102正攻法
日用品を揃えに行くという唯人に聖羅が校外を案内するため、俺と心春はいつも通り演劇部の方へ顔を出す。
扉をくぐればすぐに城戸先輩が気付いてくれて声をかけてくれる。
「霜月兄妹じゃないの。噂に聞いたよ、転校生の案内役はいいの?」
「それは明日になりました。なので今日はこっちに」
「こっちがおまけみたいに言わないの。花恋が聞いたら悲しむわよ」
「そうかもしれませんね、その、部長はいますか?」
俺が聞くと、後ろの扉から丁度良く演劇部の部長である二階堂花恋さんが入ってくる。
「わたくしのことを呼んだかしら?」
声は若干下の方から、アニメ声ともロリ声にも聞こえる甘い美声に、演劇部らしい凛とした琴線のように張り詰めた凄味がある声音に思わず聞き入ってしまう。
小学生六年生か中学に入りたて程度の低い身長だが、佇まいはいつも威厳があってこの演劇部で彼女を子ども扱いする人はいない。
膝近くまである長い黒髪とフリルまみれのゴシックロリータ調に改造された制服は柄しか元の状態が窺えないほど。
有名な職人が手掛けた最高傑作の人形と言われても信じてしまいそうなほどに肌は白い練絹のよう。それでも手足を動かして頬もほんのりと赤みを帯びているから、決して作られた存在ではなく俺たちと同じ生きた人間であると信じられた。
「ちょっと話したいことがあるんですけど、いいですか?」
「ええ、構わないわ。会議室を使いましょう、少し片づけるものがあるからその片手間でもいいかしら?」
三人で会議室に向かうのも今までと同じ。この後の展開は俺が遊びを利かせることが可能なのだが、さて、どう攻めていこうか。
……おっといけない、花恋さん相手だとどうしても前に抱き着かせてもらった時のことを思い出して思考が変な方向へ飛んでしまう。
「それで話って何かしら?」
手元の書類に視線を落としながらもちゃんとこちらの話は聞いてくれる。
でもそんなことをしていたらこっちの事情を聞き逃してしまうだろうから、一発目から中核に当たるものをお見舞いする。
「この世界ってゲームでできているみたいで、俺は何度もループしてここにいます。それで手伝ってほしいことがあるんです、花恋さん」
「へえー、一颯はループしているのね……ん? 最後はなんと申し上げたかしら?」
俺の話を信じていないのか、花恋さんが書類から目を離さずに返事を返した後、俺が“花恋さん”と呼べば、思わず顔を上げて俺のことを見てくれた。
「ですから、花恋さんにお手伝いをお願いしたいんです。そのための条件は俺が部長のことを『花恋さん』と、名前で呼ぶことでした」
「え? ……え!? どういうことかしら?」
書類は机に投げ捨てられ、席から立とうという勢いで身を机に乗り出している。
「俺がこのゲームの世界をとある事情によってループしているので、それを終わらせるためにも花恋さんの協力が不可欠なんです。前の花恋さんからこれまでに俺と行動したことは全部話すよう条件も付けられていますので、聞きたいことがあれば何でも答えますよ。心春にも説明不足な部分がありますのでこの際、丁度いいかと」
困惑している花恋さんにどうやったら信用してもらえるか、前みたいにスリーサイズを口にすれば簡単なのだが、花恋さんの名誉のことも考えて今回はずるい手は使わず頑張って正攻法で正解を導き出してみたい。……まあ後ほど本人に公開するんだけど。
でもそうなると、脳内のファイルに頼らず俺が知っている限りの花恋さんを口にするわけで、言葉を選ばなくてはならない。
「どうしようかなぁ」
「一颯? わたくしとあなたはどのような関係でしたの?」
俺が手順を考えていれば、花恋さんから情報を求めてくれる。
「今よりは少し踏み込んだ関係でした。心春と俺の関係にちょうど花恋さんも入ってきた感じです」
「そう、……他に何か条件を突き付けはしなかったかしら?」
俺が花恋さんを名前で呼ぶ以外に何かあったっけ……? ああ! そういえば肝心なことを忘れていた。これならきっと俺のことも信用してもらえるはず。
「秋の文化祭、そこで披露する舞台の主役に俺が抜擢されるようです。ヒロインは心春、実際に披露するのは今回ではなく最後のルートという条件がありました」
「え? 私がヒロイン役なの?」
突然のことに驚いた心春が花恋さんに真偽を確かめるべく答えを待つ。心春と同じく俺も花恋さんの答えを聞こうと顔を見れば、心春同様、驚いた表情の花恋さんが口元を抑えて目を見開いていた。
「どうしてそれを? 半ば諦めていた計画であったにせよ、わたくしはそれを誰にも話したことがないのに……」
