1スタート地点
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多少の暇つぶしにはなると思います。
黒板を駆ける白いチョークがカッカッと乾いた音を教室に響かせる。
今日は六月二十五日、例年よりも何日も早く梅雨は明け、じめじめとした湿気を残したまま夏へと突入しようとするこの時期に聞くじいちゃん先生の現国の授業は、クラスの半分以上の生徒を夢の世界へと引きずり込んだ。
その一人に俺、霜月一颯も含まれているわけで、だからといって先生は机に突っ伏している俺たちを起こそうとはしない。それどころか「寝る子は育つ」と感心して睡眠時間を五分程度設ける始末。
昼食の弁当を胃袋に収め、午後の最後の授業である苦手科目の現国となれば、季節に関係なく眠くなること必至。少々食べ過ぎたことも影響して眠気は最骨頂、授業開始五分で俺は机に突っ伏した。
蝉が鳴いていないだけまだ涼しいと感じられるこの時期、校内を轟かせる授業終了のチャイムに俺を含む大半の生徒が頭を上げた。
「……やべ、次回の授業までにやる宿題ってどこか聞いてなかった」
「そもそも最初から聞いてなかったでしょ、七月初めには確認テストがあるってのに……呑気だねぇ」
そんな俺の独り言に反応してくれる女子が一人、席はちょうど俺の前で、俺ともう一人を加えた三人でいつも行動する仲の一人であり、クラスどころか校内のギャルである神楽坂聖羅だ。
「ノート写させてくれよ、テスト前に一夜漬けはどうも苦手でね、テストまでにちまちま復習したいからさ」
「授業中は寝るくせにそういうところは真面目なんだから。平常点もらえないぞ」
「そういうお前は見た目のせいで先生の評価下がってそうだな」
「あたしのこれはそういう自由な校則なんだから大丈夫よ、下げるようなら校長に抗議して勝つ自信がある」
ここ、都立桜花高校は校則がとにかく緩い。髪を染めるのも自由だし、あまりにも目を引く状態でなければ制服の改造も許されている。つまり『勉学に励みさえすれば自由を拘束する校則なぞ無意味である』、そういうこの高校独自の持論を元に校則が成り立っている。
聖羅は緩いウェーブのかかった金髪に染めているし、スカートも際どい位置まで折り畳んで短くしている。そういう格好をする女子たちは中に見せパンなるものを履いているらしいが、ぶっちゃけ男子からすればありがた……目に毒である。
他にも校内で有名なのは俺の所属する部活動の部長で、もうスカートの柄と学年を示すリボンしか面影を残しておらず、他を限界まで改造したゴシックロリータで染めたお嬢様なんかも在籍している。
もちろん真面目な生徒も多く在籍しているわけだが、そういう俺も髪を薄い茶色に染めていたりする。
聖羅からノートを借りて自分のノートに写していると、俺たちの担任である加賀美先生が怒鳴り声とそん色ない大きな声と共に扉を引いて入ってくる。
「おら、帰りのホームルーム始めっから早く席に着けー。そうだ、霜月、廊下に机と椅子があるから今のうちにお前の隣に置いといてくれ」
まだ教師となって三年と経たない加賀美先生は若くて女子から人気が高い。そんな先生から俺は名指しされ、机と椅子を運べと指示が飛ぶ。
「席替えでもするんですか?」
「いや、明日転校生が来るから今のうちにセットしておくだけだ」
その瞬間、クラス中からええー! と驚きに満ちた声が教室を響かせ、次いで男女問わず全員からブーイングの嵐が先生を襲う。
「なんで当日のお楽しみにしないんですか!」
「先に知らされたらわくわく感とか半減しますよぉ!」
至極真っ当な意見を飛び交わせる生徒たちを先生は得意の力強い声で黙らせるのではなく、なぜか自身の過去を突如語りだした。
「私が……私が学生の時にな、私ともう一人、それはもう可愛らしい女子が転校してくると情報が漏れていたらしいんだが、その子がやって来ると信じてやまないクラスには私が入って、その子は隣のクラスでマドンナとして君臨した。転校してからしばらくはクラスの男子に地味な嫌がらせを受け続けた私の気持ちが分かるか?」
「…………」
静まる教室、口を開けたままポカーンとしているクラスメイト。ギャル筆頭の聖羅だけは口元を隠してくつくつと肩を震わせていた。
先生の知りたくもなかった現状と全く関係のない過去話を聞かされて、いたたまれない空気のままホームルームは進行する。俺はこの空気に耐えかねて席を立ち、廊下に置いてあるという机と椅子を取りに教室を出る。
その際、背中に突き刺さる恨みの混じったいくつもの視線には気づかないふりをした。
なるべく時間を稼いで机と椅子を俺の隣に綺麗に置くと、ちょうど明日の連絡事項が終わり、今日の日直が早口に号令をかける。
「起立! 礼! さようなら!」
「「「さようなら!」」」
普段ではありえないほどきっちりした挨拶で声が揃い、先生はさっさと教室を出て職員室へと歩いて行った。それをクラスの何人かで様子を見ていたが、先生の背中にはいたたまれない哀愁が漂っているように思えた。
「うわあ、そんなにショックな出来事なら話さなければいいのに。聖羅はずっと笑っていたけどそんなに面白い話だったか?」
「うん、それはもう……ね?」
いや、聞いている俺に可愛らしく「ね?」とかされても分からないんだけど……本当に何があったのか気になるじゃないか。
俺たちの会話には他にも女子が大半は気になっているようで、男子も数人はこちらに近づいてきた。残りは静かに耳をこちらに傾けている。そのことに気づいた聖羅はどう話そうかと一人くつくつと笑い出した。
「一応、先生にとってはショックな話だったみたいだから他の子たちには内緒だよ?」
事前に約束を求めるとみなが黙って頷く。こういう時だけは団結力がある。
「どんな嫌がらせを受けていたのかは先生の名誉のために言わないけど、その隣のクラスに転校してきたマドンナって……私のお姉ちゃんなの、更にいうと先生の初恋相手」
「「「えええええええええええ!!!!」」」
本日二度目の驚愕が教室を震わせた。隣のクラスから苦情がきたことは言うまでもない。
書いた分はある程度まとめて投稿します。
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