106ゲームセンター 選択肢……2
この日は唯人にこの街の娯楽を紹介するシナリオのために駅前の大型ゲームセンターへとやってきた。
いままで特に気にするようなイベントではなかったが、今回目指している真奈美ルート攻略では、そのヒロインである小鳥遊真奈美先輩が現われる。
俺が関係する選択肢は登場しないにしろ、行動を逐一把握しておきたい俺はストーカー行為も辞さない。
昨日は月宮さんと聖羅のどちらかに分岐するイベントだった為、小鳥遊先輩のルートとは関係が無い。どのような選択肢が選ばれようと俺が余計に関与する必要がなかったのだ。シナリオ通りに動く必要はあるけども、ただ傍観しているだけの一日だった。
そういえば面白い発見が一つあった。三好サラのことだが、あの子はタイミングが少し違うだけで家庭科室にいる唯人を観察している場所もちょくちょく変わっているみたいだ。
月宮さんの選択肢を選べば唯人のバッグを漁るために姿を現すが、聖羅の選択肢では柱の裏だったり遠目から双眼鏡を手に持っているのを見たことがある。
事前に準備をしていたのだろう。毎回行動が少しずつ変わってしまう俺たちの動きに合わせてサラさんが立ち位置を変えているのだとしたらかなり慎重派だ。ときには唯人の部屋に押し掛けるほど大胆なのに、意外と扱いが難しい子なのかもしれない。
ただ朗らかな性格をしているから、唯人がサラさんの気持ちに気付けば互いに円満な結果に辿り着くことだろう。
さて、そんなこんなで毎回の如くいつものゲームセンターにやってきたわけだが、相変わらずの爆音に俺たちの声は届きづらい。常に声を張らなければならないため少しばかり面倒だ。
このイベントは幾度も繰り返しているため、もう唯人に聞かなくともコツは知っている。
「実はな、俺もクレーンゲームはそこそこ得意なんだ」
いつもは唯人に取ってもらっていた景品たちも、今までも練習の成果を出せばちょろいもんだ。
唯人みたく一回で、とまではいかないけども三回もチャンスがあれば余裕だった。
「やるな、でもオレはこれを……、ほら! 一回で取れるんだ」
「すげえな、俺はいくら練習してもやっぱり三回はやらないと取れないしな。その特技が羨ましいよ」
「ちょっと角度が悪いだけさ、さっきのだって、ほんの気持ち程度ボタンを押し込んでいれば二回で取れていたはずだ」
そうは言うものの、その気持ち程度がどれくらいなのかが分からないからいつまで経っても三回なのだ。
練習の成果は出ている。この程度で取れるのなら十分な方なのだ。昔はこの三倍か四倍は掛かっていたのだから。
「そろそろ他の階も見てみるか?」
「そうだな……」
「……え?」
唯人が顎に指を添えた。……それが何を示しているのか、今さら分からない俺ではない。
選択肢が発生したのだ。シナリオに存在しない未知の選択肢、どのような選択肢が唯人の脳内で葛藤しているのか俺には分からないが、今までになかった変化に動揺を隠しきれなかった。
思わず零れた声は筐体の爆音がかき消してくれたけども、俺の態度はあからさまに怪しかった。
でも唯人の視線は階段横のフロアマップに向けられていて、俺のことはその瞬間だけ眼中になかったみたいだ。
「……三階のクレーンゲームを見てみたい。そこから下に降りてくる感じでどうだ?」
「え? ……あ、ああ! いいとも! 三階ね、行こう、行こう」
一瞬、唯人が何を言っているのか分からなかった。シナリオ通りに動くのであれば、目的地は二階であり、興味が無くて三階に向おうとするその二階で小鳥遊先輩を唯人が発見するはずだ。
それが今回は目的地がいきなり三階であり、どうして唯人がそこを選択したのか見当もつかない。
唯人を連れだって階段を上る。一段一段足を乗せるたびに俺は緊張の面持ちになっていたことだろう。いつ唯人が小鳥遊先輩を見つけて話しかけに行くのか、その瞬間を聞き逃すわけにはいかない。
……二階に辿り着いた。唯人は……フロアに顔を覗かせることもない。あくまで目的地は三階で、後で来るのだから今は気にしなくてもいいということか? でもここで小鳥遊先輩を見つけてもらわないと……。
「一颯? どうした? 先に行くぞ」
「へあ?」
ちょっと変な声が出たが唯人は気付かずに階段を上がっていってしまった。
すぐ追いかけようと思って、だけど少しだけ二階フロアを覗くと、やっぱりそこには小鳥遊先輩がいてクレーンゲームに悪戦苦闘していた。
ここで俺が声をかけても仕方がない。諦めて唯人を追いかける。
三階に辿り着くとそこは同じくクレーンゲームのフロアだ。
ただ三階は一、二階とは系統が違ってオタク向けというか、フィギュアが中心に景品とされているフロアだ。
先に来ていた唯人がこのフロアを散策し、とある筐体の前で足を止めていた。
「何かあったのか?」
「ああ、ちょっとこれを探していてな」
それは日曜の朝に女の子が見るようなアニメのキャラクターフィギュアだった。確かに唯人は成り立てだがそれなりの隠れオタクだし、こういうのを一つ二つ持っていてもおかしくはない。だが、よりにもよって女児に人気なグッズを欲しがるとは思っていなかった。
「唯人、こういうの好きなのか?」
「いやいや、……まあ見てみれば案外面白かったりするんだが、これはプレゼント用だ」
「プレゼント? 誰に? 唯人って妹とかいるの?」
「妹なんていないさ。これはこの前知り会った先輩の人なんだけど、このフィギュアの作品が好きで毎週かかさず見ているんだってさ。人気だし、フィギュアの一つや二つくらいあるだろうと思って来てみたかったわけだ」
