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いつか選択肢に辿り着くために  作者: 七香まど
四章 真奈美ルート攻略シナリオ
107/226

107ノックアウト

 日曜に俺の部屋には花恋さんをお招きして愛陽の存在の認識を三人で共有した。


 なんとか一人でもメイクできたことに心春も花恋さんも驚きの様子を隠せていなかったから、それだけ()()が成長した証でもあった。


 ボクは昔から手先が不器用だったから、素直に嬉しい。


 練習が実を結び、愛陽として二人の前で一日を過ごした結果、調子に乗りすぎたのか元に戻るまでに二時間以上の時間を要し、瞬きをほとんどせず天井を見上げていたせいで眼が渇いた。


 愛陽に入れ込み過ぎたせいだ。


 陽菜ルートでの心春と花恋さんとの約束通り、今まであったことを素直に詳しく話し、話さなくてもいいこと、……部室では途中中断された花恋さんのスリーサイズも暴露させてもらった。


 人格すら愛陽と化していた俺のことを平手で叩くことはなかったが、どうしたものかと困惑した表情は頬を真っ赤に染めて戸惑っていた。そんな“ボク”のことを心春はしっかり叱りつけてくれた。これでいい。

 今回もまた、事前にお願いしていた昼食については花恋さんが気合いを入れてうどんを作ってくれた。普段は寮での食事だから本人も機会のあまりないうどんに自画自賛していた。


 その後はいつも通りの一颯に戻って雑談とお菓子に舌鼓を打ち、補足のようにこの前のゲーセンで新しい選択肢が生まれたことなどを話しておいた。


 ――そして夕方になれば、俺は花恋さんを寮まで送るために二人で家を出る。


 俺としてはもう恒例となっている、花恋さんと手を繋ぎながらの簡易デート。


 ここでは俺が何を話しても花恋さんはある程度吹っ切れることを確認している。そういう隠しイベントなのかもしれない


 初めての頃の花恋さんは容赦がなかったが、それほどマウントを与えなければ大人しく淑女としての花恋さんが見られるのだ。精神的にもそちらの方でいてくれたらありがたい。


「一颯、あなた、わたくしと心春にも話していない秘密があるでしょう?」


 花恋さんの唐突な発言に、俺は心臓を撃ち抜かれたように、驚きすら追い付かずその場に佇んだ。


 やっぱり、と溜息と共に黒いドレスを翻して俺に直った花恋さんは、繋いだままの手にもう片方の手を重ねてきた。


「これは聞いてもいい事なのかしら?」

「自分でも判断がつきません。……ただ、自分の心はやっぱり万能ではなかったということだけはたしかです」


 花恋さんが何を聞こうとしているのか分かってしまう。心春の考えていることが伝わってくるときと同じ感覚。それだけ俺は花恋さんと長い時を過ごしてきたのだと思えた。


「改めて質問をしてくれませんか? 多分、それで俺はこの場に崩れ落ちますから、支えてくれるとありがたいです」

「それは……よろしいのかしら? わたくしはこうして手を握ってくれるだけでも満足しているのよ、別に意地悪をしたいとは思っていないわ。興味本位なところがほとんど、あなたが心の奥底に沈めておきたいというのならば、わたくしがそれを掘り返す権利などないのよ」

「構いませんよ、一度自分で口にして実感しなければ、どこかで壊れる気がしますから」


 花恋さんは俺の持っている日傘を受け取り、傘を開いて路上と俺たちを遮った。


 簡易的に話は周りに漏らさない配慮をしてくれたのだ。


 隙間だらけだけど二人きりの空間。だけど花恋さんは神妙な面持ちで口を開いた。



「一颯、今のあなたは“何周目”なのかしら? たしかにあなたにはヒロインたちのことを調べる時間はあったわ。でも、細かく知りすぎよ。共通ルートだったかしら? もしかしたらあなたはこれを一分単位で把握しているのではなくて?」

「さすがにそこまで完璧ではないですよ。でもどこで何が起きるのかくらいは完璧に覚えてます」

「改めて聞くわ、今、何周目かしら?」

「……八週目です」


 事実を口にして。ノックアウトされるように足から力が抜けて、近くのコンクリートの出っ張りに腰を下ろした。自分が高校二年生である気持ちとの矛盾が押し寄せてくる。


 花恋さんが屈んで目線を合わせてくれる。傘で影を作って、膝に乗っている俺の手を握っていてくれる。


 たったこれだけのことで俺の気持ちは荒れることなく穏やかな波を保っていられた。


 ちなみにこれは聖羅ルートをクリアしてからの回数だ。つまり最初のノーマルエンド、陽菜ルートと聖羅ルートと失敗を含める二回を合わせて、今回が十二週目。


「……どうりで一颯の態度が急変したように思えたわけね。三年生になって卒業まで……、それを七度……繰り返しているのね……」


 想像以上の答えが返ってきているはずなのに、あえて驚かないよう感情を押し殺してくれたことに感謝する。そうじゃないと、俺が過ごしてきた時間の総量は異常なんだと自覚してしまうから。


「小鳥遊先輩は花恋さんとクラスが同じで連絡先も知っていますよね? だから本人の情報自体は比較的楽に手に入ったのですが、……特別踏み込んだ内容は分からなかったんです。まだ真奈美ルートに突入できるとは言い切れませんが、今回、新しいフラグを立てられたので希望は持っています」

「ゲームセンターでのことね、たしかにあれは酷いわ、わたくしだったら絶対に先へ進めないわ。……それをたった八度目の挑戦で見つけてしまう一颯はすごいのね」


 二年間を七度繰り返した。……俺の歳は三十に到達したわけか。ループして精神だけが大人になっていくと思ったら、案外少年の気持ちを忘れずにいられたことだけが救いだ。


 社会を知らず、二人の魅力的な女性に恋焦がれたままに長い時を過ごし、回答を保留し続けてきた俺に精神面での成長なんて、到底願える立場になかったわけだ。


「一人だったら、やっぱり塞ぎこんでいましたよ」

「今までのわたくしや心春は、あなたにちゃんと癒しを与えてあげられたかしら?」

「……はい、傍にいてくれるだけで落ち着けたことは何度もありました。何度も救われています」


 嘘じゃない。二人を前にすればどんな時も落ち着いて冷静に物事を考えることが出来た。でも俺じゃなくて、花恋さんと心春がどうしようもなくなってしまった時は、学校を休んで部屋に閉じこもったこともある。


 俺が意気揚々と真奈美ルート攻略の為に奮闘し、その手伝いを必ず二人に頼んでいた。だから、理由も分からず共通エンドが確定した時は泣かれた時もあった。


 力及ばずごめんね、と何度も何度も謝られて、逆に俺が申し訳なくなって一人余計にあがいたけど、最後は変わらず、……お別れは悲しく、虚しい涙で幾度も迎えた。


 二人は何も悪くないのに、俺のことを思ってくれるあまり責任を感じてしまったのだ。不甲斐ない俺のことを悪く言わないでくれて嬉しかったけど、それ以上に悔しくて辛かった。だからもう泣かせたくない、どんな終わり方さえも笑顔を見せてもらえるような立ち回りをしようと誓ったのだ。






この章はここまで真奈美ルートに来たばかりと周回を重ねたものを投稿していましたが、これからは最新の周を投稿します。


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