何の相談だ?」
俺の催促にむっとしたのか、唯人が口先をとがらせたような口調で要件を言う。
『……その知り合い、一颯の言う先輩なんだが、親と喧嘩したみたいで家出したみたいなんだ』
なんかとんでもないことを言い出す気配、続きを話そうとする唯人を止めて、先に質問を割り入れた。
「いま、どこにいる?」
『……オレの部屋』
「聖羅が居座っているんじゃなかった?」
『悪い、くだらない嘘だ、人に言うのが恥ずかしかったんだ、許してくれ』
「まあ、……気持ちは分かる。それくらいで怒ったりしないさ」
まったくの予想外な展開にこめかみを抑える。いきなり部屋にいるとか言われても理解できなかっただろうし、そこはよかったと思う。
小鳥遊先輩が親と喧嘩して唯人の部屋に家出してきた。その喧嘩の原因は、おそらく再婚について、そうでなければ進路関係だろうか? なんにせよ唯人に全部任せておくには不安だ。
「唯人は女子の扱い方に慣れているか?」
『そう! そこだよ! それを相談したかったんだよ。どうすればいい? 聖羅には知られたくないから一颯しかいないんだよ!』
やっぱり心春と話すのは慣れていないか、男の俺に相談したのはあながち間違いではないのだろうが、どこか違うような気もする。
「唯人、今から助っ人に連絡するから少し待っていてくれ。口は堅い人だし、信用できる人だ。唯人も知っている人だから安心しろ」
『わ、わかった。しばらく待っているから、早めに頼む』
ぷつっと通話を切り、そのまま電話帳を開いてとある番号にかける。
出払っているか、風呂かトイレに入ってもいない限りは出てくれるだろう。
「……あ、もしもし、一颯です。今、大丈夫ですか? ちょっと緊急事態なんです」
『その割にはだいぶ落ち着いているようにも聞こえるわよ。それで、どんな緊急事態かしら?』
まあ信頼して相談できる相手というのは、俺にとって心春か花恋さんくらいのものだ。聖羅に話せば真面目なことでなければ次の日に全部公開されているから恐ろしい。
それで泣いた奴らは数知れず、しかし感謝の涙を流す奴らは本当に救われたかの如く真面目なアドバイスをしてもらうことがあるみたいだ。
「シナリオがすでに進行していたみたいなので、花恋さんに手伝ってもらいたいんです。とりあえず男子寮の前に来てもらえませんか? そこで唯人が待っています」
『食堂に行くついでに丁度いいわね。一颯が待っていてくれるのかしら?』
「俺はいないです。つい先ほどの事でしたから」
通話の向こう側で花恋さんが、残念そうに『そう……』と呟き、部屋を出て鍵を掛ける音が聞こえる。
床に靴音を鳴らしながら玄関に向かってくれているようだ。
「それで緊急事態というのは、小鳥遊先輩が家出したことです」
『え? 家出!? あの子が? どこにいるか把握しているのかしら?』
「はい、唯人の部屋に逃げ込んだみたいです。詳しいことは分かりませんが、どうやら親と喧嘩したらしく、唯人はとりあえず部屋に上げたみたいですけど、どうすればいいのか分からないみたいなので、女子寮の方で預かってもらった方がいいかと……」
『うーん、……いきなりすぎね、先生に報告しても家に帰りなさいとお叱りを受けるだけでしょうし、そうねぇ……、わたくしが預かろうかしら?』
「それはそれでありがたい話ですけど、いいんですか?」
『構わないわよ。真奈美とわたくしは友達だもの。喧嘩の原因に軽く首を突っ込もうかしら』
それは唯人と小鳥遊先輩の二人のシナリオに関わろうという発言だった。
花恋さんは小鳥遊先輩と友達となり、友達を助けてあげたいというのであればそれは物語としてとても内容が深まって面白くなるだろう。
二人で解決が難しいところに花恋さんが助太刀で入るのであれば、シナリオの進行もスムーズになるだろう。
俺は花恋さんに了承し、後ほど報告を貰うこととなった。
花恋さんが唯人と話をして小鳥遊先輩を引き取ってくれるみたいだから後はお任せしよう。もう外に出たみたいだから、唯人にはメールで上手く話をつけたことを伝えておく。
今回はかなり花恋さんに頼り切っている気がする。だから俺にできることで恩を返したいな。
何が出来るのか考えていれば、今までのルートでの花恋さんを思い出してしまい、ちょっと一人でしんみりとする。
「一颯くん、ご飯だよ。母さんが下りてきてって」
「ああ、分かった。すぐ行くよ」
何か思いつく前に部屋にやってきた心春から声が掛かった。
……まだ時間はある。ゆっくりと考えて、花恋さんに、心春にも恩返しをしていこう。
思ったよりストックがなかったけど投稿します。