唯人がこの時点で仲良くしている先輩なんて、少なくとも俺は一人しか知らない。もちろん小鳥遊先輩だ。俺は寮でも唯人の様子を詳しく知らないが、ほぼ間違いないだろう。
たしかにあの先輩は可愛いものが好きだし、そういう物を収集しているけども、まさか新たに出てきた選択肢が小鳥遊先輩に関係しているものだとまでは考えが至らなかった。
改めて脳内のシナリオを覗いて探してみても、やっぱりこの選択肢のシナリオは存在しない。
あの神の野郎の書き忘れか、特定の条件でのみ現れる隠しイベントか。なんにせよ謝罪の一つもないあいつを俺が許すことはないだろう。……それは元々か。
「お? この景品、ちょっと粘り強いな」
「唯人が苦戦するとは、かなりの強敵と見た」
「初期位置が絶妙だな、最低でも三回はチャレンジさせるつもりの凄腕店員だ。ぜひとも攻略させていただく!」
やけに気合の入った唯人は目つきが変わり、腕まくりをしてコインを投入。燃え上がるような闘志とは逆に羽を摘まむような柔らかなタッチでボタンに触れた。しかしボタンから離すときは一瞬、強力なバネの如き勢いでパッと手を離す。
ボタンは二つ、そのボタンを押して離す動作を六度繰り返して、汗だくの額を腕で拭きながら穴に落ちていく景品を苦しそうな様子で息を吐いた。
「ふうー……、結局店員の手のひらの上だったか。三回かかってしまった」
「いや、俺からしたらすごいよ。アームで全然動かなかったのに、最後は突然落ちていったもん。確かに店員の微調整もすごいと思うけど、それを最低限で取ってしまった唯人もすごいよ」
「ここのゲーセンはいいな、調整は上手いし、ちゃんと取れるように店員も動いてくれている」
筐体横に括り付けられていたビニール袋を取って景品を入れる。他の景品には……少し引き寄せられているみたいだが、オタクとしてそれらを隠し通せる自信がないみたいだ。たまに俺のことを見ては溜息を吐いている。まあ今日は我慢してくれたまえ、後日、一人で来ればいいのだから。
そういうわけでこの階に用はなくなり、一つ降りて二階にやってきたわけだが、唯人にとって別に目移りするような景品は何一つない。
また三階に戻ろうかとしていたところ、俺が立ち位置をなんとか誘導してやっと小鳥遊先輩のことを見つけてくれた。
このフロアに来た時には両替に行っていたのか姿が見えずかなり焦っていたが、急いではいけない。あくまで主人公は唯人、俺が見つけてはあまり意味がないだろう。同じ高校の人だと教えることは出来るだろうが、唯人が自ら見つけることが正しいシナリオのような気がする。
「ちょっと知り合いを見つけたから話して来ていいか?」
「いいぞ、このフロアなら心春の好きそうな物が多いし、ちょっと遊んでくるかな」
「ああ、終わったら声をかけるよ」
……唯人は小鳥遊先輩の元へ行ってしまった。
ここからだ、俺の取るべき行動は不明なのだ。新しい選択肢の下、いつもとは違う動きを見せるべきかもしれない。唯人の取った選択肢は何もヒロインにだけ影響を与えるものではない。俺にだって行動の変化に余地がある。
正直怖い。今まで真奈美ルートに入るまでの選択肢が小鳥遊先輩だけ一つ少ないことに疑問を持っていた。だから最初は簡単だと思い込んでいたが、その選択肢に俺は関わらない。
本当に一つだけであれば俺の存在はいらないのだ。
好感度の上げ辛さで言えば小鳥遊先輩が一番難しいと断定して攻略を進めているが、その感は当たったようだ。今まで通り進めていたら間違いなくノーマルエンドに進んでいた。
罠だ、こんな見えない罠なんて今回みたいに偶然発掘できなければ誰もが引っかかる。そもそも選択肢の発生条件はなんなんだ? 何があって唯人は悩んだんだ?
……だめだ、俺が初めて唯人からコツも聞かずに景品を取ったくらいしか思いつかない。……いや? もしかしてそれが条件なのか? 可能なときに検証でもしておこう。
自販機の補充をしていたお兄さんがエレベーターで二台と共に階下へ行った。
大して使ってもいない俺の頭脳はこの程度の思考で糖分を欲する。自販機の前に立ってコインを入れ、いつもとは違う甘いジュースのボタンを押す。
そのドリンクを片手に筐体から唯人を覗き見ると、そこにはいつもの光景があるだけで、特に変わった様子は見られない。唯一変わったとすれば小鳥遊先輩の腕に先ほど唯人が手に入れた景品のビニールが下げられているくらいだ。
俺がやるべきことのヒントは何もない。いつものようにメールを送るか俺もあの場に混ざるか、何も言わず帰るという選択もあるが、ここでギャルゲーをプレイした時の仕様を思い出す。
たしか、選択肢の後はある程度変わったシナリオが進行し、共通ルートであれば特に、元の形へ収束するはず。この世界もギャルゲーだというのなら、それに倣って唯人が小鳥遊先輩と帰路に就く可能性が高い。
つまり俺がやることは同じだ。
いままでと同じく、メールを唯人に送って顔を覗かせれば、向こうから気付いてくれた。それで俺が逃げて一件落着……、してないかもしれないけど、まあいいか。
「さてと、今日もあいつは俺の挑戦を待っているだろうか?」
二階フロアのボス、両手で抱えるほどの、しかし見た目は本物を追求した大きなウサギのぬいぐるみ。俺は今回もコインを投入し、ライバルに挑戦状を叩きつけるのだった。
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