「すぐ舞台に立てる練度ではないですけど、それなりに練習しているので稽古を重ねれば柊木先輩の代役くらいには務まると思います」
「……なるほど、たしかにあなたは時間をループしているのね。心春は一颯の話を信じているのかしら?」
「はい、信じざるを得ない現場を見せられたので、そもそも私は一颯くんが嘘を吐けばすぐに分かりますから」
自信満々に答える心春。流石というべきか、花恋さんはこの心春の領域には呆れるほどだった。
さて、これから先は個人的な話になるため心春には席を外してもらった。花恋さんもそろそろ時間だからあまりゆっくりもしていられないため、俺は最後の条件を履行する。
「花恋さん、実は手伝ってもらうには条件がもう一つだけ、あるんです」
「それは何かしら? 心春がいては話しづらい事なのでしょう?」
「そうなんです。今までも同じことをしてきましたが、例外なく花恋さんに叩かれています」
「はい? どうしてわたくしが一颯のことを叩かなくてはならないのかしら?」
まあ叩かれないと俺の罪悪感が消えないから、やめてくれとは言わない。
「内容としては、花恋さんのことを辱めて欲しいと、その内容を話して欲しいと……」
「つまりその口を塞げばいいのかしら?」
「ち、ちょっと待ってください! 理由としては自分だけ辱められたのが許せないからだそうです!」
後ろの棚からガムテープを取り出した花恋さんがスタスタと俺の前に歩いてくる。思わず椅子から立ち上がって後ろに下がるが、この会議室はそこまで広くない。すぐに壁に追い込まれた。
花恋さん自身、嫌な予感がしているのだろう。真剣な目でガムテープを広げて俺の口元に寄せてくることに抵抗が一切感じられない。花恋さんの両手首を抑えて必死に防衛しているが、膠着状態に陥ってしまった。
「わたくしが辱められなければいけない理由は?」
「そういう約束です……」
「どのようなことをわたくしにさせるつもりで?」
「させるつもりはないです! 俺の口から花恋さんにとってすこーしばかり恥ずかしい内容を口にさせてもらえたらなー、なんて……」
「…………」
迫ってきていた花恋さんの腕の力がスッと抜け、ガムテープを丁寧に巻き戻して机に置いた。そして先ほどまで俺が座っていた椅子にどかっと座り、花恋さんは珍しく足を組んだ。それでもお上品に見えるのは、眉目秀麗に美麗である花恋さんだからか。
深く悩んでいる様子だが、俺はいったいどうすればいのか……。
「……いいわ」
「え?」
「話しなさい、あなたを信じるのだから、条件を履行なさい」
花恋さんの隣の椅子に座るよう指示し、先ほど組んでいた足は解かれてぱっぱとスカートを正していた。
刺激を与えないよう静かに椅子に座り、花恋さんに向き直る。
「えっと、最初の頃は今回みたいに俺が舞台に立つなんて知らなかった訳ですから、別の情報で花恋さんに信用を得ていたわけでして……」
「は、はやく言ってしまいなさい! わたくしもあまり時間はないのよ」
「それでは花恋さんのプロフィールを読み上げさせてもらいます」
花恋さんは肩透かしを食らったかのようにあれ? と首を傾げていたが、俺が花恋さんの身長、そして体重を口にした瞬間、ぽっと頬に紅を差し、先ほどの辱めの意味を理解して再度ガムテープを手に持って襲い掛かってきたが、時すでに遅し。
「ちょ! その口を閉じなさい!」
俺が全てを言い終わると同時に、口にはガムテープが容赦なく貼り付けられる。勢いあまって後頭部まで貼り付けられた。
「んー! んー!」
「――――ッ!」
花恋さんは言葉にならない悲鳴をあげていた。
後頭部まで手を回したということは、花恋さんの顔がすごい近くまで寄っていて、なんとかガムテープを剥がそうとする俺と、硬直して動けずにいる花恋さんは目線が俺とずっと繋がっていた。
髪の毛を何本か持っていかれたが、ようやくガムテープを剥がせた俺は花恋さんの肩を掴んで思い切り距離を離す。
「花恋さん! 現実に戻ってきてください!」
「……は! そうね、ごめんなさい。今のわたくしはどうかしていたわ」
「詳しいことは今度の休みにうちで話します。手伝ってもらいたいこともあるので、今夜メールしますね」
「わ、分かったわ、それまでにいろいろ覚悟を決めておくわ」
そこまで大変なことじゃないと言いかけてやめた。俺から見たら手伝ってもらうだけかもしれないが、花恋さんからしたらもっと踏み込んだ内容に晒されるわけだから、覚悟を決めてもらうのはこちらとしてもありがたいことかもしれない。
「さて、もう時間ね。一颯、行くわよ」
「あ、はい!」
稽古となればやっぱり顔つきは真剣になる花恋さん。この人の隣をまた歩かせてもらえることに感謝した。