113真奈美ルート 報告会
唯人はしつこいくらいに女子の家に行く時のマナーを聖羅に教わったらしいが、果たして聖羅が正しく指導したかは怪しいところだ。
しかし名目上というわけでもなく、本当の意味で勉強に誘われているわけだからやましいこともない。元は愛陽が提示した謎の解説を受けるだけだったが、期末テストの勉強もしてくるのだとか。
その様子を見ておきたいところだが、俺が行くわけにもいかない。
ということで刺客を送り込んでおくことにした。
「花恋さん、よろしくお願いします」
「ええ、任せてちょうだい。わたくしが細かいところを観察して、後日報告するわ。心春と一緒にわたくしの部屋にいらっしゃいな」
「はい、お邪魔させてもらいます」
小鳥遊先輩と同じクラスで最も仲の良い花恋さんに相談すれば、メール一つで勉強会に花恋さんも参加することになった。
二人だけの時間を作ることも大切だが、その前に情報を集めてこちらから誘導できる環境を整えておかなければならない。
俺と心春は中尉から勉強会での小鳥遊先輩のことを聞かせてもらうつもりだし、これだけ揃えばちょっと手を加えるだけで立派なシナリオが完成するだろう。
各々が情報を収集し、期末テストを来週に控えた日曜日の昼前に俺は心春と共に花恋さんの部屋にお邪魔させてもらった。
懐かしくも思える、花恋さんの部屋は綿あめのような柔らかい女子力に満ちた――心春が女子らしくないとは言ってない――香りが漂っていて、俺は鼻から香しい空気を思い切り吸い込めば、後ろか弱々しく背中を叩かれる。振り向けば顔を真っ赤にした花恋さんが俯き加減で怒ったように片頬を膨らませていた。その頬を押して破裂させてみたい欲求は心の内に秘めておく。心春には頭に手刀を落とされた。
こちらは唯人たちと違ってちゃんと名目上は勉強会、中身は報告会となっている。
小さな丸テーブルにはマカロンやクッキーといった洋菓子が並び、足りない分の紅茶のマグカップは城戸先輩から借りてきたらしい。ちなみに紅茶の銘柄を聞いても俺の知らないやつだった。この機会にいろいろ調べるのも面白いかもしれない。
「さて、わたくしからでいいかしら? 先日、真奈美の家に勉強でお邪魔させてもらった際に、わたくしが見たことを報告するわ」
それぞれ役割分担をしたため、花恋さんには小鳥遊先輩の家の内装や雰囲気、両親についてなど、中尉からは聞きづらい部分を調査してもらった。
「あの子の部屋で勉強会を開いたのだけども、数えられないほどもぬいぐるみがあったわ。前にわたくしにいくつかプレゼントしてくれたことがあったのだけども、それだけぬいぐるみに傾倒しているわね、ベッドの上だけで三十は超えようかというほどでしたのよ」
「そ、そんなに……、いや、それだけ特徴があればシナリオに関係が深いということか」
花恋さんの部屋の押し入れにはぬいぐるみが三つ四つあったはず。友達からと聞いていたが、それが小鳥遊先輩だというのであれば納得だ。元から何も疑っていないけど。
「ぬいぐるみまみれの部屋に唯人くんはどんな反応をしていましたか?」
心春の質問に、花恋さんは「そうねぇ」と呟いて思い出していた。
やがて、何か反応があったことを思い出したのか俺たちの顔を見てから話しだした。
「特別驚いてはいなかったわ。事前にぬいぐるみだらけの部屋だと知らされていたのかしら? それとも緊張でそこまで気が回らなかったか、真奈美のお母さまに挨拶する時の緊張が最も分かりやすかったわ」
「じゃあ、ぬいぐるみはあまりシナリオに関係していない?」
「さすがにその考えは早計ではなくて? おそらく挨拶の次に印象には残っているでしょう。共に勉強をしていた限り、真奈美とわたくしに対しての態度はそこまで偏っていなかったわ。ぬいぐるみが二人の関係を進展させるための重要なアイテムに成り得る可能性は十分あるはずよ」
たしかに、と頷く。
ここまで来て安易な思考は自身の身を滅ぼす結果に終わることを学んできたではないか。
まずは話を最後まで聞いて、意見を交えつつ作戦を練る。
「真奈美のお母さまは近頃、再婚の兆しがあるそうよ。真奈美が心配そうにわたくしに話してくれたわ」
「唯人くんにはその話をしていましたか?」
「いえ、していないと思うわ。こそこそとわたくしにだけ教えてくれたのだもの」
「今後の進展次第でその話は共有されると思います。唯人に話すタイミングについては花恋さんが最初に知り得るかと」
「そうね、……今はあの子の相談役くらいには昇格しているから、あの子には悪いけど、見聞きしたことはあなたたちにも共有させてもらうわ」
いつの間にかノートを開いて書記をしていた心春がペンを持ったままの右手を挙げた。
「現状で一颯くんに情報を共有してくれる人って誰がいますか?」
「心春は一颯と共に行動するでしょう? 別行動のわたくしと、一年生の諸城君くらいかしら?」
「一応、唯人本人から相談事を受けると思うので、入れて三人です。それだけの人数がいれば穴は埋められると思います」
小鳥遊先輩の情報を収集するのは少し困難ではあるが、状況は月宮さんの時と似ている。
彼女たちははっきりと仲のいい友達がいるため、その人たちから聞き出せばいい。月宮さんの時は心春から、小鳥遊先輩については花恋さんと中尉がいる。本人の口から直接聞き出すのは困難かもしれないが、何より身内がいることに感謝しよう。
「そろそろ優先順位を決めますか……、俺の考えでは直面の問題として親の再婚について、それとぬいぐるみは別件かなと思ってます」
心春がノートに俺の発言をメモする。考えはまとまっていないようで、お先にどうぞと花恋さんに順番を譲り、花恋さんが小さく手を挙げて発言する。
「ぬいぐるみを最優先に考えていくべきだと思うわ。あの子はプレゼントされたぬいぐるみを大事にしていたわ、すでにイベントは始まっていると考えてよいのではなくて?」
小鳥遊先輩がどれほどぬいぐるみに思い入れがあるのか図ることは難しいが、部屋の様子を聞いた限りでは相当な思い入れがあるはず。何か理由を持っていると考えた方がいい。
「私は唯人くん自身の問題が小鳥遊先輩と絡み合っていくと思うよ。たしか柔道をやっていたんだよね? トラウマも抱えているみたいだし、今の段階で具体的なことは言えないけど、再婚やぬいぐるみとも関りがあるんじゃないのかなって、……さすがに違うかな?」
「いや、そうだ、何も小鳥遊先輩の事だけじゃない。唯人にだって小鳥遊先輩を動かす要素があるんだから、そっちを見ていないのは致命傷に繋がったかもしれない。……なるほど、先に気付けてよかった」
散々唯人のことを見てきたのに、新しい情報を耳にした瞬間そちらにしか目を向けないようでは、手遅れになったあとに気付いて悲惨な結果に終わるだけだ。
……三人寄れば文殊の知恵とはよくいう、俺では気付けなかった部分に目を向けさせてくれる。
さて、それで三人の意見を整理すると、直面する問題の可能性はいくつも出てくる。
「再婚について、ぬいぐるみへの思い入れ、唯人自身の問題絡み、……今から対策が出来るとすれば最後の唯人自身についてだな、今まで俺がやってきたことである程度誘導が出来る」
「再婚についてはプライバシーだし、わたくしたちから関わることはできないわ。でもぬいぐるみについては真奈美に教室の方で突いてみることにするわ。心春は一颯のサポートでよろしいかしら?」
「はい、私はあまり役に立てない分、頑張ります」
とりあえず現段階で立てられる作戦はこれくらいだろうと、俺たちはミーティングを終えた。
空になったカップに紅茶を入れ直し、残りのお菓子にも手を出す。
こうも“終わった雰囲気”に囚われてしまうと、これからテスト勉強をしようなんて思えない。心春も花恋さんも鞄のノートや問題集には目も向けようとしなかった。
そうすると、自然と意識が向けられるのは部屋の隅に置いてあるゲーム機、きっちりコントローラーは三つある。花恋さんは俺たちが遊びに来ると分かるといなや、必ずコントローラーを買い揃えて待っていてくれるのだ。それに例外はなく、毎回だ。
「三人で遊べるゲームってありましたよね?」
「一颯にはわたくしが持っているタイトルを全て把握されているのかしら? まるで付き合っている彼氏ね?」
声はなんだか疲れているが、冗談を言う元気はあるみたいだ。
「む、部長、それは違いますよ。それだと私のことを何でも把握しているから、一颯くんは私の彼氏ということになります」
「うふふ、冗談よ。……一颯、知っているのなら手伝ってくれないかしら? コンセントが絡まってしまったのよ」
「一颯くん、テーブルをどかそうよ、ついでにお菓子の補充も」
「はいはい、どっちもやるから待ってくれ」
俺はこの光景を何度か目にしている。しかし何度見ても飽きないな、微笑ましくて、二人で争いつつも俺のことを見てくれているから気分が良くて、殿様ってわけじゃないけど、……いつか刺されそうだ。でもキャラ設定にヤンデレはいなかったんだっけ?
俺の置かれた状況は不幸中の幸いとでもいうべきか? ……ループも捨てた物じゃないな。
こんな皮肉を思いつく自分に呆れてため息も吐きたくなるが、そうすると幸せは逃げていく。だから口から飛び出るのはいつだって幸せそうな笑い声がいいんだ。
だいぶ余裕が出来たのでもしかしたら投稿頻度を少し上げられるかもしれません。
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